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論語に学ぶ生き方⑦

こんにちは。しいらと申します。
今回も論語から、人生の目標となる言葉を紹介したいと思います。

1.子、四つを以て教う。
文、行、忠、信。


現代語訳は、こちら。
先生は「文、行、忠、信」の四つを教えられた。

文とは、書から学ぶこと。
行とは、学びを実践すること。
忠とは、真心を込めて人と接すること。
信とは、嘘偽りのない誠実なこと。

どれも、現代で通用する大切な教えだと思います。
学んで知識を手に入れるだけでなく、実践すること。「文」と「行」はそれぞれで完結する話ではなく、合わせて心に留めておくことでより真価を発揮します。“学んで思わざれば則ち罔し。思うて学ばざれば則ち殆うし。”にも学べる言葉ですね。

「忠」と「信」も意味合いは似ていますが、一文字ずつ分けて考えるべき言葉です。

真心を尽くして人と接するときに、必ずしも人は誠実でいるとは限りません。よかれと思って隠し事をしたり、嘘をつくこともあるでしょう。相手のためを思って、がたとえ本当でも「言わない方がいいから黙っておこう」、「真実を伝えない方がいいだろう」という姿勢はどこか相手と対等ではない気がします。

かといって、全てを包み隠さず話すことが忠である、とも言えません。
「あなたのことが嫌いです」なんて真正面から言ってくるような人が、真心で伝えているとは思わないですよね。言わなくていいことは言わない。このあたり品性が問われると思います。

極端にどちらかに偏ることなく、バランスのよい在り方を模索したいものです。

2.先生として教えたい、守りたい「文、行、忠、信」


以前、ちょっとびっくりしたのが理科の“pH”の読み方。
私が学生のときは「ペーハー」と学びましたが、生徒さんは「ピーエイチ」と読むそうです。授業でペーハーと言って伝わらず、そうなんだ!?と生徒さんから教わったことの一つです。

時代が変われば当然、変化が起こります。変化は学ばなければ、ついていけません。
高校で学んでいた英文法が、中学で学ぶ範囲に変わっていたり。
そのためカリキュラムがぎゅうぎゅう詰めになってしまい、中学英語への苦手意識が高まったり。
小学英語で学んだ単語が、中1の段階で既習扱いとされ、スタートから差がついてしまったり。

生徒たちをとりまく環境の変化は、先生だって知っておかないと、今までの感覚では心の距離がどんどん開いてしまいます。

それじゃあ、英単語の学習が必要だと学んで、生徒たちに何を教えるべきか。
英単語のテストをしっかりやらせる?
発音をきちんと確認し、覚え方も一緒に学んでいく?
できることもやるべきこともたくさんあります。「勉強しなきゃダメでしょ!暗記暗記!」と生徒任せで追い立てるだけでは、真心がありませんね。

どれだけ勉強は大事だとこちらが思っていても、生徒が「英語なんて将来使わないし!」と投げ捨ててしまえばそれまでです。英語を使わない未来を見据えているならそれでも構わないのですが「知っているけど使わない」のと「知らないから使えない」では、未来の選択肢に大きな影響を与えます。完璧に、とは言いませんから、それなりに、身につけておいてほしいと思うのが先生ごころです。

3.なんで勉強ってやんなきゃいけないの?

たまに、こんな質問をする生徒さんがいます。
他の先生の答えを聞いていると「将来いい高校や大学に入って、いい職に就くため」と返していたりしますが、私は納得がいってません。
もちろん仕事によって給与に差はあります。しかし、やりたい仕事より世間一般の言ういい仕事につくために頑張りなさいと、やりたくない努力を強いているようで私はそう答えたくなかったんですね。

じゃあ、なぜ勉強をするべき、と私は思うのか。

私なりの回答ですが、生徒にはこう伝えたい。
「そんなことを、人に決めさせてはいけない」

私たちが例えばの理由を提示しても、きっと自分には関係ない、と感じると思います。
海外で仕事をするつもりはないから、英語はいらない。
将来2次関数を使う仕事なんて知らないから、数学はいらない。
要は、我々大人の出す理由を否定することで「だから勉強なんてしなくてもいいよね!」と言いたいんじゃないなぁ、と思うのですが、どうでしょう。

なので、人に理由なんて決めさせちゃいけません。
「あなたは将来、医者にならないといけません。そのために、勉強を今の三倍頑張らないといけませんよ」なんて決められたいですか?私は嫌です。

将来何がしたいかは、自分で決めていいんです。
ヒントはもらっても、誰かに決められちゃいけないんです。したいことをするために、何が必要かを学ぶために勉強するんです。多くの生徒さんはまだハッキリとした将来のビジョンがないので、何がしたいかがいつ決まってもいいように、選択肢をたくさん増やしておく。

それが勉強の意義です。

勉強をしなければ、しないなりのルートはあります。
生きていれば、どうとでも変化はします。
でもちょっと、遠回りをしないと行けないことが多いです。

人間なんとなく、自分が損することって嫌いじゃないですか。なので、何かを知っておくこと・学んでおくことは、その損を減らすのに役立つかもしれません。絶対とは言いませんが。
そんなことを、なんとなくでも理解しておいてほしいなと思っています。

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