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少年は、家庭菜園を作りたかった。①


これはかれこれ7年ほど前。家庭菜園を作りたかった少年と
それに巻き込まれてしまった大人たち(主に私)の話である。

ウチはマンションだから庭がない!だからここに畑をつくる!
4月も終わろとする週末の朝、甥っ子はそう言ってわが家にやって来た。

麦わら帽子を被り、首にはタオル。右手にオモチャの鍬をたずさえて。
さながらカールおじさんである。

小さなカールおじさんの後ろには大きなリアルカールおじさんがいた。
義兄だった。右手に本物の鍬、左手には夏野菜の苗らしきものが
たくさん入った箱をたずさえて。
義兄は私と目を合わせ、バチンバチン!!と謎のウインクを2回。
え?ナニ?・・・この瞬間、とてつもなくイヤな予感がした。

「さぁ、タナカサン、畑を作ろう!いざ耕さん!!」
声も高らかに甥っ子はおもちゃの鍬でエイとやったが
残念ながらそれではガッチガチの土は耕せない。
鍬は無残にもポッキリと折れてしまい、ここで彼の戦闘能力は
ゼロになった。「お砂場セット」の鍬なんか持ってくるからだ。
私のイヤな予感は当たった。

彼は半べそをかきながらばーちゃんに助けを求めた。
「ばーちゃん!おれ、おれのっっ畑っ作ろうと思ったのにっっっ!」
「鍬が、鍬がぁぁぁぁぁぁ」と、この世が終わったかのような声で
泣いている。
ばーちゃんは「アレアレ、そりゃかわいそうにねぇ」と、
言葉は優しいが、まだ読み終えていない朝刊に目を落としたままである。
ばーちゃんから思ったようなリアクションが得られなかった彼は
今度は私の顔をチラチラ見ている。涙はちょろっとしか出ていない。

これはちょとメンドクサイ男だよ。そう思っていたら
私の子がそっと立ち上がり、家にあった大人用の鍬とのこぎりを持ち出して彼の身長に合わせつつ鍬の持ち手をギコギコと切り落とし始めた。
彼のためだけにカスタマイズしてあげたのだ。

あぁ、この子は何て優しくて知恵がある子なの?
うっとりしていたところでわが子は言った。
「早く泣きやませないと、もっとメンドクサイ。」
親が思っているよりもこの子は腹黒いんだと知った瞬間だった。

さて、カスタマイズされた「自分だけの鍬」を与えられた甥っ子。
鼻の穴をおっぴろげてヤイヤイ言いながらガッチガチの土を耕している。
義兄はといえば、わが子のそんなこんなも放ったらかしで
一心不乱にガッチガチの土を耕している。なかなかの腰つきと手際の良さ、
さすがカールおじさんだ。

・・・30分もしないうちに、私は甥っ子からのじっとりとした視線を感じた。気づかないフリを決め込んだがすぐに負けた。

どした?
聞くと、
「タナカサァン、おれ、手がもうムリぃ」
嫌な予感はまた的中。

わが子を見てもそっと目を逸らされ、ばーちゃんに関して言えば、
はなっから明後日の方向を見ているではないか。

私はどうやら彼の代わりにガッチガチの土を耕すはめに
なってしまったようだ。そしてここでようやく気が付いた。
義兄からバチンバチン!と2回もされた謎のウインク。
「タナカサン、ごめんネ!息子をよろしくネ!」の合図だったのだ。
義兄にはこうなることがお見通しだったってわけね。むぅ!憎い・・・。

そして、さっきはわが子の優しさと知恵にうっとりしたものだが
こうなってしまっては恨みしかなかった。
だって家には鍬が一本しかなかったから。
そしてその一本を甥っ子のためだけににカスタマイズしてしまったから。
あたしゃこんなチンチクリンな鍬なんて振れやしないよっ!
想像しただけで膝と腰が痛む。

私は朝に戻って一からやり直しをしたくなった。
もしやり直せるなら、畑を作る!と勇んでやってきた甥っ子と義兄に
耕すのは大変だから、プランター栽培にしよう!と提案するのだ。

あぁ、でももう後のまつり。

この先無事に彼の望むような家庭菜園は作れるのだろうか。

それはまたの次のお話し。


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