#039 ~音楽を始めたきっかけ~ Macな毎日
渋谷の生活も1年で終わり、また横浜に戻ってきて毎日Macintoshをいじりまくる毎日が始まった。
プリンターも買ったのだが接続方法が分からないのと、ドライバのインストールってのも良く分からなかった。
Mac OSは6.07、漢字Talk7よりも前のOSだ。
ドライバって言ったら、プラスマイナスドライバーしかイメージ出来なかったwww
インターネットが無かったので、とにかく自分でどうにか調べるしか方法がない。
結局プリンターが使えるようになったのは、1ヶ月位かかった記憶がある。
Textを初めてプリントアウト出来た時は猛烈に感動した。
それと並行して、音楽ソフトPerformerの使い方を覚え始めた。
英語のソフトだったので、英語で覚えなければいけないんだけど、取扱説明書も英文だった。これは流石に覚えられないので、確か渋谷のYamahaに行ってPerformerの日本語の取説がないか探しに行った。
すると、著者の名前は忘れたけれど[確かベーシストの方だった]、日本語に訳したのか、著者なりのオリジナルなのか分からないけれど、日本語の取説が売っていた。
直ぐに買おう!って思うのは当たり前だけど、値段を見たら
1万円もするじゃないか〜
〜泣きながら買った〜
その本を片っ端から舐めるように読んだのは言うまでもない。
とても分かりやすい説明本だった。
Macからシンセサイザーに繋ぐには、Midi Interfaceという機械を介して使うんだけど、当時はまだUSBという規格がなくて、RS-232という変な形をしたUSBの代わりのモノで繋げた。この規格はカラフルなiMacが出た1998年位までは使った記憶がある。
そして、Macintoshでの打ち込みを覚え始めると、更に欲しい機材が山ほど出てきた。
当時Musicianなら誰もが毎月買っていた
”サウンドアンドレコーディング”
という雑誌を読んでいると、高円寺駅近くに “ジャンクションミュージック” というお店がオープンして、どこの楽器屋さんよりも若干安く売っているのを発見した。
どうせ買うなら1つのお店で一気にクレジット組んで買ってしまおう!って思い、ジャンクションミュージックを訪れた。
店長というか社長の内田さんが居て、
私は、これとこれとこれとこれとこれと、、、下さい〜
月賦で〜♫
みたいな感じになり、200万円程のクレジットを申し込んだら通ってしまいwww
内田さんも、これからお店を盛り上げるぞ〜っていう、黎明期から成長期へ向かっているタイミングと、一気にこんなに買った私を良く思って頂いて、それから沢山のサポートをして頂きました。
ただ、この頃はオーダーの来る仕事がまだMacで直ぐに作ることも出来ず、元々の打ち込み機材W-30と併用していた時期だった。
インペグ屋さんからは A-Chiefというバンドのレコーディングで、キーボードを演奏したり、レコーディングに参加させて頂いて、順調にキーボーディストとして成り立ち始めていた。
A-ChiefはセカンドアルバムLove Affairに、全曲キーボーディストとして参加しています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/A-CHIEF#%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A0
しかし、両親はこのハチャメチャな私の毎日を静観出来ず、ある日
このままでいいのか?!
的な事を言われた。
親からしてみたらそう思うのも当たり前だと思う。
そこで私は
25歳迄にきちんと結果を残すことが出来なければ音楽から退く
と、約束をしたのだ。
そんな23歳の私だった。
つづく〜