見出し画像

佐藤滋、古市将人『租税抵抗の財政学―信頼と合意に基づく社会へ』

※2020年3月2日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 日本は租税負担率が国際比較上、小さいにもかかわらず、国民の「痛税感」、つまり国民は税負担が重いと感じているという矛盾を抱えています。増税は忌避され、代わりに「特例」であるはずの赤字国債に頼らざるを得ない不健全な財政が続いています。

 本書は税を負担することへの忌避感、税制に対する不信感を「租税抵抗」と呼び、租税抵抗が強い日本において公共サービスの支出と負担はどんな問題を抱えているのかを論じています。

 日本の所得税制は、水平的公平に対する信頼が小さい仕組みになっています。つまりサラリーマンのように捕捉が易しい人と、自営業など捕捉が難しい人とでは、同じ所得でも実際の税支払いが同じになっていないことが指摘されています。こうした不満が租税抵抗を高める原因の一つになっています。

 税制への不信が強い中で日本は、所得税制の改革ではなく、所得減税─消費増税と保険制度の拡充で財源を賄ってきました。特に保険制度は個別補償の意味合いが強く、受益者負担の論理につなげやすい仕組みです。さらに日本の「国民皆保険」は全国民を包括するものではなく、職域別に分立した組合に加入するもので負担も給付も組合によってばらばらです。そうである以上ますます、全員に平等に支払うことが正当化しにくくなり、ますます受益者負担への傾斜が強まります。

 財政に関してはコルピとパルメによる「再分配のパラドックス」という1998年の論文が知られていて「人々に対する政府の移転給付を選別的にすればするほど、経済全体の格差は広がる」と指摘され、国際比較の上でも概ねこの傾向は確認されています。

 本書ではスウェーデンの例が紹介されています。所得制限が小さく高所得者も給付を受けます。こうして国民の多くが「受益」側に回ることで反税運動が大きくならずに済んでいます。租税抵抗の小ささには税制も寄与しており、資本所得で赤字を出しても勤労所得と相殺できない仕組みを取ることで高所得者にも課税できるようにしています。

 給付を低所得者に限定すれば、財源負担におけるボリューム層であるはずの中間層は負担を回避しようと租税抵抗を強めます。また低所得者層は、給付を受けることによるスティグマが付与され尊厳が傷付くことに加え、そもそも手続きの煩雑化で給付が受けられない「漏給」も生じます。

 著者は資本所得の総合課税化、累進課税の強化、そして給付の選別主義から普遍主義への転換を主張します。本書は2014年の本であり、安倍政権による2度の消費税増税の影響を踏まえた内容ではありません。しかし近年MMTへの注目が減税要求運動・反税運動に連鎖する動きが強まっている中で、本書の内容はより読まれるべきものになっていると思います。

(岩波書店「シリーズ現代経済の展望」、2014年)


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?