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ハンパじゃないエンジェルズ・シェア 桜尾蒸留所《戸河内貯蔵庫》

■桜尾蒸留所って?

広島県の中国醸造さんが、2021年に社名変更して、サクラオ ブルワリー アンド ディスティラリー(サクラオB&D)となりました。

社名変更のお知らせ (sakuraodistillery.com)

中国醸造さん自体は、1918年に地元の清酒メーカーが共同出資してつくられた会社で、日本酒・焼酎・ウイスキー・サワー缶などを発売している総合酒類メーカーです。

その会社が、広島の世界遺産として有名な厳島神社のある宮島の対岸(本州側ということですね)で運営する蒸溜所が桜尾蒸溜所で、2017年に開設しています。

同じ2017年には、嘉之助蒸溜所(鹿児島県)が開設され、三郎丸蒸留所(富山県)が新たな製造を開始していますから、日本のクラフトウイスキー業界の第一線を走る蒸溜所の一つと言えると思います。

ただ、元々、中国醸造さんは1920年にウイスキー製造免許を取得しているウイスキー界の古株であり、1980年代の地ウイスキーブームでは、「グローリー・エキストラ」という二級ウイスキーを展開していました。

その後、昭和のウイスキーブームが去り(1983年が日本のウイスキー出荷のピーク)、1989年にウイスキーの等級制度が廃止になると(1級とか2級とかいうのがなくなった)と、ウイスキー製造は中止されます。

その後、焼酎ブームに乗れたこともあり、本格焼酎「達磨(芋/麦)」などを中心に、売上の半分以上を焼酎が占めていたそうです。

中国醸造さんは酒どころ広島にあるので、個人的には、日本酒の弥山(ミセン/厳島の主峰から命名)も有名だと思っていましたが、そこまでの売上ではなかったようですね。。。 
ちなみに今回知りましたが商品名は「弥山」でなく「一代弥山」が正式名称なんですね。


■戸河内というウイスキー

戸河内というウイスキーは、2000年代に発売されたウイスキー銘柄で、戸河内貯蔵庫で保管していた自社原酒と、海外原酒をブレンドした、ブレンディッド・ウイスキーで、主に輸出用に販売されていたそうです。

広島から世界へ挑戦。桜尾ウイスキーの海と桜尾蒸溜所(旧中国醸造)を紹介 | 国内最大級のウイスキーメディア |『BAR10』 (whisky-bar10.com)

そして、一旦はウイスキー製造が途絶えたものの、2017年に新たに桜尾蒸溜所でのウイスキー原酒の製造が再開し、2ケ所の異なる熟成庫でウイスキー原酒を熟成させています。

1ケ所が、桜尾蒸溜所内にある「桜尾貯蔵庫」で、安芸の宮島を望む海際の貯蔵庫です。

もう1つが、安芸太田市の山の中の旧国鉄の廃トンネルを活用した「戸河内貯蔵庫」で、山の中の貯蔵庫です。

この2つの熟成庫で熟成される原酒は、異なった個性で仕上がるそうです。

2017年にウイスキー製造を再開しているため、「世界基準&ジャパニーズウイスキーの定義」に合致する3年熟成のシングルモルト・ジャパニーズウイスキー「桜尾」「戸河内」の限定品が発売されたのが2021年7月。

それらが、通年販売の定番品として、発売されたのが、2022年6月となります。

今回、話題にするのは、この戸河内貯蔵庫の原酒についてです!
(なので、2000年代に発売されていたブレンディッド・ウイスキーの戸河内とは別)


■マジか!? 戸河内貯蔵庫のエンジェルズ・シェア

2022年12月に、ウイスキー文化研究所さんから「ジャパニーズウイスキー イヤーブック 2023」が発売されました。

動きの激しい最新の日本のクラフト蒸溜所の情報も含め、情報満載で、ウイスキー愛好家にはたまらない内容で、さっそく私も読んでみました。

そこで超気になる文章を発見! 
(戸河内熟成庫についての説明で)

特筆すべきは湿気の多さで、コンクリートの床や壁に水が滴り、樽のフープ(帯鉄)が激しく錆びる。通常ウイスキーは年月とともに中身が減ってゆくが、戸河内は逆で中身は減らずアルコール度数が落ちていくのだという。樽材を通して周りの水分がウイスキーの中に吸収され、量は変わらないのに度数が落ちているのだ。
ジャパニーズウイスキー イヤーブック 2023 P139 ウイスキー文化研究所

戸河内熟成庫のエンジェルズ・シェア→0%

◇エンジェルズ・シェア
天使も分け前、とも言う。
ウイスキー原酒が熟成中に蒸発して減ってしまう目減り分のこと。
スコッチウイスキーでは年に2~3%。(日本もざっくり同程度)
湿潤なアイラ島では1~2%。
ただし、初年度は樽材に染み込む分もあるので、4~5%目減りすることもある。

エンジェルズ・シェアが0%というのは、今までウイスキーの勉強をして来て初めてです。

5大ウイスキーではアメリカ、新興国では台湾・インドあたりの蒸溜所が、気候が暑いので「エンジェルズ・シェアが20%近く」などと聞いて、驚いたことはありますが、今回は全く逆の驚きです!!


■経営のインパクト大!

昔からウイスキー蒸溜所は、どうにかこのエンジェルズ・シェアを軽減できないか、チャレンジして来ました。
売りモノのウイスキーが減ってしまうわけで、その目減りはできるだけ避けたいわけです。

サントリーでは、「樽の周囲をラップで包んでみる」なんて実験も過去に行ったことがあるようです。ただ、味わいの熟成が進まず、実験は失敗に終わったようですが。

直近では、「エンジェルズ・シェアの大きさ≒熟成度合い」と考える傾向もあり、エンジェルズ・シェア軽減については、あまり話題に上がっていないように思います。

ただ、中長期的な視点で見た場合、この「エンジェルズ・シェア=0%」は、とんでもない経営インパクトです!
(話をわかりやすくするため、加水せずにシングルカスク=樽出し原酒、の商品と仮定)

■12年ものの場合
◇3%のエンジェルズ・シェア(山崎)

 → 12年後 = 樽詰時に対して69%
 → 200Ⅼバレル樽    = 139Ⅼ
 → 700ml瓶    = 198本

◇0%のエンジェルズ・シェア(戸河内)
 → 12年後 = 樽詰時に対して100%
 → 200Ⅼバレル樽  = 200Ⅼ
 → 700ml瓶    = 285本

 →  差異         87本

山崎12年の希望小売が10,000円(税別)なので、戸河内12年も10,000円(税別)と仮定し、希望小売価格ベースで売上を比較すると

◇1樽あたりの売上
山崎12年
1樽 = 198本 = 売上 198万円

戸河内12年
1樽 = 285本 = 売上 285万円

 →  差異  87万円


1樽で87万円分の売上差異となります。
(あくまで希望小売ベース、加水なしの場合ですが)

そして、これは、ほぼ利益差異となります。
(変動費として瓶代くらいはかかりますが、原酒製造やブレンド・充填の手間=人件費は、固定費として変動しないので)

恐るべき戸河内!!


■調子に乗って、25年ものも比較!

山崎25年=希望小売18万円。
(戸河内25年も同額と仮定)

■25年ものの場合、
◇3%のエンジェルズ・シェア(山崎)

 → 25年後 = 樽詰時に対して47%
 → 200Ⅼバレル樽   = 93Ⅼ
 → 700ml瓶    = 132本
 → 希望小売ベース = 2,376万円

◇0%のエンジェルズ・シェア(戸河内)
 → 12年後 = 樽詰時に対して100%
 → 200Ⅼバレル樽   = 200Ⅼ
 → 700ml瓶    = 285本
 → 希望小売ベース = 5,130万円

 ⇨  差異        2,754万円

■最後に

まあ、こんなに簡単な話ではないと思います。(戸河内はアルコール度数が下がりやすいと思うので、アルコール度数を加水調整した場合、山崎と比べて加水の量が違うなど)

ただ、エンジェルズ・シェア0%って、色々妄想が掻き立てられるくらい衝撃的です!

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