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経営者にとって最も大切なこと(稲盛和夫の経営哲学にある圧倒的な奥深さ)

『ウォーレン・バフェットは何がすごいのか』を書いているうちに、経営者には、自らの「経営哲学」や「プリンシプル」が必要だと考えるようになった。ウォーレン・バフェットは、時代が変わっても、誰から何を言われても変わらない信念を持っており、周りに流されることなく前人未到の実績を残してきた。そうした「哲学」があるからこそ、彼の言動は、注目され、真似され、尊敬され、みんなが彼の考え方を聴きたがるようになった。「資本主義のウッドストック」と呼ばれる株主総会(バフェットによる5時間に及ぶQ&A)に毎年2万5千人近くの人が集まり、バフェットとの昼食会の席に1億円近く払うひとが出てくるようになる。

一方で、先日紹介した『CEOのチェックリスト』で示される経営者として学ぶべきポイントや、『The Outsider』に出てくる8人のCEOについての話は、「投資家」や「株主」の目線が強調され過ぎており、個人的には何となくしっくりこない、モヤモヤした気持ちがあった。それは、何かテクニックに終始した議論で、「株価をいかに上げるか」ということが絶対的な価値として殊更に強調されており、どこか深みが無い気がしていた。企業経営に必要なことは、もっと大きなビジョンで、人を動かし引きつける「哲学」のようなものではないか、と思っていた。その時、ふと頭に浮かんだのが稲盛和夫だった。

稲盛和夫は、「人間はいかにあるべきか」ということを徹底的に考えていた。彼のフィロソフィーには、表層的なビジョンや単純な利潤追求ではない、人間の本質まで考え抜いた圧倒的な深みがある。だからこそ、国境を超えて人々の心を掴み、京セラ・KDDIの創業、JALの経営再建など、常人には到底できない実績を残してきたのだと思う。以下に彼の考えをまとめ、経営者にとって大切な「経営哲学」とは何か思考を深めたい。

1. 経営において何よりも大事なものは、「人の心」

稲盛和夫は、経営においては「人の心」が最も重要だと説く。両親の教え、幼少期からの身近な仏教体験が原点となり、その後の京セラ創業から様々な人に支えられて培われた思想だと思う。彼は、人の心は頼りないもので、信用していた間柄の仲ですら、裏切られたり騙されたりすることはよくあることだという。しかし、同時に「人の心」ほど、どのような逆境の中でも頼りになるものはないと言う。そして、すばらしい人の心をベースにした経営を志すことにした。ただ「すばらしい心の人を求めても、自分の心がすばらしいものでなければ、決して立派な心を持つ人は寄ってこないだろう」と。従業員に信頼されるに足る心を経営者自身が育てていかなければ事業はうまくいかない。ひとは心に思い描いたことを実行に移して生きている。それがその人の環境や立場を作り、人格や人柄を形成する。心の作用は大きい。だから、人の心を大事にすることは経営にとって最も大事なことだと言う。

2. 謙虚・感謝(役割としての経営者)

稲盛和夫の座右の銘は「謙虚にして驕らず」。どんなに成功しても、境遇が変わっても謙虚にして驕らない。事業をするのは、欲ではなく好奇心から。「起きて半畳、寝て一畳」の精神(座禅をして座れば半畳で足りるし、横になるにには一畳あれば十分という禅宗の言葉)、自分の生活はその程度でいいと思っている。また、感謝の気持ちを持ち続けること。彼が五歳のころ、地元鹿児島の田舎の山の祠に仏壇に行ったとき、お坊さんから「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、ありがとう」と唱えなさいと教わった。何かあった時には、手を合わせてその言葉で拝みなさいと言われたらしい。それ以来、神羅万象あらゆるものに感謝する習慣がついたという。

世の中には頭のいい人がいれば悪い人がいる、それが社会。自分は偶然にも会社を経営する才能に恵まれ、京セラの社長になった。それは偶然であって、自分の役割は他の人でもだれでもよかった。たまたまその役回りがきたのであれば、その才能を自分のために利用してはならないと思い至ったと。神さまが「集団のリーダーになれ」と命じたのであれば、それを社会の為に使わなければならない。ここに彼の謙虚な考え方が表れている気がする。

3. 「会社に全生命と全人格をつぎ込む」圧倒的な情熱

「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」
稲盛和夫のフィロソフィーの中で、人生や仕事の成果に関する方程式がある。「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」というもの。能力と熱意は0~100点、考え方は-100点~+100点まで、それぞれの掛け算で結果が決まる。仮に、普通の能力しかないひとであっても、熱意があれば素晴らしい結果が残せる。一方で、考え方とは「生きる姿勢」。これは、マイナスになれば全く反対の結果になっていしまうと。だから人間としての正しい考え方をもつことが重要だという。

「諦めなければ失敗はない」
この言葉には非常に勇気づけられる。稲盛和夫は「熱意」が物事の正否を決めるという。彼は講演会で次のような質問を受けた。「技術開発や新規事業に取り組むとき、このまま続けていてもダメかもしれないと思うことはないのか」、「技術の世界で全ての開発が上手くいくことなんてありえないのではないか」。この問いに対して、彼は「いや、うまくいく。諦めないから。できるまで頑張るからうまくいく」と答える。いま取り組んでいる開発を成功させて事業の発展につなげていきたいと強く思う気持ちが最も大切。その気持ちを持ち続けられるかどうかが成否を分けると。スティーブ・ジョブズも同じことを言っている。起業は大変なことが多い、だからそれを乗り越えるだけのパッション・情熱が無ければいけないと。

「公私を分けない経営哲学」
稲盛和夫には、「ワークライフバランス」なんてものはない。徹底的に仕事人間であったらしい。この考え方は、最近の風潮からすると賛否のある論点だろう。彼の言い分は次の通り。会社は「生き物」のように毎日色々なことを決めなければならない。そうした会社に「生命」と「人格」を注入することは、社長である自分にしかできないことだと言う。自分が「私人」の間は、会社に生命を吹き込むことができていないのではないかと心配になる。だから、「私人」たる自分を顧みず、「公人」として全身全霊を傾けて経営をしているという(一方で、家族の理解も必要とのこと)。こうした行動哲学は、彼の「私利私欲を捨て社会の為に」という思想が表れているのと思う。後は本当に仕事が大好きな人(情熱を持っている人)なのだろうと思う。

4. 企業は社会の発展に貢献する必要がある

社会貢献は難しく考える必要はないという。経営者にとっては、社員の雇用を守り、生活を守ることがひとつの社会貢献もうひとつは、税金を納めることも重要な社会貢献だという。この点は、税金をなるべく払わないように企む経営者が多い中で、また税務メリットを合理的に考えることが経営者の務めだというような風潮がある中で、興味深い論点である。彼の周りの中小企業経営者も税金を払うことが嫌いだという。彼自身も昔は、せっかく苦労して出した利益から税金を取られると腹立たしいと思ったこともあったという。しかし、一生懸命頑張って利益を出して、税金を払って、その残りが会社の本当の利益なのだと考えるようになった。だから税金を払うことは重要な社会貢献だとよく言っている。真面目に正道を歩むことが企業を永続させると。

5. 経営者=企業の「パイロット」としての役割

稲盛和夫は、単に「精神論」や「人間論」を語っているだけではない。もちろん、経営者として『CEOのチェックリスト』に出てくるようなことは当然全て抑えているのだ。彼は「経営者というのは操縦席に座るパイロットみたいなものだ」という。飛行機のコックピットに座ると、前には計器がずらりと並び、パイロットはそれらを見て操縦する。経営においても、経営判断の指標となる数値が経営者に把握できるようなシステムがなければ、いくら良い着想でビジネスを展開しようとも、うまくいくはずがないと。その言葉の通り、彼は「アメーバ経営」などの仕組みを作り、京セラを高収益企業に育て上げた。

高収益でなければならない理由
また、彼は事業は高収益でなければならないと説く。京セラは創業以来赤字を出したことがない。借入をして事業を大きくし返済していく中で、高収益企業の重要性に気づく。高収益でなければならない理由は次の6つ。

 1) 財務体質を強化するため
 2) 近未来の経営を安定させるため
 3) 高配当で株主に報いるため
 4) 株価を上げて株主に報いるため
 5) 事業の選択肢を広げるため
 6) 企業買収によって多角化を図るため

稲盛和夫の経営論は「心」など精神論に注目が集まるが、こうしてみると本当に地に足の着いた合理的な「経営哲学」であることがよくわかる。さらに驚くことは、4点目の中で「自社株買い」をすることのメリットが語られている点。また、3点目の「配当」をめぐっては次のような興味深い議論がなされている。最近では、株式投資がキャピタルゲインを得るだけのいびつなものになっているが、本来のオーソドックスな資本主義の考えは、収益を上げた会社は、税金を払った残りで高配当をしていくことだと。だから、株主に報いるためにはオーソドックスに配当を高めていかなければならないと言っている。こういう本質を捉えて財務戦略を語れる経営者がどれほどいるだろうか。

6. 人間の本質とは何か。アメリカ人幹部との議論

稲盛和夫は、米国に事業展開していくなかでも、自分の経営哲学を曲げることはなかった。そして、文化の違いにぶつかることになる。ただ、彼は米国で買収した企業の経営者と膝づめで3日間話し合う。彼の経営哲学を滔々と語り、侃々諤々の議論を交わす。アメリカ人幹部は次のように言った。「お金のためだけに働くことはダメだと言うが、我々は給料(お金)の為に仕事をしている。いくら「人の心」だといったって、アメリカ人は高い給料を払うところにすぐ転職するよ」と。アメリカ人で、特に幹部になる人はエゴが強い人が多いが、稲盛と議論をした結果、みんな稲盛のフィロソフィーに納得したという。

稲盛和夫は、経営上の議論に止まらず、歴史や宗教、哲学、専門家同士の技術的な話をし、「人間の本質論」まで議論していく。「われわれはなぜ働くのか」「なぜ経営をしなくてはならないのか」と「お金のために働くことは、それはそれで構わない。しかし、お金を求めて生きているだけでは、人間は生きている価値がありません」といい、仏教の真・善・美の話をしたのだという。「コミュニティのために、ボランティアをしている人がいる。あなたは、そういった人の一生懸命取り組む姿勢や美しい心掛けを見て、立派な人だと思うでしょう。お金だけでしか人が動かないと言っていたらみっともないと思いませんかと。「われわれを成り立たせるものはなんだろうか」それは真・善・美という魂の本源となるものであり、魂そのものは、愛と誠と調和に満ちたものだという話をしたという。

アメリカ人とここまで深い話をできる日本人経営者がいるだろうか。彼の信念は、言葉や文化、宗教が違っても、人間であることには変わりはなく、「人間として何が正しいか」ということは共通しており普遍性があるという。そして人間として正しいことを貫く経営を、アメリカでも実践していった。ちなみに、稲盛和夫の経営思想は、中国でも大変人気がある(産経新聞「中国で「稲盛和夫」“爆読み”のワケ」)。まさに、言葉や文化を超えて受け入れられている証拠である。

7. リーダーに求められる「判断基準」

最後に稲盛の非常に鋭い思考を紹介する。稲盛和夫は、人間には「本能による判断」、「理性による判断」、「魂のレベルでの判断」という三つの判断基準があると説く。「本能による判断」は、利害関係で判断しているケース。自分の個人レベルの利害、部門の利害、会社の利害、国の利害等。こうした事は自分の肉体を守るための防衛本能として組み込まれているもの。つまり、良い悪いではなく、本能はその起源からして主観的で利己的なものである。本能も一つの判断基準だが、もう少し高い次元で判断した方がいいと言う。

次は「理性による判断」。これは、物事を推理推論するために発達した。主観的で利己的な本能に比べて客観的である。会社におけるコンセンサスベースの意思決定には、この理性心を使って検討・合意形成をするようにしているとのこと。しかし、人がやったことがないような、前例のないことを判断しようとすると、理性には限界がある。ひとは理性で判断しようとするが、論理で整合性を追って関係性見出しても、本当の意味での「決断」とは関係がない。例えば、部下からある新規事業について検討した内容を聞くとする、彼らは理性的に論理的に物事を整理するが、結局何がうまく行くかは分からない。従って、「リスキーで難しい」という答えだけが出てくる。それではどうしたらよいかと担当者に尋ねても、それはわからない、あなたが決めることです、となってしまう。それでも経営者は判断する必要がある。そのとき何を判断の軸とするのか。

本能ではうまく行かない。理性を超えた先に「魂のレベルの判断」というものがあるという。笑われるかもしれないが、小さいころには誰でも良心の存在を感じたことがあるだろう。何か悪いことをしたら自分を悩ます気持ち。そのような良心が大人になると、理性やエゴですれてしまい、あまり出てこなくなる。稲盛は、この良心が我々の本質、本源、つまり魂ではないかという。これはサイエンスの世界では解明されてはいないので、仏教的な話に入っていく。つまり真・善・美を追求することが魂の本源であると。筆者の個人的な考えでは、「道徳心」に近い気がする。他人の喜びを自分の喜びとして感じ、他人の苦しみを自分の苦しみのように感じられる思いやりの心。そういった心で経営判断するというのは、なかなか頭で理解することは難しい。おそらく彼の次の言葉に集約されるのだろう。「動機善なりや、私心なかりしか」「人間として何が正しいのか」ということを真っ先に考える。ルールや慣行などがあったとしても、それを超えて人間として正しい生き方、考え方をしていくことが大切だと言う。

8. まとめ

稲盛和夫の強さ・魅力は、経営者として必要な、数字(会計)をベースとした緻密な合理性と、それを実践する上での行動指針や判断軸となる崇高な哲学を持ち合わせていることだ。前者については、必須条件であり、誰でも学ぶことができるし、勉強すれば誰でも語れる。多くの学者やコンサル出身者はロジカルにそれらしいことを言っているが、ここのレベルでしか語れないだろう。崇高な哲学は教えられて作れるものではない。一流大学のMBAで教わることもできないし、一流のコンサルティングファームに大金を払っても作ることはできない。なぜなら、それは自分の中にしかないからだ。自分の心の底から湧き出る信念・思想が大きな幹となる。そうした絶対的な哲学がなければ、「魂のレベルで経営判断」はできないのであろう。どうしたら稲盛和夫のような経営者になれるか。実践を通じて自分自身の思想や発想を磨き、語れるようになったときに自らの深みのある「経営哲学」が出来上がるのだと思う。

【参考文献】
Harvard Business Review 『稲盛和夫の経営論』(2015)
稲盛和夫 Official Site 『フィロソフィー』(2020)

【次回以降のテーマ】考えたい書きたいテーマがたくさん出てきた...。
・資本主義のウッドストック
・松下幸之助の『道をひらく』
・デール・カーネギーの『人を動かす』
・アンドリュー・カーネギーの思想
・ベンジャミン・フランクリンの思想
・アレクサンダー・ハミルトンの哲学
・ジェフ・ベソスの(浅い?)経営哲学に関する考察
・創業経営者と職業経営者の違い(アップル、ボーイングの事例など)
・創業者の思想と発想/起業家精神?
・製造業のCEOが最強説(特に創業者CEO)
・宗教と哲学とサイエンス
・レイダリオの瞑想とスティーブジョブズの座禅
・モチベーションの源泉
・Philosophy before strategy
・美学と道徳(善とは何か)
・移民の国/建国の思想(カナダとアメリカ、他)
・土着の国/政治思想・哲学(中国と欧州、日本)
・国という幻想(吉本隆明『共同幻想論』とハラリの『サピエンス全史』)


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