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『天魔恋玉(てんまれんぎょく)のコンペティション〜俺の魂は猫に奪われました〜』第22話

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第22話 他人のマネ

【割れた音が響いた直後の学園の教室】

「あれ〜?こりゃ驚いたな〜。黒天童さまの加護が消えちったよ」

ニーコの周りに漂っていた黒い霧は消えていた。

「どう? これで形勢逆転……よ」

サキは黒板を背にして立っている。
だが、サキは傷だらけで肩で息をしている状態だった。
ニーコの攻撃を躱し続け、致命傷こそ避けてはいたがもう限界が近かった。

本来のサキの実力はこの程度ではない。
ただ、悪魔としての力を大部分を抑えられた状態で、力が解放された天使の相手は無理があった。

「サキっち、メインアクターで仕事がないのに、どうしてシュン先輩との練習以外にも忙しそうにしてるのか謎だったんだ〜。けどまさか、こんな結界を張ってたとはね。この教室の異界化による変質を防いだ上に、仮にも神様の加護を打ち消しちゃうとはね〜」

「……学園の結界が強力な物に変わってたからね。それを私なりに研究して、この結界をいくつかの教室に張っといたのよ」

ニーコはゆっくりとサキに近づいていく。

「いや〜、凄い! 凄い! もしかして、適当に逃げてるようでこの教室に誘導してたの!? どうやって!?」

ニーコは教卓に両肘をついてサキを見据える。
ふたりを隔てる物は教卓だけになる。

「ウイさん、いや、エイトさんにお願いしてね。教室名が変わってない教室がないか調べてもらっといたのよ。あ、あとは一番近い場所を目指すだけ」

「サキっち辛そうだね〜、大丈夫?」

「だ、誰のせいだと思ってんのよ。まぁ、いいわ、もう終わらせるから」

ニーコは微笑む。

「え〜、どうやって〜? 黒天童さまの加護は一時的に消えてるだけなんだよ? 圏外になってるだけで、この結界を出ればまた元通りなんだよ?」

「そ、そうね。分霊とか口走ったからわかってるわよ。今、あんたの中に黒天童の分身、いや、黒天童と同じ者が入ってるってことはね。そいつから解放してあげるわ」

サキは特別な銃弾を銃に込めようとする。

「え〜、でもわかってるのサキちゃん? それってニコを殺すことになるかもしれないんだよ?」

「えっ……?」

「だって、ニコは天使さまに願って一緒になってニーコを作り出した。ニーコが天使ってわけじゃない、ニーコは天使でありニコ、ニコと天使はひとつになってる。そのニコの願いを利用して黒天童さまがニーコに入り込んだ。つまり、ニコも天使も黒天童さまも1つになってるんだよ?」

サキが持っているのは聖別BB弾が入った銃弾ではない。
魔界製の特別な霊体消滅弾である。
この弾で撃ち抜かれれば天使であろうが悪魔であろうが、どのようなものであれ問答無用で霊体を消滅させることができる。

だが、もし人間の魂を撃ち抜いてしまえば、魂を失い人間は死んでしまう。
今、目の前のニーコを撃てば、ニコごと撃ち抜いてしまう。

「人を殺す覚悟がサキっちにあるの?」

サキの顔から血の気が引いていき、蒼白になっていく。
少し前のサキなら躊躇ためらいなく引き金を引いていただろう。

こうなっては仕方がない、他に手段がないのならば仕方がない。
そう納得させることができた。

ただ、今は違う。
たとえ、苦手な相手だろうと、友人を、想い人の大切な人を撃ち殺すことはできなかった。

「どうする? もし、ニコから黒天童さまを引き剥がすなら覚悟を決めて撃つしかないよ? よーく狙って、間違えて、右耳をかすめた!! な〜んてことがないようにね」

「……」

サキは無言のまま銃弾を装填した。
ニーコは余裕の笑みでサキを見ていた。

「……ごめんね、ニーコ」

銃声が教室に響き渡った。
ニーコは撃たれた反動で床に倒れた。

サキは力なく床にしゃがみ込んだ。

◇◇
【学園屋上】

シュンは黒天童に向かって手を伸ばす。

「さぁ、おいで、シュンお兄ちゃん」

「行ってはならんのじゃ! シュン!!」

黒天童は両手を広げる。
慈愛のある女神のように、誘い込む蟻地獄のように待ち構える。

シュンは黒天童に向かって腕を伸ばし、
黒天童の胸にふれる

「?」

「俺はお前を神と認めない」

シュンの手から赤い閃光が走り、黒天童に伝わる。
瞬間、何かが割れる音が響いた。

「な、なにぃいいい!?」

黒天童が悲鳴にも似た叫びをあげると、薄黒いヴェールの衣は吹き飛び女神のような姿は消える。
元のタマが着ていた制服と同じ姿に戻った。

「う、うまくいったぜ」

「た、玉を渡すんじゃなかったの!?」

「ああ、悪いな、一芝居うたせてもらったぜ。お前の油断を誘って安全に近づくためにな」

「ふっ、そういうことじゃ。玉の力が高まっているならそれを利用してお前の力を剥いでやろうとな。さっきの支配から解放されたときにピンときとったんじゃ。どうじゃ? こう見えて、シュンは芝居がうまいじゃろ!」

黒天童だった者は笑い出す。

「ははは、なるほどね、すっかり騙されちゃった。煉玉の力で神を否定する願いを叶えたってわけ。でも、そんな不完全なもので、どうするつもり?」

「もちろん、決まってるのじゃ。玉の力でお前を祓うのじゃ!」

「お、おい、タマ。それはどうやってやるんだよ?」

「そんなの決まっておるのじゃ。もう一度、願いを込めて、あの印にタッチするのじゃ!!」

黒天童だった者の胸の辺りには、太陽のような形の印が光っていた。
それに気づくと黒天童だった者は不気味な笑みを浮かべた。

「ふっ、なるほど、お互いが鬼の鬼ごっこってわけね。けど、命がけなのはそっちもだよ」

黒天童だった者の手が黒く燃えるように光り出す。

「な、なんだ、アレ?」

「気をつけるのじゃ、シュン。神としての力のほとんどは無くなったが、残った力を手に集中させてるのじゃ。あれに触れられたらタダではスマンのじゃ」

「なるほどな、じゃあ命がけの鬼ごっこか……。いや、普通にめっちゃ怖いんだけど?」

「だ、大丈夫じゃ。どうせ負けたら全部終わりじゃ、気楽に行くのじゃ」

「いや、全然、気楽じゃ、って!? おわ!?」

黒天童だった者が猛然と突っ込んできたところギリギリで躱した。

「お、おい、黒天童!! まだ、スタートって言ってないだろう!?」

「ふん、そっちだって騙し討ちみたいな真似してきたでしょ。お返しだよ」

「シュン、そやつはもう黒天童ではないぞ。黒天童だった奴じゃ。うかつに神としての名を呼んで、願いの力で神に戻られても困るのじゃ」

「え? そんなことありえんの? でも、黒天童だった者とかじゃ呼びづらいし……じゃあ、クロとかでどうだ?」

「ちょっと、安直すぎな気がするのじゃ!」

「いえ、良いよ、それで。私の名前はクロ、それでいい」

意外にもクロはすんなりとその名前を受け入れた。
シュンとタマは、クロの表情からその真意を知ることはできなかった。

「じゃあ、はじめよっか、命がけの最後の鬼ごっこを。でも、良いんだね?」

「ああ、良いんだ。はじめよう」

シュンとクロは向かい合う。

「では、玉を懸けた鬼ごっこ。よーい、スタートなのじゃ!!」

タマの声で、両者は同時に駆け出した。

屋上を舞台にシュンとクロは互いに攻守を交代しながら攻防を繰り広げる。
激しい動きを繰り返し両者は徐々に体力を消耗していく。

徐々にシュンの動きが鈍っていく。
それもそのはず、異界化し終末の塔となった学園内部は超大な迷宮となっていた。
最短ルートで屋上まで来たとはいえ、かなりの距離を走っていたのだ。
しかも本来ならば今は放課後の深夜だ。多少、シュンがサボっていたとはいえ、それでも体力は既に限界に近かった。

「でも、シュンお兄ちゃんは本当に勝てると思ってるの?」

クロの問いかけにシュンは答える。

「勝つしかないなら、勝つさ」

「無理じゃない? 体力だって限界に近いでしょ?こっちは神の力がないとはいえ、人間基準ならまだまだ余裕だよ?」

「かもな。でもな、そういう時は気合いと根性でなんとかするって決まってんだよ」

「無理でしょ? シュンお兄ちゃんにそんな精神的な強さはない。だって、何もないんでしょ? シュンお兄ちゃんはさっきクロにキャラがブレてるって言ったけど、それはお兄ちゃんもだよね? 知ってるよ、シュンお兄ちゃん、本当はそんな口調じゃないでしょ?」

クロはシュンの表情にわずかに見えた動揺を見逃さなかった。

「シュンお兄ちゃんは誰かに攻撃されるのが怖かった。だから、強い自分を演じるためにそんな口調でしゃべってるんでしょ? 心の声はそうじゃないのに。それに自分に自信がない、自分が何者でもないと思ってる。だから、いざという時、他人を演じることで乗り越えてきたんだよね?」

クロはシュンの瞳を覗き込む。

「何もない、何もできない、だから他人のマネをする。そうやって誰かのマネをしないと何もできないんでしょ? 自分に自信がない、なぜなら何もないから。だからなにもできずに他人のマネをしてる。そんな人が勝てるわけない、だって何もできないんだから!!」

刹那、クロの手がシュンの胸に触れた。

「シ、シュン!!」

タマの声が屋上にこだました。


第22話ー2

【学園の教室】

銃声が教室に響き渡った。
ニーコは撃たれた反動で床に倒れた。

サキは力なく床にしゃがみ込んだ。

そして、

「いてて、結構痛かったですけど〜!!」
ニーコは不満の声をあげる。

「あなたが派手に吹っ飛ぶからでしょ?」

「だって〜、撃たれる経験なんてなかないし」

「それにしたって限度があるわよ」

サキは大きくため息をつく。

「でも、うまくいったね〜。その弾、1発だけだったんしょ?」

「ええ。もしあなたが右耳をかすめろって言ってくれなかったら、失敗したかもしれないわね」

あの時、ニーコは天使の力を使って黒天童の分霊のみを分離し外に出した。
ただし、分霊の抵抗でわずかな範囲のみしか狙う場所がなかった。
そこを見事にサキは射抜き、黒天童の分霊だけを消滅させたのだ。

「あなたは私が外すかもとは思わなかったわけ?」

「それはナイ! だってサキっち、狙った場所に全弾当ててたじゃん? まさに百発百中! 絶対に射的勝負しても勝てる気しねぇ〜」

「はぁー、それで? あなたは結局、ニーコなの? それともニコ?」

「どっちもわたし!! ニコはライバーのニーコでもあるのだ〜!!」

「そう、何はともあれ、約束は守れたってことね」

「サキっち!」

ニーコは片手をあげた。
それを見るとサキは片手をあげ、ふたりは片手でハイタッチした。

「サキ先輩、ありがとう」
そういうとニコは眠るように気を失った。

「まったく、先にそれを言いなさいよ。お、起きなさいよ、早くシュンくんの所に行かないと……」

ニコが無事とわかったサキは一気に力が抜けた。もう、とっくに体力の限界だったのだ。
そしてサキも眠るように気を失った。

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