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エッセイ「びっくりしている」

およそ2年間私は壊れていた

「壊れる」という経験から学んだことは何もない。ひたすら超面倒だった。

白昼堂々コソ泥と警官が走り、公園は駐輪場兼ストロング系缶チューハイのゴミ箱。
産地不明の食材が激安価格で売られるスーパーが賑わい、真夜中に立ちんぼが手招きをしている。
そんなゲットーの片隅のアパートで私はひとり壊れていた。

とある日は、死に場所探しの旅に出た。
一日中うつろに雑木林や河原をさまよい、3駅分くらい無駄に歩いた。
しっくりくる場所が無くて諦めて帰って大泣き。ダセぇ。

とある日は、簡単なことが急に不能になった。
保育士をしていた時、園児に配る画用紙の数が数えられなくなった。
かと思えば、余計なところに思考が伸びてどんどんこんがらがった。
脳の処理能力が著しく下がっていたのだと思う。なにせ壊れていたから。

SNSでは病んで暴れた。今さらだが恥ずかしいからお焚き上げしたい。
SOSのつもりだった。読み返すと哀れすぎて面白い。悲劇と喜劇は紙一重ってマジだ。そういえば映画「JOKER」を見ていとも簡単に感化され、髪の毛を染めたがもちろんジョーカーにはなれず、ただ茶髪の私が出来上がっただけだった。

あらゆる趣味は消滅した。つまらない。とすら思えない。THE 無。

極めつけに、摂食障害になってしまった。これが超面倒ランキング1位。
とりわけルッキズムに苦しんでいた私は、太るのがこわかったから、
苦しくなるまで食べ続けたら指をのどに突っ込んで全部吐いた。自傷だ。

味覚が機能しなくなるまで物を食べ続けたこと、あなたはある?
満腹を超えるとお腹じゃなくて背中が痛くなるの。それはひどくつらい。
この苦痛に何故かやみつきになった。わけも分からず、ずっと泣いていた。
おまけに食費がかさみ、自暴自棄に買い物を繰り返したからリボ払いの借金生活に突入した。最低。

ある夏の日雇い仕事終わりに金が無さ過ぎて、道端に落ちていた無傷の野菜生活の紙パックをくすねてキンキンに冷やして飲んだこともあった。人生で飲んだものの中で一番おいしかった。

閑話休題。

何が私を壊したか

パワハラ、職場いじめ、恋人の裏切り、自己肯定感の低さ、金の無さetc。
遡れば子どものころから、自己破壊の要因はおもちゃ同然にそこら辺に散らばっていたのだ。大人の顔色をうかがって取り繕うのはお手の物だった。
たまたま2019年に積年のこれらが一つの塊になって襲って来ちゃった。というだけの話。早くどっか行ってほしかったが、私は冒された。

近くに友だちもいなかったから、頼る人も間違えた。泣きっ面に蜂だ。
妻子ある男の人を心の拠り所にしてしまったのだ。大馬鹿だった。
当時は心から好きだったから割と何事も許してしまった。情けないわねぇ。
この人から日雇いの仕事をもらい、避けるべき接客業を必死に耐えて働いた。…私えらくね?
特にやりたいこともなかったし、一人暮らしだから生計を立てねばならなかったのだ。このように、孤独感は人を視野狭窄に陥らせる。ひぇぇ。

寂しさはセフレが部屋を尋ねてくることで埋めていた。
心を伴わないセックスはどっと疲れて虚しい。だからヤった後はいつもSuper Void Time突入。いつも見ているはずの天井が、やたら高く見えた。
お互いの肌は死体のように冷たくてゾっとした。
虚無に抱かれた私はきっと、もののけ姫のコダマみたいな穴の開いた顔していたんじゃないかしら。
やさしい人では無かったが、帰ってしまうと余計に寂しかった。おい、寂しさ埋まってねぇじゃん。

こんな生活が続き、しんどくて苦しくてのたうち回ってぐちゃぐちゃに壊れた。


2020年の今現在

カーテンのすき間から日が差す様に、偶然の縁とゆかりが舞い込んだ。
私はゲットーとアパートを出て、遠く離れた美しい北の大地へいざなわれた。
物理的に離れたせいで図らずも先述の男の人たちとのしがらみからも放たれた。あー、めっちゃ大変だった。

5月も近づいているが未だ10度に満たない日もある山の上。ノイズの無いまっさらな空気のなか、目の前には広大な自然が広がっている。私はそこに突っ立ってこう思った。なんという奇跡だ。夢の山嶽地帯だ。ゲルニカだ。
この景色を前に食べた物を吐く余地は今のところ無い。

私にはまだ壊れている箇所がある。きっとここでも傷つき、病み、BAD入ることもあるに違いない。
けれど、今度の私が頼るのは、少なくとも他人の情けや欲じゃない。そびえる山々、白樺の森、鳥のさえずり、土のにおい、かすかな獣の息づかい。
寂しかったら馬に乗って野を駆けてもいいし、木の実やつるつるの石を見つけて一人ほくそ笑むのもいいだろう。

うわ、いきなり借金のこと思い出したぞ。それはちょっとずつ返そう。

窓から手を伸ばせば、やわらかな春の雪に触れる。なんの気なしに深呼吸だってしちゃう。
外に出れば頬に当たる北の風は痛いほど冷たい。でもすこぶる気持ちが良くて、私はびっくりしている。

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