見出し画像

貯金18万円で育休に突入、妻「それは無理でしょ」…僕が妻を見殺したワケ②【男性育児ルポ】

■ベビーカーを買わないオトコ


 今年8月、大学時代の友人が地方から東京に越してきた。
 学生の時分、一人暮らしをしていた彼の家にほぼ「居候」のように毎日寝泊まっていたから、その仲の良さといったらない。筆者の長女と友人の長男は同い年。筆者の次女と友人の次男もほぼ同い年。結婚した時期に差はあれど、生活の実態はほとんど変わらない。もはや因縁めいている。

 友人の妻とは特別の面識があるわけでもないので、そこまで親しい間柄ではない。だが、妻同士はそれなりに「子育て」を共通の話題にしているので、こんなことを会話しているのを聞いた。

 友人の妻「そのベビーカー使いやすい?」
 筆者の妻「使いやすいですよ。おすすめです」

 聞けば、友人は「物が多すぎる」という理由で妻がベビーカーを欲しいと言っても、それを聞き入れないようだ。友人の言い分は、もともとは地方で車生活だったので、そもそもベビーカーそのものが必要でないというものだった。筆者は思わず「このベビーカーいいよ。東京で暮らすなら絶対いるから買いなよ」と進言した。友人は少し苦い顔を浮かべながら「ん~」と言い訳を紡ぐ。

 結論から言えば、オトコは何も考えずに暮らしていれば、子育てで「金がかかる」ということを知らないだろう。
 もちろん、それはオトコが社会で活躍するために必要(と言われている)な、学力や能力を開発するための教育費を指していない。これは幼少期に子どもが「生存」するために、妻や自分が「ストレスなく健康に暮らす」ために必要な出費なことだ。子育てから離れれば離れるほど、「知らないこと」を思い知らされる。

なぜそんなことを言えるのか―-。筆者もそのすべてを知ったわけではないが、苦い経験をしたばかりであるからだ。

■借金があっても育休はとれるのか

 「育休取るの無理じゃない?」
 育休の取得に誰よりも強く疑問を投げかけたのは妻だった。その理由は「カネ」だ。

 育休を取得すると、多くの場合、その期間は「無給」になる。
我が家の台所事情はお世辞にも良いとは言えなかった。その責任は夫である私にある。独身時代に散々浪費してきたから、結婚するときには300万円もの借金を抱えていた。

 結婚が決まって、すぐに長女を妊娠していた妻はお腹が大きくなってきたときには、仕事を辞めなくてはならなくなった。東京に引っ越してきて間もなく出産をしたから、これといったスキルもない彼女が仕事に就くことも難しかった。おまけに一人で育児をしてきたから、年中ノイローゼになっており、精神的にも働ける状況になかった。長女が生まれてからの3年間、借金の返済と生活費で給与は右から左へ流れていった。

 しかも、夫である私が2021年2月に「抑うつ状態」となり、部署異動が決まったことで、月給が6万円減った。その様子を見かねた両親が31歳にもなっていた私の借金を「肩代わり」してくれた。この上なく恥ずかしい経験だったが、生まれて初めて親に深々と頭を下げた。それでも、次女の妊娠が分かった4月時点で我が家の貯蓄は0だった。

 次女の出産予定日が12月末だったから、そこから8か月にわたって貯金することにした。ただ、必要なお金もある。普段の生活費はもちろんのこと、今年4月に幼稚園に進む長女の入園手数料、次女の出産費、育休期間中は無給になるのでマンションの家賃も実費で支払う。さらに、借金は「肩代わり」してもらったので、贈与税も納めなくてはならない。かなりのカネが必要になる。

 妻にそのことを説明すると、「いや、それ働かなくて大丈夫?」。でも、こちらとしては育休を取得するつもりであったから「たぶん大丈夫」と強引に押し切った。コロナ禍で交際費は激減していたし、基本的に外回りにも行かないので基本的には会社と自宅の往復だったのでカネはあまり必要ではなかった。趣味のテレビゲームをやめたり、ランチ代を減らしたり、駅までのバス代を節約するために歩いたりすればそれなりに「浮くはず」という見立てもあった。

 妻は「うーん……」と難しい顔を浮かべながら、了承してくれた。浪費家の自分でも、目的さえ設定できればそれなりに我慢はできた。

 それでも、育休を取得する前の2021年11月30日時点で、たまったのは58万円と預金口座に18万円。このカネで我が家は育休に突入した。

■カネ、カネ、カネ――

 長女が生まれたときには、「仕事が忙しいから」と出産前の用品の買い出しも行かなかった。妻は身重な体を引きずって買い物に行った。そして、帰宅して金額を聞くと、私は「そんな高いものを買う必要があったのか」と小言を言った。

 だが、出産前に買い出しに同行すると、このことを激しく後悔した。
ベビーカーも年齢によって乗れるものが違う。我が家には「B型」しかなかったから、「A型」を買わなくてはいけないようだった。哺乳瓶や洋服も買わなくてはいけない。ベビーベッドも、子どもを揺らしてあやす「バウンサー」も必要だった。ベビーカーはセールで型落ちのもので5万円ほど、バウンサーは冒頭の友人から譲ってもらった。

 哺乳瓶はフリーマーケットアプリで購入し、洋服は安価な量販店で買いそろえた。買うものが多すぎて正確な金額は記録しきれていないが、それでも10万円ほどかかったはずだ。長女が生まれた時もこのくらいの金額がかかったはずだが、実際に自分で買いそろえてみると、どう考えてもこれが「底値」のように感じた。妻は「高いもの」を買っていたのではなく、必要なものを買いそろえていたにすぎなかった。

 家事をやらないときには「そんなに家事が大変なら出前でも取ればいい」と言っていたが、育休を取得してみるとそんなことも言えなくなっていた。都内で家族全員分の出前を取ろうと思うと、ファストフードですら1500円近くかかる。明らかにスーパーに買い出しに行った方が安い。

 子どもを連れての買い出しは難しい。次女が生まれてからは、私が長女を連れて近所の「激安スーパー」に買い出しにいったが、大変だった。「おかしを買ってくれ」と言ったかと思えば、「あれはおうちにあるやつだ!」と好きに走り回る。疲れたら「抱っこ」をせがむ。それらをいなしながら、家族の食材や生活用品を買い込むと、電動自転車に乗りきらないほどの量になる。節約しようと思えば、労力をさかなければならない。

■お祝いの「代償」

 慶事にはお祝いもある。心から感謝をする反面、悩まされたこともある。
 親族からは、出産祝いと子どもへの「お年玉」を含めて、15万円ほどを頂いた。ただ、これらには内祝いとしてある程度の金額を返さなくてはいけない。さらに友人らからは「物」で頂いた時にはそのお返しをしなくてはならない。さらに、掃除機が壊れるという不運にも見舞われ、出費は重なった。

 2021年12月のクレジットカードの支払い総額は24万円、出産費用などが加わった1月は33万円に上った。
 それでも、12月に勤務した分の給与と政府の「18歳以下への10万円給付」、出産祝いの残金、預金口座にあったカネや不要品を売ったフリーマーケットアプリの売り上げなどで、貯蓄には手を付けずにしのぐことができた。

 子育てには「金がかかる」。だけど、オトコが外に出て金を稼いでいる“だけ”では、妻に買い物を任せている“だけ”では、その切迫感はわからない。「必要ない」と思えるものでも、実は「あれば便利」なことも多いし、下手すれば「ないと家事が立ち行かない」ことだってある。金がかかる、ということは夫婦で話し合いの時間を作らなくてはならないということだ。歩み寄りなしに、それが実現するのは難しい。だが、歩み寄ることを“強制される”ということで、生活が変わることもある。

 ところで、冒頭の友人はその後筆者にLINEで「あのベビーカー、なんだっけ?」と聞いてきた。一度ベビーカーの話をした後に、家族で会ったとき真新しいベビーカーに座る子どもの姿があった。物分かりはよい男なので、その後、購入したらしい。その便利さに満足した様子を浮かべていたことが、少々の救いといえようか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?