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初恋

若い女の屍体が、床間に一つ。

溶けた蝋のような青白い艶かしさが、
かつて炎を灯していたであろう、
その胸の輪郭に沿って、温く。
投げ出された太腿が、濡れた襦袢の隙間から、
静かにこちらを覗く。
割れた無名異焼の花瓶の破片達は、
赤黝く湿った畳の上、
星屑の如くそれに輝く。
側にある彼岸花だけが、
翳を落とした部屋の中で、
未だ、ぼうっと燃える火の様に。

障子戸の小さく開けられた穴から見えた、
一つの絵画じみた光景に、幼い私は、
暗い美しさと、重い高揚を感じた。

どこか無機質で、
軽いものの様にさえ思える“それ”は、
確かに先程までは、
笑いながら茶を飲んでいた筈だった。

命の離れた器は、
如何して此れ程までに美しい光を放つのか。

離れ行く哀しい男の背に、干涸びた爪の跡。

ひとひらの雪の結晶が、燃ゆる私の類に溶けた。

私の心の中に、秘密の初恋が生まれた日である。

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