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きらきら

全部全部、消えちゃえ!って思った。


髪の毛は右側が上手く巻けなくて、新しく買ったリップは今日のメイクとちぐはぐで、左目の二重がほんの少し、いつもより狭かった。

彼氏のLINEは2時間返って来なくて、友達からの相談は溜まっていく。
でも誰も、あたしの声は聞こうとはしてくれない。

いいんだ〜、だってあたし、大人っぽいから。

誰よりも思考を練り上げて、誰よりも早く、大人にならなきゃって努めてきたんだから。
あたしが吐いた引用だらけの言葉で、誰かが「ありがとう」って言ってくれるの、最高に気持ちいいんだもん。

液晶の中で紡がれる、思考の自慰行為。

何か、間違えてる?
ハッピーになれれば、それでいいんでしょ?

ご飯は水分量間違えてカピカピになっちゃったし、洗い物は溜まっているし、洗濯物だって干しっぱなしで、灰皿に押し付けた煙草は行き場を無くしてる。
腕の痣は増えていくし、爪を噛む癖は治らないし、明日を考えて押し寄せる吐き気で、ゴミ箱に顔を埋める。
アラームの音で飛び起きて、朝日に鼓動が早まって、テレビの音が、街行く人の声が怖くて、耳を塞いで泣き噦る。

みんな自分だけが可愛いから、自分だけが気持ち良くなれれば、それでいいの。

生きる為に努力して大切を得て、生きる為に大切を犠牲にしてきたはずなのに、どうしていつも、あたしの前に首を擡げてくるのは、真っ黒な目をした死、お前だけなの。

無機質な建物から出る。
爆音から逃れて路地を飛び出たその先は異世界で、視界は青く歪んで、街灯も、コンビニの店内の明かりも、車のテールランプも、全部花火みたいにチラチラと揺らめいていて、綺麗だった。
奥歯が小刻みに震えた。
指の先にあたる空気が柔らかくて、雲を掴んでいるようだった。

サイレンが、脳味噌の中を無邪気に走り回った。
赤は、眼球を焦がす。

大きな花火が眼前に広がる。
ちっちゃい頃、ママと、パパと、おねぇちゃんと、見に行ったっけな。
あの花火の下に行きたいって、心の底から思ったんだよな。
嬉しかった。
パパの腕に持ち上げられて、手を伸ばしたらあたしの物になりそうな距離に感じて、心が躍ったのを覚えてる。

あー〜、もう!あたし、今すっごく幸せ!
身体の奥から湧き出てくるような幸福感に、頭の上から足の先まで、すっぽり包まれてるの!

けど、どうして。
あれ、血。

……全部全部、消えちゃえって、思った。

目の奥、いつかの記憶の大きな花火に、家族の影が浮かぶ。
ただひたすらに、幸福だと信じたかった。
ただ無条件に、愛されていると思いたかった。

「………きらきら」

あぁ、綺麗。

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