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前夜未明

雨が降る。
制服を着た私が、消えろと叫んだ街に。
雨が降る。
ドレスを着た私が、綺麗と嘯いた街に。
雨が降る。

この夜の中、私はここから一歩も動けずに、ただ茫然と濡れた壁面に映り過ぎゆくヘッドライトを見つめていた。それは鯱のように鋭く、流れ星のように一瞬で、儚い人生の一幕と同義であり、そのように何もかもを陰鬱なものに結びつけてしまう自分に嫌気がさして、窓を閉めた。

雨粒達がトタン屋根の上躍っていた。
くぐもった足音と、冬を知らせる冷たい風が部屋の中まで滑り込んで来た。身震いしながら、一口飲んだ温かなコーヒーの苦味に、私は安堵する。

途端、どうしようもない寂寥の念が押し寄せた。
本当に、突然だった。
辛かった事、苦しかった事、薄汚い思い出達が群れを成して、私の頭に雪崩れ込んで来たのだ。
「あなたは要らないの」
「あなたがいたせいで」
「あなたが悪い」
数々の黒に轢き潰されて、私の身体は痛みに突っ伏した。

「ねえ、一緒に死のうか」

ああ、もうおしまいだ。
どれだけ愛を語ったところで、どれだけ愛を創り上げたところで、何も変わる事は無い。ただ変わるのは己の表面的なものだけで、眼の奥には常に、私が膝を抱いて鼻を啜っている。
誰も助けてくれないのに、手を挙げるのは何故だろうか。誰も笑いかけてなどくれないのに、口角を上げて声を高らかに笑うのは何故だろうか。誰も私の心など見ないのに、誰かの肩を抱くのは何故だろうか。

綺麗事も、輝かしい未来も要らない。
私にとっての未来は屈辱だ。
生きなければならないという無意味な使命に翻弄され、誰かの言う「またね」を信じて目を閉じて、友との再会に胸を打たれまた足を踏み出す。
未来の為などでは無い。私の為でも無い。
評価の上に自分が成り立っているが故に、評価されなければ死ぬことすら成し得ないのだ、私は。
くだらない妄想に現を抜かし、その場凌ぎの笑みを湛えているこの私にとって、今こうして息をする事すら大罪なのに。

曙色に染まる部屋の、まだ夜を抱きしめている部屋の隅で、私は爪を噛む。髪を毟る。肌を掻く。
明日になれば、明日になれば、明日になれば…。
そんな希望を抱くのも、もうやめにしよう。

雨はまだ、降っていた。
私を捨てた、この街に。
雨はまだ、降っていた。
私が捨てた、この街に。

翌朝、ニュースの見出し。
そこでようやく私は、評価されるに値するのだ。

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