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もっと愛がほしい

古谷経衡さんの「愛国商売」を読んでの感想

作家の古谷経衡さんの小説が話題になっている。「愛国商売」という文庫本なのだが、ネトウヨの裏側の世界を暴いた痛快な物語だ。さっそく読んでみた。(以下の写真は単行本の頃に買ったもので、「愛国奴」というタイトルで当時は出たが、物語の内容は同じです。私のように目の悪い人にとっては単行本の方が字が大きくて助かります)

この小説は、古谷さんらしいウィットに富んだユーモアあふれる作品に仕上がっている。分析力が素晴らしい。韓国や中国に対するヘイト言論をいわばビジネスとしてやっている組織があること、そのビジネスの仕組みや、どのような人たちがどのような経緯でヘイト・ビジネスをするに至ったのか、とても鮮明に描かれていて、取材だけでなく、実際にネトウヨ業界に関わった経験のある人でないと描けないシーンが豊富だった。ぐんぐんページを読み進められるし、物語内容に引き込まれた。

それから、文章全体に流れる日本近代文学風のトーンも小説の内容ととても合っていて、あえて狙ってそのような文章遣いにしているところに、上手すぎてニクさを感じた。古谷さんはご自身の独演会で落語が好きだとおっしゃっているように、落語的に軽快に流れるユーモアと、漱石はじめ明治の文豪風のかちっとした日本語を見事に融合させてネトウヨ小説を作るなんて、どれだけ才能あるんだろうと、圧倒されたし、やはり私にとって好きな作家のひとりだなと再確認した。

そんな面白かった「愛国商売(愛国奴)」であるけれど、それでも私の心に読後いつまでも、どうしても燻り続けるモヤモヤした違和感があった。

物事を見つめる冷静な眼差しと分析力には圧巻だったけれど、もう少し「愛」がほしかった。

ひとことで言えばこれである。登場人物たちがほぼ全員、あまりにも「救い」がないのだ。ネット放送番組「よもぎチャンネル」をめぐって右派の学者や評論家や番組ディレクターたちが小競り合いを繰り広げていて、さらにその下に弟子的な立場の人たちがいて、みんながその小競り合いに関わっていく様はとても分析的で、しかも痛快な部分が多くて面白かった。けれども、小競り合いの果てに迎える結末が「悟り」や「改心」ではなく、懲罰的な悲劇で締めくくられるところが、私にはどうにも切なすぎて耐えがたかった。

敵対する二人の主要人物のひとりは癌になって亡くなり、(ある日突然、余命宣告をされてあっという間に亡くなってしまう)もう一方の人は日常的に暴力を振るっていた妻を追いかけていく途中で大きな交通事故に遭い、後遺症から障碍者になってしまう。

ほかにも新進気鋭の若手批評家と付き合っていた女性(既婚者)が、中絶した後にあっさりと捨てられてしまうシーンなどもあった。これは批評家の人間性の醜さを描くためにあえて作られたシーンだと思われるけれど、それでももっと違うやり方はなかったものかなと思った。

懲罰として結末を描いたわけではないと、古谷さんはおっしゃるかもしれない。けれども、中国や韓国への史実に基づかないヘイトを続ける重鎮たちの、永遠に繰り広げられるかのように見えた小競り合いが、癌での死と交通事故で障碍者になることで自滅するというのは、まるで彼らに天罰が下ったかように読み取れてしまうのだ。個人的にはそこが読んでいてモヤモヤした。世の中、どんなに良い人でも癌で亡くなったり事故で障碍者になってしまう人はいるというのに、それが懲罰かのように描かれてしまうのは、はたして癌になったり体に障碍を負ったりすることは罰なのか?そりゃないだろ、と思った。

物語にヒーローと悪役があるとするなら、この小説に出てくる人物たちはみんな、悪役にさえなれない愚かな人たちばかりだ。そんな愚かな人たちだからこそ、古谷さんにはもっとをもって描いてほしかった。中国・韓国へのビジネス・ヘイトを続ける人たちや、自己顕示欲の塊のような男たち、後輩への執拗な嫉妬に駆られる先輩や、ネットの間違った情報だけを鵜呑みにして勉強しない若者たちなど、どこを取っても救いようのない人物ばかりだからこそ、彼らの創造主である古谷さんには、個々の人物に対する憐憫の情でもいいし、赦しとはいかないまでも彼らの「愚行」に一理は同情できる何らかのエピソードをもっと添えてくれるでもいいし、とにかくもっと大きな「愛」をもって彼らの人生を包み込んでほしかった。なぜなら、現実の世界には、右派に限らずリベラル勢も「よもぎチャンネル」とそっくりな構造の組織を運営している人たちがいて、そこでは南部照一が見た世界とそっくりな小競り合いが日々展開されている。人間の嫌な部分を見ることも多いし、リベラル言説を立派に述べていても、実際はただの自己顕示欲の顕れだったりする。要は、右も左もよく似ている。

小説というのは、そんな現実を批判してなぞるだけではなくて、そこから一歩前へ進んだ世界を、自分が理想とする世界を自分だけの力で創り出せるツールなのだ。古谷さんの頭の中にある半歩先の未来を垣間見させてほしかった。人間の滑稽さを遠目から眺めているだけでは、ヘイトと分断が僅かずつでも解消に向かえる未来には繋がらないだろう。

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