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安田さんについて

2019年2月15日、東京、田町で戦場ジャーナリストの安田純平さんと、社会学者の宮台真司さんの対談が、お笑い芸人の村本大輔さん司会の元で開催された。

私が安田さんについて抱いた印象は、とっつきにくい人、というものだった。1時間半の談話の間、顔の表情がほとんど変わらず、笑顔もなく、「誰にも心を開かないぞ」というオーラを全身から醸し出しているように見えた。シリアで3年半もテロリストに拘束され、監禁生活を余儀なくされた。解放されてようやく日本に帰国すると、待っていたのは案の定、国民とメディアからのバッシングであった。このような一連の状況を経験されれば、容易に他人になど心を開かなくなるのも当然なのかなと、私は想像した。

しかしこの対談は、お笑い芸人が司会だけあって終始、和やかなムードで進み、また社会学者の宮台真司さんは、ジャーナリストを取り巻く日本社会の「自己責任論」に批判的な考えだ。つまり、安田さんにとって「味方」ともいえる場なのだから、もう少し心を開いて深い話をしてくれてもよかったのになと、もどかしさを覚えている。安田さんがあまり喋らないので、結局、宮台さんがひとり多く喋ることになり、司会の村本さんが宮台さんの発言を受けて、それを安田さんに振るという形で時間が進んだ。

会場のお客さんたちは、ほとんどが安田さんの「味方」だったと思う。「味方」と書くと、いかにも敵・味方に世の中が対立しているようで誤解を招きそうだが、端的に言えば、私を含む会場のほとんどの人が「自己責任論」には懐疑的であったということだ。

ちなみに私の考えでは、戦場ジャーナリストが危険な場所に赴くのは、それが仕事なのだから当たり前だと思っている。テロリストに拘束されて、解放のための身代金や帰国の飛行機代を国民の税金から出したといって、非難する人も多い。しかし私は、税金はこういうことのために使われるべきだと思っている。夏の2か月だけのオリンピックのために多額の税金を投入して箱モノを建設し、そのせいで被災地の復興が遅れていくようなおカネの使い方をするくらいなら、ジャーナリストの釈放のためにそれをしても、どうして批判されなければならないのだろう?

対談の間、終始物静かだった安田さんが、一度だけはっきりと感情を顕わにした場面があった。それは身代金の話題が出た時だった。彼は自分が解放されるために、身代金の類はいっさい支払われていないと断言した。また、拘束中に、日本政府が国を挙げて安田さんを探しているというニュースが流れたが、現実は、自分が探されていたような気配は感じなかったと(解放後もそのような接触が日本政府からはなかったと)話していた。

しかし、帰国後にニュース番組に出演した際に、身代金のことをテレビの前ではっきりと否定できなかったのは、「当時の自分の立場では何かを言い返せるような状況になかったから」だと言った。帰国当初は何を言ってもバッシングされそうな雰囲気だったので、とりあえず黙っておくしかなかったのだろう。

そのような空気に支配される日本社会の方が変わるべきだと思う。

対談は途中から、朝のニュース番組「モーニングショー」でもお馴染みのコメンテーの玉川徹さんが飛び入り参加して、方向性の違う盛り上がりに変わった。玉川さんは安田さんと村本さんの対談番組をつくって、「そもそも総研」という彼のコーナーで放送したいと言っていた。

それはともかく、私はあの会場で本当はひとつ質問したいことがあった。玉川さんの登場で叶わなくなったので、以下に記しておく。

先日、戦場ジャーナリストの常岡浩介さんという人が、イエメンの取材をしようとしていたが、外務省からパスポートを取り上げられて渡航禁止になった。

イエメンは今、空爆などが起こり、ひどい状況になっているという。世界中のジャーナリストがイエメンを取材しに行っているが、日本人である彼はパスポートを没収されて身動きが取れない。つまり、日本はジャーナリストに仕事をさせない国になってしまったわけだ。こうなると、イエメンが今どのような惨状であるか、世界の人々は知ることができても、日本人だけが知ることができなくなる。ジャーナリストを渡航禁止にすることは、巡り巡って日本人全体にとって大きな損になるのではないだろうか。

そのことを安田さんはどう思っているのだろう? それを訊きたかった。常岡さんは安田さんの知人であり、彼が解放された一報を聞いて、涙を流して喜んでいたのも常岡さんであった。安田さんが次回、どこかの国の戦場に赴こうとする際には、彼も同じ目に遭うかもしれない。

最後に、対談の中で心に響いた言葉を書き残しておきたい。

「どうして取材に行きたいんですか?」と訊ねた村本さんに対して、安田さんが応えた言葉だ。

「取材に行きたいんじゃなくて、まずは『行きたい』が先にあります。行って現地を見る前に『取材したい』が先にあるのは違うと思うから」

多くの戦場ジャーナリストが、バッシングされずに自由に活動できるような社会になることを願います。

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