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ビジネス書を人前で読むのは恥ずかしい

ビジネス書のタイトルは自己顕示欲を象徴している

最近、ビジネス本のタイトルが大げさすぎるように感じる。似たり寄ったりのビジネス書のジャンルのなかで、少しでも人の目を引こうと過激でキャッチ―なタイトルを狙っているせいか、これを読めば仕事がすべてうまくいくといったような誇大文句が多い。断捨離の本なども、片づければ人生が変わるといったように、冷静に考えたらあり得ないようなタイトルを平然とつけている。(家を片付けるだけで人生が変わったら一大事だ)
 
キャッチ―なタイトルは、人間の持つ自己顕示欲や承認欲求をあぶり出し、それをくすぐっているような気がして、書店のビジネス書の棚を眺めるたびに私はモヤモヤする。「他人よりも賢くありたい」「他人よりも先んじて成功したい」「世の憧れの的になりたい」など、誰もが心の奥底に眠らせている深層心理をたった一文のタイトルで表現しているように思う。
 数年前にベストセラーになった堀江貴文さんと廣西亮廣さんの共著「バカと付き合うな」などがその良い例だ。自分は他人とは違って賢く、周りは自分よりも劣っているだろうと思う読者の心の前提がなければ、このような本はベストセラーにならなかったはずだ。

 また、最近読んで驚いた本は、藤あやさん著「ファンは少ないほうが稼げます」の中にあった一文だ。藤さんによれば、「上を見れば上がたくさんいるけれど、下を見れば下もたくさんいる」とのことで、つまり、あなたより下の人はたくさんいるのだと、読者を励ましてくれる。そして、あなたのファンはあなたより下の人であると言及している。
 これほどはっきり書いてくれる著者も珍しいと思う。読んでいて心が沈んだ。私を応援してくれる人のことを自分より下だと思ったことは、私は今まで一度もない。と同時に、私が応援している人(作家に限らず、お笑い芸人でも漫画家でも)が、私のことを見下しているかもしれないと考えただけで、人間不信に陥りそうだ。
 私はそのような考え方をしたくない。
 しかし、藤さんの著書の趣旨は、人を見下したり人間不信を煽ることでは当然ない。彼女が著書で伝えていることは、「むやみやたらに顧客を増やそうとするよりも、数は少なくても良質で、自分のビジネスを応援してくれる真に好意的な顧客を確保する方が、ビジネスの安定的な成功につながる」ということだ。きわめて的を得ていて、納得のいくメッセージだと思った。それだけに「下を見れば下がたくさんいる」のくだりが残念だなと思う。

タイトルと内容にズレがあるビジネス書

 昨年出版された安藤美冬さん著「売れる個人のつくり方」は、このケースに当たる。内容を真剣に読むと、どちらかというと、これはビジネスというよりも、心理カウンセリングや自己啓発のジャンルに近い本だった。有名になることを目指す読者へ向けて、知名度がない時の心構えと有名になってからの心構えを教えてくれる。どちらの段階においても自分の心理状態をベストバランスに保つことが大切で、そのためにはまず、自分自身の心を知り、それを自らコントロールできる術を身に付けることが大切だと著者は説く。感情のレベルをチャートにした章などは、大学の心理学の授業のようで読みごたえがあった。
 なぜこの本を「売れる個人のつくり方」というタイトルにしたのか? 私はこの本は知名度うんぬんよりも、もっと広く万人向けだと思った。有名になることなどに興味がなく静かに生きていきたいと思っている人でも、安藤さんが示すような感情のエネルギーの量と質のバランスを整えて、よりアクティヴに生きることは奨励したい。このタイトルにしたせいで、知名度を上げたい、売れたいといった、良くも悪くも強すぎる向上心のある人だけが手に取り、読者層を狭めてしまったように思う。

 同じく昨年出版された、尾藤克之さんの「バズる文章のつくり方」は、色々な意味で考えさせられることが多い本だった。SNSのフォロワーを伸ばすために、タイムラインにあまた流れる投稿の中でいかに注目を引く文章を書くかという教示書なのだが、端的にいえば、これは優良な国語の教科書だ。バズるためなら炎上を狙えと煽るような不謹慎さはまったくなく、美しく魅力的で、かつ140字程度に収まる簡潔な日本語を書けるように丁寧に指南してくれる。じつに丁寧で詳細に国語の研究を重ねられて書かれた本だった。
 この本がそれだけ良質だからこそ、SNSでバズるという目的に収れんさせてしてしまったことが残念でならない。魅力的で簡潔な文章を書くこととネットでバズることが、私には相容れないように思うからだ。
「Twitterはフォロワー2000人を目標にしよう。フォロワーが2000人を超えると拡散力が高まり世界が変わる」と尾藤さんはおっしゃるが、私はそうは思わない。フォロワーが1万人以上いて、SNSの中で影響力を発揮する人たちに実際に会ってみると、胡散臭い人も多くいた。夜も寝ずにネットに張り付き、実態はほぼニートという人もいた。最も酷かったのは、インフルエンサーの表向きの顔とは別に、裏のアカウントを5つも持っていて、それを隈なく使ってネット犯罪をしかけ、何人もの著名な医師たちのアカウントを不正に凍結させている人がいたことだ。悪質な嫌がらせ行為であり、被害に遭ったのが著名な医師たちだけに、不要に世間を騒がせた。炎上してもいないのに、どうして凍結させることができるのか、ネット犯罪に詳しい弁護士に訊ねてみたところ、アイコンの顔写真からアカウントの持ち主のIDを偽造して、不正に通報を繰り返した可能性もあるが、最も濃厚なのは、Twitter社に何らかのハッキング的な手口を使って入り込み、他人のアカウントを操作する技術を持っているとのことだった。この種の不正行為ができる人は極めて限られていて、弁護士も頭を抱えていた。
 そしてこの手の人たちは皆、尾藤さんが著書で指南されるような美しく魅力的な投稿をしている。素晴らしい文章を書ける人が、まっとうな人物とは限らないわけだ。SNSの世界というのは、バスるバズらない以前に、多くの問題を抱えている。特にTwitter社は問題を放置したまま対処しないことで悪評が高く、警察によれば、Twitter社は多くの犯罪の温床になる企業だそうだ。
 だからこのような問題含みのSNSでバズることを目的に、良い文章を書こうと奨励することに、果たして意味があるのか? この本の存在意義自体を問う話ではあるが、見過ごすことはできない。尾藤さんのようなちゃんとした人が、同じくちゃんとした人同士で繋がりあうことを前提に書かれた本ではあるが、ネットの世界ではちゃんとした人が、マトモではない人から攻撃に遭う可能性を否定できないし、現にそれが起きている。
 最近は、著名人のSNS離れが進んでいる。上記の安藤美冬さんも、かつては「SNSの女王」と呼ばれた時期もあったが、今はすべてのSNSをやめたそうで、「つながらない練習」という本も出している。バズるインフルエンサーたちがSNSを降りるなかで、これから影響力を持ちたいと望む人たちに、フォロワーを増やすための文章力を指導するのはどうだろう? これからはいかにSNSから身を守るかの時代だと私は思っている。

ビジネス書をカフェで読むのは恥ずかしい?

 話を最初に戻すと、書店の紙のカバーなしで、ビジネス書を人前で読むのを私はためらってしまう。「バカと付き合うな」はあまりにも過激なタイトルなので、カフェで読んでいたら周りから見られそうだ。「バズる文章のつくり方」も、「この人、バズりたいんだな」と思われそうだ。「売れる個人のつくり方」も、カフェで読んでいるところを知人に見られたら、私が売れたがっていると嗤われそうだ。どれも「売れたい、バズりたい、注目されたい」という承認欲求と、「他人よりも自分は賢い」という自己顕示欲が、読む本から滲み出ているように思えて、人前で堂々と読むのは恥ずかしい。
 過激でキャッチ―なタイトルで読者を刺激的に惹きつけるものよりも、もっと心地よく穏やかになれて、かつ生きる活力が湧いてくるようなビジネス書はないものか? それにはどんなタイトルをつけたらいい? ぜひ尾藤さんに教えてもらいたいと思う。

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