待ち・望む 2Q20.9.10

「働く」という事について

今日は猫太郎に会いに行った。
そして再びあの街を訪れた。
街をぶらっと歩きながら話でもしよう・・・。
私は猫太郎に提案した。
今日はそんな気分だったのだ。
私が今年を2Q20年として認識したことについては触れなかった。
そして、1Q84年の街の中を猫太郎と一緒に行く当てもなく歩いた。

ねぇ、猫太郎は働く事についてどう思う?
猫太郎の年齢は不詳だったが、世間的な話題を投げかけてみた。
良い質問だね。核心に迫る質問のうちの一つだ!
猫太郎は嬉しそうに言った。
そうだねぇ、その質問に答える前に僕の年齢は人間でいうと30~40歳くらいだと思って欲しい。
ほほう~と私は思った。猫の寿命は人間よりも短いから、見た目は若くても実際には成人なのかもな。私は心の中で考えていた。

僕たちの世界には働くという概念がないから参考になるか分からないけど、人間の社会では働かないと食べていけない、というのが常識だよね。
猫太郎は話を始めた。
君たちの社会にはお金が存在する。そしてお金を入手するには労働が必要になる。僕は君からみると特殊な存在で、人間の社会の2千年前から現在より少し先の未来まで知っているんだ。
え?未来まで?・・。私は猫太郎が普通でないこと、そもそもこの街が普通でないことは理解していたので、猫太郎が過去を知っているのには驚かなかったが、未来まで知っているとは驚きだった。
どのくらい先の未来まで知っているの?私は知りたかった。
50年くらい先まで。でも未来については具体的には教えられないんだ。

私は分かっていた。未来についての具体的な話は聞けないことを。でも、いつか少しくらいは教えてくれるかもしれない。今回は話題も違うし聞くのはやめておこう。
猫太郎は話題を「働くこと」に戻した。
僕は君の案内役でもある。だから僕の話す内容には、君の中で既に質問の答えを知っているのだが表面に出て来ていない部分をすくってあげたり、君が新たに叡智を手に入れてもまだそれに気づいていない事を気づかせてあげることも含まれている。
へえ~。私は感心した。まるで私のガイドみたいだ。
猫太郎は話を続けた。
この街の年代から現在まで、「働く」ということは、おもに会社に勤めて給料を受け取るか、自分で何かを営んでお金を稼ぐ事と認識されているね。特にこの街の80年代は会社勤めが強力に当たり前だった。まだまだモーレツに働くことが推奨されたし、それが精神的にも善であると認識されていた。それは現在でも程度の差こそあれ続いている。

私は自分の世界の経済情勢について思った。私の世界では今年の初めにコラプス(Collapse)ウイルスが発生した。このウイルスは世界的に蔓延して日本でも自粛生活を余儀なくされた。日本ではウイルス対策が進み経済活動もほとんど再開されているが、完全に収束することはなく、失業や企業の倒産など経済的な影響は今でも続いている。
ところでウイルスの名前、そんな名前だったけ?自分の記憶に対する疑問が浮かびつつも私は猫太郎の話の続きを聞いた。
きっと何千年後かの遠い未来では世界的に働き方が変わっているかもしれない。しかし近い未来では世界的な金融支配の働き方は続くだろう。少なくとも君が生きている間は。でも、それは世界的な構造上の話であり、君自身がどのように生きるかとは関係ない。君は物理的には世界の、世間の働き方の影響を受けて生きるだろう。でも、君の心の中で変化が起きれば君の世界も変化するだろう。

君の世界・・・・。それはどういうこと?私は猫太郎の言わんとすることは理解していた。猫太郎は現実は自分が創造するのだと言いたかったのだ。でも、私はもっと具体的な話を聞いてみたかったので猫太郎に質問してみた。
猫太郎は答えてくれた。
まずは想像することさ。自由に「想像」するのは人間の能力だよ。そして、働くことだけに限定せず、あらゆることを想像してみると良い。
それを聞いて私は思った。「想像」?何を想像するというのだろう。好きな漫画の世界を想像するのか?好きなアメリカドラマの世界を想像するのか?UFOが飛んでいる光景を想像するのか?大金持ちになっている姿を想像すれば良いのだろうか?
クスクス。猫太郎は笑った。それも良いね。でも今は働くことについての話だから、君の観念に合わせて話すと身体を動かすことを想像したほうが良いかもね。
観念・・・。そう、私は働くことは身体を動かすことにつながると考えている。できれば身体を動かした方が良い。なぜなら健康につながるから。でも、同時に自分が実際に働いてきた経験からすると、あまり身体を動かさない仕事をメインにしていたなぁ。だから、必ずしも働くことは身体を動かすことだとは考えていないんだけどな。そんな観念は持っていないはずなのに。もしかして、最近は運動不足だから身体を動かした方が良いと考えることが多いから、その影響を受けてそんな観念になっているのかもな。もしくは通勤自体が体の運動になっているという考え方だろうか。実際、歩いたり電車に乗ったりバスに乗ったり、疲れるけど運動にはなる。

身体を動かすというのは、移動も含むんだよ。猫太郎は言った。あらゆる可能性の移動さ。山や川に出かける移動、観光地に出かける移動、都心に遊びに行く移動、映画を観に行くための移動、食事や買い物に行くための移動、などなどたくさんある。
それが働くことと何の関係が?猫太郎に聞いてみた。
まずは、楽しいことを探すんだよ。自分にとって楽しいことを体験してみるんだよ。楽しそうなことを「想像」してみるんだよ。そして楽しいことに限定して話せば、移動は物理的なものとは限らない。ゲームの世界へ移動することも「移動」さ。身体の運動にはならないかもしれないけど、心がワクワクすれば良いのさ。

「心がワクワク」という言葉を聞いて、私はスピリチュアルの世界で有名なバシャールのことを思い出した。私はバシャールのことをバシャちゃんと呼んでいる。理由はないのだが、バシャールだけは親しみを込めてバシャちゃんなのだ。もしかして、過去世や未来世で出会っているのであろうか。
猫太郎は話を続けた。
君はとにかく、もっと遊んだほうが良い。
遊んだほうが良い?意外な言葉だった。私はコラプスウイルスが蔓延する少し前から今まで、なかなかの自由な時間を過ごしてきた。しかし、思い返せば毎日好きな事をしていた訳ではなかった。会社勤めをしなくても、何かと家の用事や家事や、ドライブやら運動やら、遊び以外のことも忙しかった。本当に遊んだと思えるのは釣りや、遊園地や、ドラクエ11で遊んだくらいだった。小説などの本を読んでいたことは遊びに入るのだろうか?遊ぶという事はどういうことなのだろうか?

念のために言っておくと、君の場合は遊んだほうが良いという意味だ。他人は関係ない。究極的には家族ですら関係ない。君自身の世界の問題なのだよ。働く事が必要な人もいる。それは、その人自身の世界なんだよ。そして、その人自身のタイムライン上の問題なんだよ。今の君はもう自由に選択できる。今までのように働くこともできるし、違った生き方もできる。それを現実で実現する際は、生き方の見かけ上は微妙であり、その在り方が正しいとか悪いとか判断はできない。判断すべきでない。物事はすごく曖昧に表現されることもあるんだよ。

曖昧に表現される・・・。猫太郎はずいぶんと難しく抽象的に表現した。そして多義的に。私にはよく分からなかった。推測するに、他人からみると、それで生きていけるの?と言われるような生活の仕方、働き方なのかもしれない。だが、人の生活は外からは判断できない。そういうことだろうか。
そして、もっと遊んだほうが良いという意味・・・。私は会社の定年は40歳で良いと思っていた。少なくとも私にとっては40歳だった。最初はそんなことは思っていなかったが、30歳も後半になるとそう思うようになっていた。たぶん、多くの人が普通に会社勤めをしているのに対して、私には相当な負担だったからだろう。誰だって働いているとストレスを感じるが、私の場合は普通の人の3倍くらいストレスを感じていたのだと思う。だから、もう耐えられなかったのだろう。

猫太郎は私の考えていることを見透かしたようにして話を続けた。君はまだ以前と同じやり方で働くこともできる。でも、君の人生で必要だった会社勤めという体験は完了したんだよ。一般的な人間社会で働くという事がどういうことなのか、君は身を持って体験した。この世界に物理的に生まれることによって経験した。ひとつ、大きな目的を達成したんだよ。ここから先はさらに続きを体験しても良いし、違った働き方の経験もできるし、違った生き方もできる。でも、一区切りとして厳しい現実社会の会社勤務という体験はいったん終了したんだよ。ガイドや天使から終了のお知らせのアナウンスがあったはずなんだけど、君はなかなかそれに気づかなかった。いや、気づいていたけど実行に移せなかった。なぜなら、その次に何をすべきか分からなかったから。何年もね。だから最終的に君の身体に不調を起こす事によって強制的に終了させたんだよ。それにも数年かかってしまった。あまりにも君はこの現実に深く入り込んでしまったんだよ。

ガイド?天使?現実に入り込んでしまった?
私はそれらの言葉は知っていた。そういう表現をする話題は好きでもあった。だが、親しくない他人と一緒にのめり込む事はしなかった。自分独自の世界観があるからだ。しかし、それらの言葉を猫太郎から聞くとは思っていなかった。
私はしばらく言葉がでなかったが、猫太郎は話を続けた。
フフフと猫太郎は笑った。少し話が飛躍してしまったかな。僕の専門外の話までしてしまったね。でも今の君には理解してもらえると思ったから話をしてみたんだよ。今まで君が経験してきた粗い波長の人間社会の体験、その内容はみんなに伝わっているよ。とても貴重な体験となった。みんな喜んでいるよ。そして感謝している。この地球体験に対してね。誰がって?それは君の仲間達さ。物理的には今は会えないけどね。非物質世界でも会えないかもしれない。必要性がなければ地球で生きている間は会えないんだ。

私は少しクラクラしてきた。少し休憩が必要だった。
近くの自販機でジュースを買った。低血糖の症状が出ても嫌だったので糖分を補給していた。別に病気ではないのだが、なにかと運動不足だから熱中症対策も含めて先に水分と栄養を補給しておいた。そういえば、遠くにはファーストフード店も見える。猫太郎に提案して、そこで軽い昼食を食べることにした。店内は空いていた。猫太郎も私と同じメニューを食べた。ハンバーガーとポテトとチキンナゲット。そしてジュース。私は話の続きはここで聴こうと思った。猫太郎もそれに賛成した。食事を終えると、猫太郎は話を続けた。
話を「想像」と「生き方の見かけ上は微妙」、「物事はすごく曖昧に表現される」に戻そう。とにかく、世間的な形にこだわる必要はないんだよ。ガチガチに考える必要はない。こうでなければいけない、という考え方は捨てた方が良いよ。それには想像力が必要なんだよ。みんな、同じように小学校、中学、高校(大学等)で学んで同じように会社に就職する。同じテレビ番組や報道番組、新聞を読む。そして同じ既成概念が出来上がるんだよ。みんな決まった枠組みから外れたことを想像することが難しくなってしまう。違った生き方を想像できなくなってしまうんだよ。そして怖くなってしまう。みんなと違う生き方をすることが。

なるほどと私は思った。でも、みんなそんな事は分かっているんだよ。仕方ないじゃないか、そうやって生きるのが普通なんだから。第一、働かないでお金はどうやって手に入れればいいんだよ。そりゃ、未来では共同体ができるか、世界政府になるかして、人々の意識も変化して互いに助け合い、お金がなくてもみんなで協力して食料を生産して分け合う生き方が存在しているかもしれない。でも今は違う。どんなに理想を言っても、みんな金で苦労しているんだよ!結局はそこなんだよ。私は猫太郎にそう言ってやりたかったが、心で思うだけにした。

ねぇ、遊ぶっていうのはさぁ、植物を育てたり動物と遊んだり、そういった優しい活動も遊ぶに入るんだけどさぁ、でも君の場合どちらかというとそれは癒しであり、元来そなわっている性質でもある。だから、自分の欲望を見つめてごらんよ。肉体的に生きている君たちにとって、自分の欲望に従うことも必要なことなんだよ。僕たちは少し違った存在だから、人間のそういう一面もうらやましいんだ。
私は猫太郎の言葉の意味を考えてみた。欲望っていうと意味は広いな。人によってはスポーツをしたいとう欲望もあるし、大金を得たいというのも欲望だし、ゲームをしたいのも欲望だし、遠くまで歩いてみたい、美味しいものを食べたい、彼女とつき合いたいというのも欲望だし、世界を平和にしたいというのも欲望だし。実に幅広い。もう少し具体的に教えて欲しいと猫太郎にお願いしてみた。

ニコっと猫太郎は笑った。イギリスのスピリチュアル等で有名なとある学校では身近なことは手作業ですることを推奨し、なるべく工業文明に頼らないことを推奨している。車などは機械自体に作らせ、生活品は自分たちで生み出す。そしてなるべく自然の中で共同体を作り生活する。日常に必要なものを自分たちで生産することで体を動かすから健康的だし、会話もある。テレビゲームなどはしない。良い生き方だと君は思うだろう。でも、一方で全てを受け入れることは君には合わないと思うはずだ。自然を活かす生活は好きだが、テレビやゲーム、便利な日常品を捨てて共同体に入ることは同意できないはずだ。
確かに猫太郎の言うとおりだと思った。自然は好きだが、共同体に入るのはどうだろうか。好きでもない人達と一緒に生活するのは嫌だし、よほど気の合う人達とでさえ気を使うのではないか。プライベートは大事にしたい。近所付き合いだって好きではないのに。
猫太郎は続けた。
だからね、どうしても「物事はすごく曖昧に表現される」んだよ。人それぞれ「生き方の見かけ上は微妙」なんだよ。もちろん、中にははっきりと生き方が明確に表現されている人達もいる。芸能人とかスポーツ選手、なりたい職業ランキングに出てくる職業の人達、バリバリ働く会社員。でも全員がそうではない。仕方なく働いている人も大勢いる。そうした人達は、ハッキリとこういう生き方をしています、と説明するのが難しい場合もある。あるいは人に説明するのが面倒な場合がある。でも本人は幸せな場合もある。
だから、他人の生き方とは微妙に違ってくるし、その生き方は曖昧に表現される。そもそも、こうでなければいけないっていう生き方はないんだよ。世間を気にする必要はないんだ。もちろん法律の範囲内でという意味だけどね。そして、自分にできない事はその道の専門の人達にまかせておけば良いんだよ。

心地よい生き方の中に、その人独自の働き方があるんだよ。そして心地良いっていうのは、時には自分の欲望に沿う事でもある。それは一時的な遊びも含まれるんだよ。さらには、時には以前と同じ働き方をする事もあるかもしれない。でもそれは以前と全く同じではないはずだ。微妙に違ってくるはずだ。
つまり、言いたいことは、物事はすごく曖昧ってことさ。決まりきった観念は必要ないんだよ。あまり強い観念を君の世界のフィールドに出現させると、反発する力が働くんだよ。
私は疑問に思った。反発する力?それって何?猫太郎に聞いてみた。
例えると、水面に石を投げると波紋が広がるのと一緒さ。石が大きくなるとそれだけ波紋も大きくなる。相反するエネルギーをフィールド上に生じさせようとすると、抵抗するエネルギーも大きくなるんだよ。
なんか難しい話だね、猫太郎。
そうだね。そういった話は本当は僕の担当ではないのだけれど。少しだけ話してみたよ。
担当・・・。その言葉について私は不思議に思った。私の担当という意味だろうか。しかし、それについては猫太郎に質問はしなかった。

「想像」や「遊ぶこと」について話してきたけど、これらについて必ずしも大きく考える必要はないんだよ。小さなことで良いんだよ。
小さな「好き」の積み重ね、それも大切だね!
クスクスと猫太郎は笑った。
私は猫太郎が何を笑っているのか分からなかった。
猫太郎は私に言った。君はどこかで同じアドバイスを受けたことがあるはずだよ。
再度、猫太郎はクスクスと笑った。何かを楽しんでいるかのようだった。
とにかく、君は世の中の既成概念にとらわれずに、心がうれしくなる気持ちを大切にしたほうが良いよ。もちろん、歴史小説とかを紹介する時は別さ。それはその時代の内容だからね。でも、現在の君は過去の歴史の人物ではない。例え過去世にそこに存在していたとしても。

コラプスウイルスと一緒さ。ウイルスの流行というのは、感染者数が上昇したり下降したりしながら徐々に全体的に減少に転じていくだろう?それと一緒で、君の働き方も過去の働き方に戻ったり、新しい働き方をしたり、変化しながら徐々に新しい働き方、もしくは働かない生き方に変化していくのだよ。時間とともにね。しかも、ここで言う働き方というのは、実際に物理的に働くというよりは、もしろ頭の中で働き方を模索することの意味が強い。
だから、実際にこの現実世界で働くというのは、言い方を変えると生きる方法というのは、意外にも微妙であり、多義的であり、時にシンプルでもある。分かるかにゃ~。

私達はしばらくしてファーストフード店から出た。空はいつのまにか夕焼けで染まっていた。
猫太郎は言った。
君は真面目すぎるからね。
いやいや、まじめそうに見えて実はそんなに真面目ではないんだよ。私は笑って言った。
でも行動面では真面目だよ。もっと欲望を大切にしていいんだよ。猫太郎は言った。
私はそれについて考えてみた。でも結局、いろいろな事をするにもお金が必要なんだよね。
猫太郎は笑っていた。とにかく、枠を外して自由に遊ぶ時間を大切にすることさ。これといって遊びたいことがなくても良い。最低でも1日の中で過度なストレスをかけない時間を作ることさ。
君に限って言えば、自由な生き方、働き方を楽しむようになっても、目立つ必要はない。あえて世の中にそれを主張する必要はない。なぜなら、そこは君の作る世界だからさ。
見かけ上は他人とほとんど同じような生活をしているように見えても、実は本人の心の中は他人とだいぶ違っているという事がある。

もうすぐ丘が見えてくる。帰る時間だ。
猫太郎は最後に教えてくれた。
みんなと同じ生活をしていても「想像力」は失ってはいけない。テレビや新聞、世の中の第三者の意見に呑まれてはいけない。人間は自由に想像する事ができる。それが「創造」にもつながっていくんだよ。特に君は「想像力」を大切にして日々を楽しんだ方が良い。
そして「物事はすごく曖昧に表現される」。私は言った。
そうだね。猫太郎は微笑んで言った。そして今日言ったことは大げさに考えなくていいんだよ。

私は猫太郎と別れて家路についた。家に帰る途中、私は今日のことを考えていた。今日の猫太郎の話は難しかったな。でも、とにかく、欲望にそって遊ぶことも必要なのかもな。そして、自分に必要な事は時に曖昧に表現され、内容は微妙である・・・。世の中、そんなものかもしれないな。
それにしても、いま流行中のウイルスの名前ってコラプスウイルスだったっけ?そんなことを考えていた。
そして家に帰り夜になった。10時ごろに夜の空を見上げてみた。今日は曇り空で月の姿は確認できなかった。


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