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失恋の味を知っている人が真の喜びを知るように、ボクはきっとまだまだ強くなる

大学2年生の春だった。
当時付き合っていた彼女に豪快にフラれた。

当時の彼女は、片田舎の高校の同級生で、卒業式に告白しお付き合いを始めた。

卒業後は
ボクは関西の大学へ。
彼女はボストンの大学へ。

唐突とうとつに始まった超遠距離恋愛。

国際電話をするために、必死でバイトに汗を流す日々。
当時は今と違ってインターネット電話のような格安・無料の通信手段なんてものはなく、NTTが国際電話格安プランとして深夜帯を値引きし始めた頃ではあったが、

それでも毎日たったの1時間半程度の電話で、月8万円の電話代を請求されていた。

しかし、それでもよかった。

ボクたちは純愛なんだ、
運命の人だ、
大学卒業したらすぐに結婚するんだ、
高ければ高い壁ほど、乗り越えれば二人のきずなはより強固になるのさ。

そんなハッピーエンドの映画の主人公になりきって、頭の中にミスチルのメロディを流しながら、ボクたちは二人でつくる世界に陶酔とうすいしていた。

しかし、恋の終わりは突然に訪れた。

春休みの期間中に、
彼女は一旦帰国し、ボクの住む関西で数日間過ごした後、地元の田舎に帰省していった。
そこでおおよそ一ヶ月過ごす最中さなかに、短期バイト先のオトコと浮気したのだ。

つらかったねぇ。
キツかったねぇ。

今のような図太い神経であれば別だが、当時のボクは浮気される耐性のない初心うぶな男だったので、正直それまでの人生の中で1番シンドくて、どんどん落ち込みが深くなっていった。

幸せな家庭を築けた今となっては、
振り返るとバカバカしい笑い話として酒の席のネタにでもできるが、当時の本人にとっては、そりゃもう地獄そのものだった。

誰かを好きになる、ということが長い間よくわからなかったボクにとって、
唐突にふられてしまいその壁の向こうにあったもの。

それは、

底抜けの孤独感に支配された‘’淋しさ‘’に他ならなかった。

しかし、もちろんその事情とは関係なく日常は進んでいく。どんなになげいたところで、フラれた男の恋愛は成就せいじゅくしないし、フラれる前の世界は帰ってこない。

日常生活を取り戻すため、
そうやって強引に自己洗脳をしていくうちに、

うまくはいかなかったけれど、
それはそれで自分の中の壁をひとつ破ったんだ、たくさんの人と生きるってことはこういうものなんだ、
と悟りの境地に達するようになっていった。

時間が経つにつれ、
‘’新しい世界‘’にふれるうちに、
次第にふられる前よりも強い自分になっていくのを実感し、

ボクは‘’正義‘’であったり、‘’人を許す‘’ことであったり、‘’真の喜び‘’であったり、

そういう人生で大切なものを知った。

「パパ、今日は負けちゃっていい?ごめんね。」

54.5kmの大エイド(大きな休憩ポイント)。

いつも家族が応援に駆けつけ、後半に向けてパワーをくれる場所。そんなボクらにとっての聖なる場所で

マラソンを始めて以来、
初めて口にしたパパのリタイア宣言。
今までたくさんの経験をしてきたが、今回ばかりは足がこれ以上言うことを聞いてくれそうにない、という状況から判断した苦渋の決断であった。

生まれてから初めて聞くであろう
弱気なパパのコトバに

長女は真顔で黙ってうなずいた。
末っ子長男は数時間ぶりに会えたパパに嬉しくて無邪気むじゃきに笑っていた。

それとは対象的に次女は一人うつむき
しばらくすると、ワンワンと泣き出した。

「パパが負けちゃイヤだ。わたしが足の痛いのを治してあげるから、まだガンバって…お願いだから…」

おぉ……Oh…

ボクは一瞬、、、頭が真っ白になった、、、正直なところ頭の処理が追いつかなかった。

涙であったり、悔しさであったり、自己嫌悪じこけんおであったり、もうナニがなんだかよくわからないほどにゴチャ混ぜになったモノが、
のどの奥のほうから鼻の辺りにまで窮屈きゅうくつにこみあげてくるのを感じたが、

ボクはそれを必死にみ殺して次女に向き合った。

「あぁ、治るやつやん、それ。だけどたぶんな、すぐには治らへんかな。でも、来年には治ってる、きっと、、そのときに一緒にゴールしよ、、な。だからなが〜い先の約束ね、うん、今日はね、、パパ負ける、負けよう。約束のために。ごめんなぁ……」

気づけば、ボクの声は震えていた。

するとイロイロ察したママが大泣きする次女を抱っこして、
‘’時間できたから梨狩りに行こうか‘’、
そう言ってなぐさめ始めた。

それを横目で見ながら、
もぅ…ナニかね。ごめんなぁ…って。

そして、、
ついには窮屈にこみあげるものをき止めていたストッパーが決壊けっかいしたようで、もの凄い勢いの水流が目から一気にあふれ出し、気づけば強い日差しで火照ほてったほおをとめどなく伝い流れ始めた。

ボクはしばらくの間、サングラスを外せなかった。

ほおに伝うすべての水滴を
汗のせいにしてしまいたかった。

‘’いっしょにゴールしようね‘’は、来年の約束

まさかまさかの不測の事態

想定外だった。

わずか25km地点でふくらはぎの筋肉がボコボコっと気持ち悪い動きをし、両足がった。

こんなことがあろうものか。
普段から30km走を何度もへっちゃらでこなしてきた。

早朝から気温30度超えの湿度86%。万全を期すためにとった戦略的なスローペース。
そういった諸々もろもろの‘’いつもと違う‘’要因が、想定外の事態を招いたのかもしれない。

ランナーならわかると思うが、一度、足りを気にし始めるとスピードがピタリと止まる。そしてスピードが上がらないと、棒走ぼうばしりになって足への負担はさらに増える。

完全に悪循環。

マラソンなら残り17km。
った足をごまかしながらの完走はできる。
でもウルトラマラソンは、まだまだ序盤。
ここからあと75km。

感じたことのない身体的負担、
せまる制限時間のストレス。

持参していた‘’芍薬甘草湯しゃくやくかんそうとう‘’を飲み、騙しながらしばらく進んでみたが、両足が二度目の痙攣けいれんをし激痛が走った瞬間とき

ここで気持ちの糸がプチっと切れた。

初めてのリタイアに抵抗がなかったかと言えば嘘になるけど、完全に戦意喪失、こんな足じゃ後半の400mの山を越えるなんて絶対にムリだと脳が理屈でボクを説得した。

54.5km地点の家族が待つところまで行って、そこでやめよう。

ここから30km先。
ゆっくりでも走って進む。
今日はそこがボクのゴールだ。

そう決めて、使えなくなった足をごまかしながら家族のもとへと向かった。

ボクの‘’2022年夏‘’が終了した。

リタイアの後に…

敗北感にまみれ、久美浜温泉で心身ともにリフレッシュしたあと、預けた荷物を受け取りにスタート・ゴール会場に戻った。

「〇〇さん、おかえりなさーい」
「△△さん、おかえりなさーい」
「・・・・おかえりなさーい」

一人一人、名前をコールされて、ゴールテープを切るランナーのその顔は、一様いちように達成感に包まれて輝きを放ち、とてもまぶしかった。

あぁ、、、

‘’いったんウルトラマラソンやめるか?いや、走るのをやめるか?‘’
さっきまで温泉にかりながら、もう一人の自分が何度も問いかけしてきた答えがなんだか見つかった気がした。

そもそも気温だとか、予想がつかない事態の発生だとか、それはこの世界では言い訳にすぎない。

3年間の年齢による能力のおとろえを甘く見ていたのと、暑い夏場における圧倒的な練習不足。実際に、同じ土俵に立った43%のランナーがゴールしたという事実がある。

原因を考察するとき
絶対にそこから目をらしちゃいけない。

なんでもそうだが、こうなりたい、あぁしたいを実現するためには、努力をいられる。

ウルトラマラソンがボクの仕事ではない。サラリーマンであり、3児のパパでもある。
だから失敗したらまた出りゃいいや、と気軽にできるようなものでもない。

だ、け、ど…
そうではあるけれど…

それでも苦しいけど諦めずに頑張る、
そうした人にだけウルトラのゴールは待っている。

当たり前のことだけど、
実際やろうとするとできないことが、マラソンに限らず人生の中ではいっぱいあるのではないか、とも思う。ボクも、皆さんも続けているnoteの更新だってその一つだ。

でもきっと、
そういうものを積み重ねることで人生は自信がつき、いきいきと働ける、生活できる原動力ができる、とも思う。普段は気づかないけれど、そういった考えは趣味にも、働くことにも、そして家族へも良い影響を与えてくれるんじゃないか。

そう思う。

じゃあ、やっぱり。
一度始めたこと。
挫折したからと言って、苦しいけど諦めずに頑張ることをやめちゃいけない。
ボクはもう一度ゴールする側に立たなきゃいけない。その努力をしなければいけない。

今はまだ悔しくて当時のことを思うと頭をきむしりたくなってしまうが、

大丈夫

“見えていた世界”が変わってしまったとしても、ちゃんと人間は適応する生き物である。

失恋から復活できたように
時間だけがそれをなしとげてくれる。

日々のコツコツする努力がつらく厳しいという事にナニも変わりはないけれど、
“そういうもの“として受け入れ、年齢によるゆがみを楽しみつつ、しっかりと‘’生活‘’をやるだけである。

来年な。
そう。次女とのなが〜い約束果たすために、丹後のスタート地点に戻ってこよう。

試練に勝てるパパにならなきゃな。
年齢を逆走する一年にしなきゃな。

失敗を回想し、弱い自分にムチ打って新たにそう決意するたびに、

ボクはきっと強くなる。
まだまだ強くなる。


それを知った
‘’第20回丹後100kmウルトラマラソン‘’
でした。

それよりもなによりも……
みなさま、応援していただきありがとうございました。とても心が温かくなりました。
noteやってて良かったです。

みんなありがとう。

と、そもそもオレの記事はこんなに真面目に素直な自分をつづってみてもいいものだろうか。斜に構えキャラでいかなくていいものなのか。これを機にキャラ変でも……

ハハッ。ムリ、やめとこう。

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