経済効果のある「眠り」を確保するには?
朝起きた時、またはいつも日中なんとなく疲れている、頭が働いていないと感じたことはありませんか?
最近、日経新聞の3回にわたる特集で、日本人の眠りに関するものがありました。
1回目の表題はちょっと衝撃的なもので、
「寝不足日本が失う15兆円、睡眠時間がOECDの中で最下位」
というものです。
15兆円という数字は米国のシンクタンクの調査によるもので、睡眠不足によって引き起こされる日本の経済損失額は、年間15兆円に上るとのことです。
昭和時代の戦後から現在まで、日本の労働、特に労働時間と生産量が比較的比例しやすいブルーカラーでは、場合によって生産性の不足を労働時間の長さで補い、GDPを支えてきたところもありました。
しかし最近になって日本の、特にホワイトカラーでは、オフィスにいる労働時間が長いにもかかわらず、例えばアメリカの先端企業などに比べて生産性が低いということが、各方面から指摘されています。
「Karoshi」という言葉まで英語になってる!
そして更に不名誉なことに、日本人が働きすぎという現象を代表して「Karoshi(過労死)」という言葉が、英語のメディアでも頻繁に使われ始めました。
今回の記事では、この労働時間の長さと睡眠不足、そしてそれを解消するアイディアなどについて見ていきたいと思います。
十分な睡眠がとれないと様々な影響があります。睡眠不足になると体重増加、日中の疲労感、集中力の低下、イライラなどの症状が現れます。また、睡眠は記憶の想起や意思決定能力に役立つので、仕事のパフォーマンスや運転能力などの日常生活に悪影響を及ぼす可能性があります。
また、睡眠不足は反応速度に影響を与えるので、自動車の運転や製材所などの機械操作時(特に夜間作業の場合)、不適切なタイミングで眠りに落ちやすくなり、事故や怪我のリスクを高めます。睡眠時間が5時間未満のドライバーは、以下のことが明らかになっています。
毎晩十分な睡眠時間を確保しているにもかかわらず起床時に疲れを感じたり、就寝時になかなか寝付けなかったりするのは、ストレスや不安、栄養不足や運動不足など様々な理由が考えられますが、一般的な原因の1つとして、日中に自然光を十分浴びていないことが挙げられます(※自然光は体の概日リズムを整えるため)。
最初の「メンター」が「8時間寝る」人だった
少し前までは、会社で徹夜で仕事をしたとか、寝不足とか、さらには睡眠時間が少なくても仕事ができることを自慢する光景も珍しくありませんでした。
少し前というか、今でもかなり頻繁にあることかもしれません。
これは日本だけの現象ではなく、米国でも1990年代ぐらいまでは、睡眠時間が少なくても活動できるのを自慢げに語る、いわゆるマッチョ的なビジネス戦士は結構いたものです。
それが2000年代以降、少し風向きが変わってきました。
最近では急成長企業の経営者の中でも、できれば1日7時間から8時間、最低でも6時間は確保しないと自分のクリエイティビティや生産性は上がらないと公言するリーダーが増えてきました。
筆者は幸運なことに、ごく若いうちから睡眠の必要性を常に唱えており、しかも非常に成功していたメンターに恵まれました。
筆者が20代前半、ニューヨークの証券会社に就職した時の上司で、メンターであるH氏は常に、
「自分の頭はしっかり8時間寝ないと働かない。頭脳労働者である自分は、よく働いている頭で極めて良いアイデアを出すことが会社に対しての使命なので、寝不足の頭で出社し、よく回らない頭で仕事をして時間を使うわけにはいかない。」
と言っていました。
バブル時代当時、皆が極めて長時間労働をしていた証券会社でこれを貫くのは簡単ではなかったと思いますが、その後H氏は、インターネットの勃興とともに日本で初期のネット企業を創立し、一年で黒字化。その後数社のテクノロジー企業・ネット証券などの経営者・アドバイザーとなりました。まさに「よく働く頭脳」で一歩先を見ながら、ビジネスのアイデアを出し続けたわけです。
若いうちから長時間労働よりも長時間の睡眠の方がずっと大事だということを認識できるリーダーに恵まれたのは、幸運だったと思っています。
FitBitを使ってみた
とは言っても筆者はかなり朝型で、午前4時頃自然に目が覚めてしまうと、そのまま起床してしまうこともよくあります。それで自然に起きられたら、それが自分の自然な睡眠時間なのだと思っていましたが、最近ふと思いつき、睡眠時に人気のスマートウォッチ『FitBit』をつけて、本当に4時起き・6時間で足りているのかを調べてみました。
すると4時に目が覚めてそのまま起きてしまうより、その後ちょっとでも寝られそうならば1時間か1時間半ぐらい「浅い睡眠」でも時間を足した方が、「睡眠スコア」はずっと高くなることが分かったのです。
こうして Fitbit のような測定システムを使い実際に数字にしてみると、時間ではなく眠りの深さが重要なのだと言っても、やはりある程度の時間は必要なのだということがわかります。
ちなみに、睡眠に関する本をざっと数冊斜め読みしてみたところ、傾向としては大きく二つに分かれるような気がしました。
ひとつは睡眠の深さ。特に眠りに着いてから最初の3時間ほどの間に少なくとも1サイクル、できれば2サイクルの深い睡眠をとることが必要なので、この3時間が確保できれば睡眠は短くても大丈夫というもの。
極端な例では、実質3時間で全く大丈夫だと著者が主張している本もあります。
これとは対照的に、いくら深い睡眠を取っても浅い睡眠やレム睡眠も合わせてある程度の時間は必要だというもの。ある程度と言っても10時間とかではなく、最低でも6時間。しかもこの6時間は、その中にかなり深い熟睡のサイクルが入っていることが最低限必須の条件です。
後者の方は、脳科学者や医師の免許を持つ睡眠や疲労の専門家が著者であることが多く、逆に前者の短時間睡眠でも大丈夫との主張は、科学者としての裏付けはないが実際に自分の経験やクライアントを指導している上での経験に基づいたものが多いです。
科学者系の著者がある程度の睡眠時間確保を主張している根拠は、疲労の回復や脳の中の知識の蓄積・整理などのためには、熟睡だけではなくレム睡眠や浅い眠りも、それなりに役割があるということです。
統計によると日本人の「平均睡眠時間」は7時間22分とありますが、「実質睡眠時間」はどうなのでしょうか? FitBitの測定による筆者の場合、「睡眠」していると自覚している時間の中にも「覚醒サイクル」が含まれるため、実質はマイナス1時間位の日が多いです。(※22時から翌朝5時までベッドに入り、実質睡眠6時間位が平均)
では実際に睡眠時間確保には何が必要か
こうして見ると、いくら睡眠の質を上げる工夫をしても、やはりある程度の時間的な確保は必要とする研究結果が多いようです。
ちなみにこういった記事や書籍の中には、自分で出来る睡眠の質を高めるための工夫がたくさんあります。それはそれで試してみれば、効果のあるものも多いと思います。
米国の場合だと、一般的に言われるアドバイスはこんなところです。
●寝る前に電子機器の電源を切り、体を睡眠へ向かわせる。
●休日も含め毎日同じ時刻に就寝し、同じ時刻に起床する習慣をつける。
●読書や音楽を聴くなど、寝る前にリラックスできる習慣をつける。
●寝るときは寝室を暗くし、涼しくする 。
●睡眠の質を高めるため、午後2時以降のカフェイン摂取を制限する。
●定期的に運動はするが、寝る直前の運動は避ける。
●日中、自然光を十分に浴びる 。
●糖分は少なく、タンパク質の多い健康的な食事を摂る。
でもやっぱり時短
しかし、常に長時間労働を行い通勤時間も長いビジネスパーソンにとっては、上記の項目のうち現実ではかなり難しいという項目が多いのではないでしょうか。
長時間労働し、睡眠時間そのものが極端に短い状況で、テクニックやテクノロジーによって睡眠の質を高めるのには限界があります。
ちなみに日本では睡眠不足により15兆円の損失とのことですが、前述の通り以前は米国でも、睡眠時間が少なくとも活動できるのを自慢するバリバリ型の経営者が多かったのです。
しかし最近では、アメリカのホワイトカラーの長時間労働自体を評価されない傾向があります。同じ仕事をするのであれば、なるべく短時間で同じ成果を出せる方が能力が高いという、考えてみればごく当たり前の話です。
最近増えているギグワーカーでも、以前はパートタイムでサポートスタッフを雇う場合、時間給がほとんどだったのですが、最近人気のあるギグサイトのFiverr(ファイバー)などを見てみると、時間単位ではなく仕事のユニット、つまりこれだけのアウトプットをクライアント(発注者)が買うという形式になっています。
ギグワーカーがそれを行うのに何時間かけたかは問題ではないので、これだと早くやればやるほど良いということになります。これが以前は時間に関連して「パートタイム」と呼ばれ、今は「ギグ」、つまり仕事のアウトプットで呼ばれる主因かもしれません。
もちろん米国でもスタートアップのごく初期などに、創立メンバーが徹夜して何かをアウトプットしなければいけなかったという武勇談は今でもよく聞きます。
ただしこれはあくまでもスタートアップのごく一時期の、例えば一般的に大企業であれば30人~50人かかるようなプロジェクトを、メンバー10人で仕上げなければいけなかったという場合が多いです。ある程度の規模になり軌道に乗った時、全社員にそれを期待したり強制するのはNGです。
このように、先進国では比較的労働時間が長い米国(欧州はもっと時短が進んでいる)でも、時短・効率化・睡眠のリンクがますます重要視されています。
これを読み、「でも我社では違う」と思った経営者の方。「今勤めている企業では時短はありえない」と思ったビジネスパーソンの方。今日明日では変わらずとも、気づけば「アウトプット・効率重視」の有能な社員はいなくなっていた、という未来の可能性も考えておいた方が良いかもしれません。
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