みんなと違う。
「みんなと違う」
僕は幼少期から、そう自覚していた。周りのみんなとは、根本的に何かが違うと。いいとか悪いとかではなく、ただ何か「違う」ことだけが、感覚としてあった。
小学校低学年の時、僕の通っていた小学校は、彫刻美術館の近くにあったこともあり、よく彫刻美術館に訪れ、ひたすらに彫刻を観察するといった授業があった。
「彫刻」美術館なのだから、周りのみんなは「彫刻」を観る。一方僕は、彫刻美術館で、「彫刻」をみていなかった。
なぜだが、彫刻の土台部分に書かれているサインばかりを観察していた記憶がある。各彫刻のサインをみては、サインの角度やら筆跡やらに注目していた。
また別の授業では、みんなで粘土をつくった。テーマは「動物」だ。みんなは猫や犬、うさぎやライオンなど、「主要な動物」たちをつくった。一方、僕は粘土で「サイ」をつくった。サイというチョイスに魅せられたのか、クラスを代表し、市内の展示会で展示された記憶がある。
そして大人になった今、僕の1日は森の散歩からスタートし、旅に読書に映画鑑賞にサウナ三昧の日々を送っている。企業に勤め、平日は1日8時間働く「みんな」とはやっぱり違う。
僕の人生は、みんなと少し違うかもしれない。けれど、僕が選んだ人生で、僕の好きな人生だ。
会う人も行く場所もすることも、その日の気分次第。僕はみんなと違うし、僕は去年や昨日の僕とも違う。これまでも、これからもどんどん違っていく。
違う人生の連続。みんなと違う人生は、毎日が刺激的で、とにかく楽しい。
あなたからすると、僕も「みんな」を構成するメンバーのひとり。あなたは、「みんなと違う」一方で「みんな」の一部でもある。そもそも、みんななんて頭の中に作り上げた「偏見」にすぎない。
みんなって、誰のこと?みんなってどこにいるの?みんなは、何をしているの?そんなこと、誰もわからない。
わたしたち一人一人、みんなと違うのだから。いや、「みんな」なんて最初から存在しなかったんだ。
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