たまに悪者に感じてしまうことについて

自分たちは農家さんにとって悪者なのか


茶業者には、大きく分けてお茶屋、茶問屋、茶農家があります。
自分は茶問屋。
農家、または大手の問屋から仕入れを行い加工してお茶屋に卸すのが主な仕事です。
詳しくはその中で、色んな加工技術によって、年間の品質を安定させたり、価値と価格を決めたりという茶師の仕事を自分はしています。
さて。
価値と価格を決める。
そして仕入れ。
この2つの仕事が4月下旬から6月中旬まで続く、長く楽しくも苦しみが伴う仕事です。
見本として見せてもらう茶葉の味や香りや形状を拝見して加工見本を作ってからお客さんが好きかどうかを考えてから仕入れを決めます。
見合うものであれば買い、見合わなければ買わない。とてもシンプルや仕事です。
さて、「見合わないお茶」は「良くないお茶」なのでしょうか。
良い出来のお茶であっても、仕入れない時がある。
コレが自分の苦しみの原因かなと思います。
いい出来なのが分かっていながら、色んな理由で要らないと決める時、そして本当はコレくらいの価格を狙って作られているんだろうという思惑を感じ取りながら、自分たちが下の価格で考える時。
かなり苦しく感じる時があります。
私たちは農家さんにとって悪者なのか?
私たちは気候、環境、土地、生産者の技術などを参考にその年のお茶の出来を想定、そして情報収集をして出来高を予想します。
いいお茶ができるのか出来ないのか。
渾身の出来を常に見せてくる農家さん達。
その年の状況から見て、精一杯の努力でお茶を作り上げてくる農家さんたちの気持ちを考えたら低価格だったりそもそも買わないという選択肢は難しく感じてしまいます。
お客様が好きなお茶を選ぶのが私たちの仕事だからです。
渾身の出来だろうと予想されるものでさえ、断る時があります。
非常に辛い。
何がいけないんだっていう気持ちになります。

このストレスと闘い続けるために

私はおそらく他の人よりストレスが溜まりやすく開放ができないタイプだと思っています。
仕入れ時期はストレス溜まるんですね。
あんなに努力している農家さんのお茶なのに仕入れない。使わない。
自分が買わなかったばかりに売れ残ったらどうしよう。離農してしまうのではないか?
色々と憶測が出てきてパニックです。
そこで、大事なことは自分を信じることと自分が仕上げるお茶を待ってくれているお客様のためにお茶を作っていることを忘れないことです。
農家さんのためにこの商売をしているわけではない。私のお茶を心待ちにしているお客様のためにお茶を仕入れ仕上げたりしているのです。
茶業界の状況、お茶農家さんのの全体的な状況を考えたら、やはり厳しいことはわかります。
しかし、そこで我々がお客様の要望通りお茶が作られなかったら、それこそお茶から離れていってしまいます。未来の世界でもお茶を飲んでもらえるように、今からお茶のことをちょっとでも興味を持ってもらうために色んな企画をします。


決断力を磨き、感覚を磨き、私は今日も誰かのお茶を仕入れ、誰かのお茶を断るという仕事をします。
自分が仕入れなかったお茶はきっと他の人の好みにハマりどこかの茶問屋さんが仕入れて、そのお茶が好みな人の元へ辿り着くことを願いながら。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?