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経営学で地域を元気にする研究【チャレンジフィールド北海道 研究者プレス#3】

チャレンジフィールド北海道イチオシの先生を紹介する【研究者プレス】。研究はもちろんのこと、研究者ご自身の魅力もわかりやすく伝え、さまざまな人や組織との橋渡しをしていきたいと思います。第3弾は小樽商科大学の長村 知幸(おさむら ともゆき)先生です。

チャレンジフィールド北海道の活動の主軸のひとつが「地域活性化支援」です。みなさんは、地域活性化と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。それは三者三様かもしれません。なぜなら、地域活性化は担い手や取り組みが多様なこともあり、その定義は意外にも明確ではないのです。とはいえ、おおまかには「地域を元気にしつづける仕組みをつくること」といえるでしょう。そのためには、新事業の創出や地域課題の解決が欠かせないと考え、チャレンジフィールド北海道では、地域ごとの課題の発掘から、さまざまな研究開発の支援、事業化に向けたビジネスモデルづくりや体制づくりの支援などを行っています。
そこで、今回は経営学と商学がご専門の小樽商科大学の長村知幸先生に「経営学と地域産業」についてお聞きしました。

経営学・商学の視点で地域を見てみると……

―経営学や商学の分野では「地域活性化」をどのようにとらえていますか。

まず、どのような状態を「地域が活性化している」とするのかは、個人によって異なります。なので、あくまでも私の場合ですが、マネジメント(経営)やマーケティングの手法を活用して、地域の企業活動を支えたり、新しい特産品を生み出したりしながら、地域のビジネスを盛んにすることと解釈しています。

―なるほど。 チャレンジフィールド北海道の定義する地域活性化でいうと、「新事業の創出」の一領域にあたるでしょうか。内閣府の掲げる「稼げるまちづくり」、あるいは地域資源を生かした「にぎわい創出」に該当しそうです。

そうかもしれませんね。小樽の基幹産業である「観光」と「食」に注目して、学生たちとともにナイトタイムエコノミー(夜間経済)の新コンテンツや「otaruスイーツフェスタ」に出品する新商品の企画に取り組んでいます。

マーケティングは「実践の学問」なり

―ご専門の「マーケティング」は、どのように社会で生かされるのでしょうか?

マーケティングは、商品やサービスの開発から販売までの一連のプロセスを指し、主に商品やサービスを研究対象としています。マーケティングは「実践の学問」であり、「理論と実践の学びのループ」が重要です。教科書で学んだ知識を用いて実践し、そのなかで理論の大切さに気づき、さらに学び、実践に生かしていくことに重きを置いています
実際に取り組んできたこととしては、——研究者としてではなく、教育者としての取り組みになりますが、私のゼミの学生たちが、商品開発コンテスト「Sカレ(註1)」に挑戦しています。企業やユーザと対話しながら、テーマにそった商品やサービスを企画するため、実践的にマーケティングを学べるのです。学生たちには、「マーケティングは顧客の創造を実現するための手段である」「顧客の創造は、社会のなかで『未だ満たされざるニーズ』を満たすことで達成される」と、マーケティングの理論を説明し、ユーザのニーズを把握したうえで、それを満たすような商品やサービスを考えるように促しています。
 
註1  Student Innovation Collegeの略称。商品企画に関する大学ゼミ対抗インターカレッジであり、未来のマーケターの育成を目的としている。さまざまな企業や自治体からの出されるテーマに取り組み、1位を獲得した企画は実際に商品化される。

▲商品開発に取り組む長村ゼミの学生たち。これは長村先生の誕生日会の時の写真

―「顧客の創造(create a customer)」は、マネジメントの発明者ともいわれるドラッカーの言葉で、単に「新規顧客を増やす」の意味ではなく、潜在的なニーズを掘り起こし、それを満たす商品やサービスを提供することによって新たに市場を生み出すという意味でしたね。また、より優れた商品やサービスをつくり、これまでにない顧客の満足を生み出すことを「イノベーション」と定義していました。そのような認識で合っているでしょうか。

はい、合っています。理論を理解するうえで、基本用語や概念をしっかりと押さえておくことは重要です。「マーケティング」「顧客の創造」「イノベーション」の定義を確認したところで、その関係性も見ておきましょう。

企業は、マーケティングとイノベーションを両輪とすることで、存続、成長していけると考えられています。とくに地元に根づく中小企業、いわゆる「地域企業」にとって、マーケティングによって潜在的なニーズを察知し、イノベーションによって地域の資源を活用した新たな商品やサービスを開発することは、自社の独自性や他社との差別化につながりますから、存続のためには欠かせません。
次に、マーケティングの実践において不可欠なのは「現地現認」、つまり、現場で何が起こっているのか、課題は何なのか、それはどうすれば解決するのかを考え抜くことです。ほとんどの場合、実践は諦めなければ必ず何かしら結果を出せます。たとえ自分の期待する結果ではなかったとしても、次のアクションの糧になるはず。だからこそ、学生たちには情熱をもって実践に取り組んでほしいと思っています。

▲「江別きな粉フェア」でのきな粉を使ったピザ

地域に根づく「慣性の法則」をマネジメントすべし!

―マーケティングの実践のなかで感じる地域の特性はありますか。

もちろん地域ごとの特性はあります。大学院修了後に着任した清水町に2年、前任校の酪農学園大学がある江別市に5年、そして小樽商科大学に来て2年になりますが、経営学の視点で見ると、それぞれの地域の慣性が働いているなと感じます。

―「地域の慣性」とは何ですか。

経営学には「組織慣性」という概念があります。「慣性」は、物理学の「慣性の法則」の「慣性」。外から力を加えなければ、止まっている物体は止まり続け、動いている物体は動き続けるという、あの法則です。この慣性が企業などの組織にもあり、だから組織には現状を維持しようとする力が働いているのだとされています。企業と同じく人の集まりから成る地域にも慣性があると、私は実感しました。慣性は、ときに変革に対する抵抗となりますが、慣性があるからこそ、その地域らしい文化がつくられるともいえます。

―慣性によって、まちの未来も変わってくると。どんな地域においても、変化するには「外からの力」、まちづくりでよく言われる「よそ者」の視点がポイントになるということでしょうか。


そうですね。ある地域においてマーケティングを実践するときは、良くも悪くも地域らしさを把握したほうが良いでしょう。たとえば、江別市はチャレンジする人を応援するような気風があるので、酪農学園大学にいたときは、ゼミ活動の一環として「12カ月連続商品開発」に挑戦しました。市内の企業とコラボして、江別市の特産品であるブロッコリーを使用したドレッシングや酪農学園大学産ライ麦・きなこを使用したパンなどを毎月商品化したのです。逆に、清水町や小樽市はこれまで培ってきたものを大切にする気風があるので、次から次へと新しい挑戦をするのではなく、もともとの地域の文化やネットワークを上手に活用できるような企画を考えました。

それぞれの地域に働く「慣性の法則」をうまく活用することが、地域のビジネスの活性化および持続化には欠かせません。チャレンジフィールド北海道が取り組んでいる地域活性化にも同じことがいえるのではないでしょうか。

地域産業の発展の鍵はアントレプレナーシップにあり!

―長村先生が地域産業の活性化や持続化に取り組まれるようになったきっかけは。

大学院のとき、産業クラスター(註2)の研究をしていて、主に北海道のワイン産業について調査したことです。当時、経営学では地域産業はあまり研究されていませんでした。それならば、意識的に地域へと目を向ける意義があると考えました。

註2 企業間連携・産学連携によって技術・ノウハウ等の知的資源を相互活用し、地域の強みを活かした新産業・新事業の創出を目指す広域的なネットワーク。

―ワイン産業の研究から見えてきた、北海道の第一次産業における課題や解決策について教えてください。

ワイン産業に限っていえば、主な課題は、「ワインの消費拡大」と「ワイン文化の創造」です。課題の克服には、「ワイン愛好家の増加」「ワインへの理解醸成」「新たな価値創造」の三つが欠かせません。そこで期待を寄せたいのが新規参入者です。新たにワイナリー経営に乗り出した人たちが、北海道産ワインの選択肢を増やしてくれます。今後10年ほどは萌芽的な状態が続き、だんだんとワイン産業が活性化していくと見ています。

―ワイン産業の課題や解決策は、そのほかの農業全般にもあてはまりそうですね。


はい。いま、ワイナリー経営者からさらに対象を広げて、北海道農業のトップランナーたちにインタビュー調査を行っています。聞き取りの対象者は、「地域企業家」といえる方々です。CSR(註3)とサステナビリティを重視していて、その背景には「三方よし(註4)」の考え方があると感じました。彼らの話から見えてきたのは、「次世代により良い未来を残す」という大義です。この調査を続けていくと、北海道の第一次産業における課題を克服する術が見つかるかもしれません。

註3 corporate social responsibilityの略語。企業の社会的責任。
註4 「買い手よし、売り手よし、世間よし」の商売を心がけるべきという、江戸時代の近江商人の理念で、近年のESGやSDGsに通ずる考え方。

―「地域企業家」とは、どのような人たちを指しますか。

日本語では「起業家精神」とも訳されるアントレプレナーシップ(註5)を持ち合わせている人たち——つまり、イノベーションをもたらし、新しい価値を生み出す思考や行動を取れる人たちです。

註5 アントレプレナー教育を推進する文部科学省は、アントレプレナーシップを「起業意思の有無にかかわらず、自ら枠を超えて行動を起こし新たな価値を生み出していく力であり、すべての人が身につけるべき資質」と説明している。

―アントレプレナーというと「起業家」「新しく事業を立ち上げる人」を思い浮かべますが、地域企業家は必ずしも起業家ではなく、アントレプレナーシップもまた起業家だけの特性ではないのですね。

そのとおりです。たとえば、「老舗」といわれる長期存続企業の経営者はアントレプレナーシップをお持ちの方が多い傾向にあります。長く商売を続けるには、伝統を守りながらも、時代に合わせた変革が必要ですから。

―「地域企業家」に欠かせないアントレプレナーシップとは。

「倫理観」と「語る力」は不可欠です。一般的に、地域企業家に魅力的な話術があれば、さまざまな場でプレゼンテーションの機会に恵まれます。その結果、社会的な評価や大型案件を獲得できる可能性が高く、その経験を通じて事業に対する自信を深めるとともに、社会や未来に対する責任感も強まるはずです。そのため、さらに倫理観が強化され、ますます社会からも必要とされ、事業が継続していくのだと考えています。
地域産業の担い手である地域企業家も、支え手であるステークホルダーも人間ですから、良好な関係性や信頼のもとともなる倫理観、円滑なコミュニケーションを育む語る力は重要なのです。

▲インタビュー時の様子

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長村先生にはバイブルにしている本があるそうです。それは、アメリカの経営学者 C.I.バーナードの『経営者の役割』。強く心に留めている一節が、「組織の存続はリーダーシップの良否に依存し、その良否はそれの基礎にある道徳性の高さから生ずる」。長村先生が、地域企業家たちのなかに、近江商人の理念である「三方よし」を見出し、アントレプレナーシップの要素として「倫理観」を重視しているのも納得です。
人と人とのつながりやコミュニケーションの重要性についても示唆に富むものでした。それは、チャレンジフィールド北海道の活動においてもまた重要だからです。なぜなら、北海道の基幹産業である「農業」「林業」「水産業」をはじめ、「食」「まちづくり」「物流」「寒冷地防災」「地域医療」といった分野において、大学や企業、自治体、経済団体、金融機関、NPO、市民などがつながり、共創できる仕組みをつくり、地域を元気にしていくことが、北海道の明るい未来を生み出すことにほかならないと考えているからです。


[長村先生プロフィール]
長村 知幸(おさむら ともゆき)
小樽商科大学商学部商学科 講師
出身地は北海道札幌市。2014年に小樽商科大学で博士(商学)を取得。小樽商科大学専門研究員を経て、2015年、内閣官房シティマネージャー制度にて清水町に派遣。2017年、酪農学園大学講師に着任。2022年より現職。
■連絡先:osamura@res.otaru-uc.ac.jp

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