見出し画像

住まいと暮らしを支える不動産事業 住宅確保要配慮者をとりまく課題に向き合う

阪井土地開発株式会社NPO法人おかやまUFE

住まいの確保は生活の基盤であり、人間が人間らしく生きるために必要不可欠です。
もし、住まいがなかったら。経済的に自力で生活できなくなった人に最低限の衣食住を国が保障する生活保護の制度があるものの、要件を満たさず受給できないケースもあります。また、経済的な自立によって貧困問題がすべて解消されるわけでもありません。高齢者、障害者、DV(家庭内暴力)被害者、刑務所からの出所者など、社会やコミュニティから孤立し、住まいを失ったとき、どう社会復帰するのか。国や地方自治体の施策がなかなか届いていない現状もあります。
住まいを貸すとしたら、不動産業者としてはどうでしょう。家賃の滞納があったら? 部屋で事件・事故があったら? 課題は多いように思いますが、支援制度など安心材料を伝えることで理解が進むこともあるといいます。

地域の担い手として期待される地場の企業が、どのようにソーシャルビジネスやコミュニティビジネスに取り組んでいるのか。きっかけやプロセス、課題は何なのか。その事例をお伝えしていくシリーズ第1弾。
岡山県岡山市にある阪井土地開発株式会社・取締役、NPO法人おかやまUFE(ウーフェ)・事務局を務める永松千恵さんにお話を聞きました。

<話し手プロフィール>
阪井土地開発株式会社 取締役
NPO法人おかやまUFE 事務局スタッフ
永松千恵さん

これまで、愛媛県土木部河川港湾局砂防課、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)社会復帰研究部(東日本大震災における震災中長期支援班等精神障害者の実態調査等事業)、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課での業務を経験。人の住まいと暮らしを守ること、精神障害者と当事者家族等の支援者を支えるための連携構築や関係各所の連携体制の大切さを学んだのち、2017年4月から現職。

●住宅確保要配慮者への住まい供給の仕組み

「阪井土地開発株式会社と、NPO法人おかやまUFEについて教えてください」

阪井土地開発株式会社は、代表である私の母が事業を行って約30年の会社です。いわゆる「町の不動産屋さん」で、事業としては、岡山県内を軸に土地・建物の売買、賃貸などの仲介、管理業全般を行っています。物件全体の3-4割程度が、高齢者、精神障がい者や生活困窮者、刑余者など、住宅確保要配慮者(以下、要配慮者)への供給物件です。オーナーさんの考え方次第ですが、当社の事業に賛同いただける場合は家賃の低廉をしていただき、要配慮者へ供給しています。

画像1

要配慮者が暮らす自社のマンションやアパートの管理も行っています。岡山市のマンション「サクラソウ」、岡山県精神科医療センター近くにあり長期入院者の退院後の住まいとなっている「ときわそう」のほか、岡山県北の津山市に「あおば」というアパートがあります。「サクラソウ」と「あおば」は、セーフティネット住宅(※)と法務省管轄の更生保護施設に登録し、管理運営しています。

(※)住宅セーフティネット制度…増加している民間の空き家・空き室を活用し、住宅確保要配慮者に活用する国土交通省の制度。2017年10月スタート。

NPO法人おかやまUFEの「UFE」とは、イタリア語の「Utenti:(障がいがある)当事者」、「Familiari:(当事者の)家族」、「Esperti:専門家」の頭文字を使った言葉です。精神障がい者が社会で暮らし続けるために、当事者、当事者家族、専門家が協力して、ひとりひとりに応じた暮らし方・生き方を応援していこうという理念のもと、2015年に設立されました。疾患や障がいの有無に関わらず、支援が必要な人に、居住、医療、福祉、就労などの支援事業を行っています。

例えば、「住まいと暮らしのサポートセンターおかやま」を運営し、住まいが見つからずに困っている方からの相談や、それとは逆に、建物を活用したい方からの「空き家の管理をお願いしたい」、「要配慮者の方に使ってほしい」といった相談に対応しています。

「急遽、住まいが必要なんです」という切迫した相談が増えてきたことから、シェルター事業も始めました。DV被害者などの緊急保護が必要な方が一時的に避難して生活できる場所として、賃貸住宅の空き室を借り上げ、シェルターとして一時利用していただいてます。また、支援が必要な人の暮らしの安定のためには地域での居場所が必要と考え、フードバンクや見守りに地域の皆さんが誰でも気軽に参加できる「うてんて食堂」を始めるなど、事業が広がっています。

画像2

「シェルター事業について教えてください」

NPO法人おかやまUFEが、当社の自社物件の空室を借り上げて活用しています。一日の利用料と光熱費などの実費をご負担いただいています。

家族から暴力を受けた方、家賃滞納で強制執行により財産が差し押さえとなった方、執行猶予がついて刑務所に行く予定が外れた方など、様々な事情を抱えた人が利用します。DV被害者で「被害届を出さないことには女性相談所を活用できない」と公的な相談窓口から断られた方もいらっしゃいました。対象者の範囲が限定されておらず、柔軟に受け入れられるのが民間シェルターの特徴です。

当シェルターは一時的な居所であり、期間は1ヶ月が目安ですが、次の住まいが見つかるまで半年ほど利用されるケースも少なくありません。生活保護法の基準だと、生活保護の申請をしてから14日以内に審査が行われ、受給の可否がわかるまでおよそ2-3週間かかります。当シェルター入居中に、金銭的な支援、人的な支援(緊急連絡人、連帯保証人)が確保できれば、次の住まいに移って行けます。

当シェルターは、制度のはざまにいる方の一時的な受け皿となり、住宅の支援や、医療・介護・障害福祉・権利擁護などの各種制度による支援につなげていく役割を担っています。

画像3

●「住みたいところに住む」を叶えるために

「要配慮者への住宅供給の仕組みはどのようにできてきましたか」

当社による要配慮者への住宅供給については、20年以上前のひとりの入居者による相談がきっかけだったと代表から聞いています。「誰かが自分を殺そうとしている」と錯乱状態で電話をかけてきた男性の相談にのり、右往左往した末、精神科病院にたどり着き、彼はアルコール依存症・統合失調症であることがわかりました。彼には幻覚症状があったのです。

代表は、精神科病院の先生からの話で、家族から見放される精神障がい者が多いことや、退院しても住まいが見つからない人、見つかっても住環境が劣悪であることが多いと知ることになりました。例えば、ある部屋はトイレが使えない、ある部屋は流しが使えない。だから当事者たちは部屋と部屋を行き来し、貸し借りする。鍵をかけてしまうと自立した生活が成り立たないような環境で賃貸契約をして生活をしている、そんな状況だったそうです。

長らく本業である不動産業と、要配慮者の住まいに関する相談や支援をひとつの会社で行っていましたが、2015年に相談窓口や暮らしについての支援を行うNPO法人を設立して対応することになりました。

そうすることで、住まいを探す相談者にとっては他社の物件に住むという選択肢が増え、「住みたいところに住む」という要望を叶えやすくなります。また、協力いただける不動産業者の裾野を広げることにもつながります。

「補助金・助成金の活用について教えてください」

当社は営利企業なので、助成金・補助金は基本的に活用していません。が、2021年2月にリニューアルした「うてんて」については、住宅や施設の整備(新築や改修)に活用できる「スマートウェルネス住宅等推進モデル事業」に応募し、2018年度(平成30年度)、採択されました。この事業は、要配慮者の方も暮らしやすい地域共生社会を目指す、ハード面での補助事業です。

画像6

もともとはほかの方が所有されていた平屋の空き家で、相続が終わったから売却したいという申し出があり、当社が買い取りました。その空き家を活用している間には、精神科医療センターが近いため自然と障がい者たちの居場所となりました。500m圏内に多くの支援者や居場所が点在する立地です。不動産としても価値を見出すことができ、今後も集える場としての運営を続けられるようにと建て替えを計画し、この事業に応募しました。

画像4

また、おかやまUFEについては、居住支援法人(※)を取得し、補助金を活用し運営しています。

※居住支援法人…民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るため、住宅確保要配慮者に対し家賃債務保証の提供、賃貸住宅への入居に係る住宅情報の提供・相談、見守りなどの生活支援等を実施する法人として都道府県が指定。

「住まいと暮らしのサポートセンターおかやま」の事業は、国土交通省「多世代交流型住宅ストック活用推進事業」に2017年度(平成29年度)から3年連続で採択されているほか、うてんて食堂事業については「赤い羽根子どもと家族への緊急支援活動助成事業」に採択されています。また、2021年度(令和2年度)は、シェルター事業は公益財団法人橋本財団の助成金をいただいています。

●情報が安心材料となり、溝が埋まることも

「要配慮者への民間賃貸住宅の供給について、不動産業界で広がっていますか」

不動産業は営利目的の事業ですし、要配慮者への民間賃貸住宅の供給はリスクを払拭しないことには広がっていきません。例えば、家賃滞納は大きなリスクです。また、家がごみ屋敷化したり、貸した部屋で事件や事故が起きたりすると、資産価値が大きく下がってしまいます。

高齢者や障がい者への住宅供給について、「制度によって支援がついているから家賃が払える」、「支援者がついているから孤独死のリスクは少ない」といった安心材料をお伝えすると、理解していただけるケースもあります。

全国的に空き家・空き部屋は増えており、アパート賃貸業の木造物件では、築30-35年くらいのものが多くなっています。つまり、問題なく暮らせるけれど家賃の低廉化ができる物件が増えているということです。「住んでいただける方がいらっしゃるのであれば、建物としての使い方、資産の使い方としてはありなのかな」と考えてくださるオーナーさんもいらっしゃいます。

●それぞれの当事者を見守り、地域につなげていくネットワーク

「周辺団体とも幅広く連携をされています。どのように支援に繋げているのですか」

NPO法人おかやまUFEは地域の医療・介護・障害福祉・権利擁護の団体や行政機関と連携することで、住まいの確保から地域への定着までの相談窓口として機能しています。

画像5

私が当社とNPO法人おかやまUFEの両方に所属しているので、さまざまな事例について、この人の件はどこが対応してどこに相談しよう、というコンサル的な動きをしています。「この医療制度が活用できる」、「ハード面はこの不動産会社」、といったように組み立ててどう支援策につなげていくかを考えます。

例えば、ごみ屋敷化した家で暮らしていて、困窮から家賃滞納となり強制執行となった高齢者をシェルターに受け入れています。フードバンクの食べ物を届けがてら部屋の様子を見て、ごみ屋敷化しているなと思ったら、「ごみ、片づけないけんが」と言いながら本人と一緒にごみを片づける日々です。こういった反復作業の中で生活習慣が身に着けばいいのですが、認知症の疑いが出れば、医療・介護・障害福祉や権利擁護などの支援につなげていく、ということをやっているわけです。家を借りるには初期費用と緊急連絡人や連帯保証人が必要になります。そこをどのように捻出し、また支援者を用立てようかとも考えています。つまり、住まい確保で必要な支援と、暮らしの安定に向けた支援の両方を考えながらかかわりを持っています。

「県外のネットワーク、横の繋がりもあるのですか」

シェルター事業を例に挙げると、女性のためのDVシェルターが全国各地で事業をされており、「県内では加害者にばれてしまうから県外に行きたい」といったときに連携できるネットワークがあります。

離れた分だけ、お互いの関係修復に繋がるケースも少なくありません。距離を置くことで落ち着く時間、考える時間、暮らすための計画づくりができるという意味で、ディスタンスも必要なんだろうなと思います。そのためにも多職種事業者との連携は大切だと考えています。限られた社会資源ですから、岡山にない資源が他県にある場合は、本人了承の上で県外へお受け入れをお願いすることもあります。また、その逆に県外からお受け入れをすることもあります。

2019年には広域的な民間シェルターネットワーク構築のための会議を開催し、県外のシェルターと取り組みを共有するとともに、関係づくりを進めました。

「連携についてどういったところが課題でしょう」

不動産会社は医療・介護・障害福祉や権利擁護の制度を理解していないことがほとんどです。「そんな支援がつくなら、家賃を支払ってもらえそうだし、サポートしてくれる人がいるなら孤立せず安心だ」と、知識があれば要配慮者の受け入れが進むこともあります。一方、支援が受け入れられない、制度のはざまにいる方々がこぼれているケースが少なくないので、そういった方々をどう支えるかという課題も大きいと思います。

女性相談所や保護観察所の施設から出ていきましょうとなったとき、その後に住む場所はあるのかという部分まではケアできていません。生活保護についても14日以内の審査があります。そのタイムラグをどのように解決するかも課題でしょう。

要配慮者を受け入れる場合の不動産業者にとってのリスク、孤独死や事件・事故、風評被害などをどう軽減していけるのか。公的機関や医療・介護・障害福祉事業者が要配慮者の住まいとして民間賃貸に期待するのであれば、関係機関が本人を中心とした伴走をしながらかかわる者同士の理解も深め、協力していく必要があると思います。

(取材・執筆 小林美希(こばん))

<推薦者より>
ご自分たちのことを「町の不動産屋さん」と紹介されていますが、その域をはるかに超えて様々なネットワークを築かれ取り組まれていること、さらっと言われることの中に並々ならぬご苦労があると思いますが、そこに取り組み続けられていることをいつも尊敬しています。一方で、一人ひとりのお客さんに寄り添う姿勢や町の中で不動産屋さんがすべき役割を突き詰めていった結果とも言えるようにも思います。ただ物件を仲介するだけでなく、その人の暮らしを考えて安心して暮らせる家を持つことができるようにする。「HOUSE」ではなく「HOME」を提供したいという仕事の仕方をされている。不動産屋さんの中の不動産屋さんの一つの形であり、これから「家や物件が余る」時代が進む中で多くの不動産事業に取り組む方に一つの在り方を提示されているとも思います。
一般社団法人全国コミュニティ財団協会 理事/特定非営利活動法人岡山NPOセンター 代表理事 石原達也)

Writer:小林美希(こばん)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?