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コンプレックスと背丈と頭撫で

「冷静に、現実的に考えると、僕ってそんなに小さくないんですよ」
 ある日の暇な時間、僕は左右に立つ二人へそう言った。
 オーナーはきょとんとしており、森脇さんが問う。
「いや、小さいだろ?」
「小さいですけど、そうじゃなくて!」
 と、少々声を荒らげつつも、僕はすぐ冷静になって返す。
「僕の身長は162cmで、世の中には150cm台の男性もいるんですよ。つまり、僕はそんなに小さいわけではないんです」
「まあ、確かに」
 と、うなずくオーナーだが、その手は何故だかスマートフォンを取り出していた。何をするのかと思えば、彼は言う。
「男性の平均身長、172cmだって」
「平均より10cmも低いのか」
 と、森脇さんがにやにやし、僕はさらに言い返す。
「それは事実なので否定はしません。ですが、僕以外の三人が大きいんですよ。そのせいで僕が小さく見えてしまうという、いわば相対的なものです」
「森脇君、いくつだっけ?」
「174cmです」
 平均より2cmも大きい。しかし、オーナーは180cmあり、真木君は183cmもある。そのため、森脇さんもそれほど大きくないように思われるが、実は背が高い方なのだった。
「まあ、俺たちが大きいのは確かか」
 と、オーナーがスマートフォンをポケットへしまう。
「分かってもらえましたか?」
 と、僕が顔を向けると、オーナーは「それでもさあ」と、にっこり笑う。
「やっぱり乙女ちゃんはちっちゃいよ」
 まだ言うか。だったら僕も言わせてもらおう、何度でも。
「小さいけど、そんなに小さくはありません」
「そんなに小さくはないけど、小さいことに変わりはない」
 と、言い返すオーナーを、僕はむっとしてにらむ。
「一応、160cmは越えてるんですよ? 小さいけど、小さくないじゃないですか」
「180cmの俺にそれ言う?」
「ぐう……」
 オーナーは楽しそうに笑っており、僕はどう返すかと思案する。小さいけど、小さくないのだから。
 すると、今度は森脇さんがスマートフォンを片手に言った。
「162cmだと、中学一年か二年の平均だな」
「はあ!?」
 思わず大きな声をあげて振り返ってしまった。
 森脇さんもまた、にやりと笑って言う。
「つまり、乙女ちゃんは中学生なんだな」
「違います!」
 と、思いっきり否定したものの、中学生の平均だと言われると、もうどうしようもない。
「あきらめなよ、乙女ちゃん。君はやっぱり小さいんだって」
 と、オーナーが言い、森脇さんも続く。
「そうだぜ、乙女ちゃん。自分が小さいってことを認めろ」
 ひどい人たちだ。いや、本当にひどい。
「もう……僕だって、本当はもう少し身長欲しかったですよぉ」
 と、傷ついた気持ちをあらわに言い返すと、無意識に目まで潤んでしまった。
 二人の表情がにわかに変化し、オーナーは慌てて言った。
「ごめんごめん。そんなに気にしてたなんて知らなかったよ」
「悪かったな、乙女ちゃん。けど、泣かせたかったわけじゃねぇから」
 と、森脇さんが僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「それもやめてほしいです」
「え?」
「頭撫でるの、やめてほしいです。子ども扱いされてるみたいで嫌です」
 ぱっと森脇さんが手を離したかと思えば、今度は反対側から手が伸びてきた。
「俺は可愛がってるつもりなんだけどな」
 と、まるで愛玩動物を撫でるかのごとく、優しく髪を上から下へ撫でた。
 その感触がいつもと違って、あんまりにもやわらかく感じられ、僕はふんと鼻を鳴らす。
「じゃあ、特別に許可します」
「え、本当かい?」
「ええ、オーナーだけ」
 と、僕が言うと、すぐに森脇さんが声をあげた。
「オレはダメなのかよ!?」
「ダメです! 森脇さん、くしゃくしゃってするし!」
 言い返した僕の頭が、まさにくしゃくしゃと撫でまわされて僕はオーナーを振り返った。
「やめてください!」
「許可してくれたんじゃなかったのかい?」
「髪をくしゃくしゃするのはダメです!」
 と、僕は彼から距離を取って離れ、ぼさぼさになった頭を両手ですいた。
 一方、オーナーは森脇さんと顔を見合わせて言う。
「でも、くしゃってやりたくなるよね」
「なりますね。そういう髪質してるし」
「どんな髪質ですかー!」
 と、僕はさけび、一時、事務室へと退避したのだった。



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