見出し画像

文披31題:Day30 色相

 似合う色は、人によって違う。そして、顔色や感情や、隣に立つ人によってさらに変わる。
 まさに千変万化。場合によって必要な色が変わる状況で、誰がそのすべての状態に「ベストな色」を選ぶことが可能だろうか。
 でも、私にとっては難しいことではない。とても、とても簡単だ。
「このお色はいかがでしょうか?」
「こんな色、選んだことないわ。……でも、なんだかわくわくするわね。……これにするわ」
「ありがとうございます!」
 ほら、初めは難色を示したお客様だって、このとおり。
 いつもは明るく華やかな色を選ぶことが多いこの人に、今日は少し暗めの、灰色のドレスを勧めてみた。思っていたとおり、初めは不思議というよりも少し不快感を見せたものの、鏡の前で合わせてみたら顔は華やぎ見事お買い上げというわけだ。
「……相変わらず、すごいね」
「あのお客さん、聞いてくる割に、絶対に自分の選んだもの以外買わない人だよね」
「なんであの色選ぶのかって私も思ったけど、鏡の前で合わせてびっくりしたわ。ほんとに似合ってる……」
「さすが、色の魔法使いは違うわー」
 ブティックの店員たちが、こそこそと話すのを耳にしながら、勧めたドレスを無事お買い上げしてくださったお客様を店外までお見送りする。よほど気に入ってくれたのか、試着したままで帰ると言ってもらえるほどだ。
 着ていたものは後ほど屋敷まで届けることとしたので、脱いだドレスの入った籠を抱えてバックヤードに向かう。
 話していた店員たちがぴっと背筋を伸ばしてこちらを見てくるのに、にっこり笑って「発送の手配をしてきますね」と伝える。こくこくこく、と店員が無言でうなずいた。
 色の魔法使いだから、じゃないんだけどね。
 心の内でつぶやくが、言ってもわからないだろうなと思う。だって、私は色の魔法を使ってその人に合う色を見つけているわけではないんだもの。
 この店で働き始めて数年、初めはこの業務ではなかった。
 色の魔法使い、は染色を得意とする者が多い。もちろん、自分もそうだと思っていた。
 染色は楽しい。イメージする色を、任意のものに染められる。イメージが具体であればあるほど美しく発色させたり、効果を持たせることができるため、この魔法を得意とする魔法使いは芸術分野に在籍することが多い。
 その中で同じ道を選ぶ者も多い、布の染色業務に就いたのだが、職場で雑談をしているときに服装の話になった。
 最近のトレンドがどうの、あのデザイナーの新作が出ただの、スカートよりパンツスタイルが主流の時代だの、楽しく華を咲かせていた。
 その話題ももちろん楽しいものだったが、どうしてもひとつ、気になって言ってみたのだ。
「服の形も大事だけど、色も大事じゃない? 自分にぴったりの色選べると楽しくない?」
 周りが一瞬、静まりかえった。そりゃそうだけど、とぼそりと返った声に、え、と声が漏れた。
「見ればわかるじゃない。染めてるときも、そういうの考えたりしない?」
「……しない」
「しない、よね……?」
 周りの戸惑いのほうが大きかったが、こちらとしては見えている「当たり前」を口に出してみただけだ。なぜこんなにも不思議な顔をされるのかがわからない。
 やりとりのうちに、それなら提案してみてよと言われ、それならばと場にいた全員にそれぞれこの色を着てみたらと伝えてみた。面々は目を丸くして慌ててメモをとり、後日それぞれから「本当だった!」と感謝された。
 ある一人から言われたのは、
「まさか全員に言うと思ってなかったし、そんないきなり言えると思ってなくてすごくびっくりした」
 だった。感謝されたのは素直に嬉しかったが、そうか、周りはこの感覚がないのか、と自分でも驚くと同時になんとなく寂しい気がした。
 そうして同僚や友人たちに色のコーディネートをするうちに、噂を聞きつけて高級ドレスのブティックを経営するオーナーから引き抜きにあった。腕もよく、人に合った色を選ぶことのできる魔法使いを、ぜひ販売員として雇いたい、と。
 正直、接客業など無縁だと思っていたので初めは断ったが、同僚らが大興奮で後押ししてくれた。結果として、今は自分に向いている仕事に就けたと感じているのでありがたいところだ。
「でも、なんでわかるのかは自分でもよくわからないのよね」
 自分の見ているものが、少し違っていると言うことはわかる。人を見ると、まとっている色を感じることができる。顔色や感情や、状況によって色は変わって見えるから、その色に合わせてなじむ色を選んでいるだけに過ぎない。
 魔法を使っていると言われるならば、そうなのかもしれない。でも、自分に魔法を使ったわけではないから、色を感じる力が特別強いのかもしれないなとは思う。
 ただ、そのおかげで接客を指名してくれるお客様もついた。意外と服装の提案や接客における「おしゃべり」も嫌いではないことがわかって、今は充実しているなと感じている。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
 売り上げも好調で、今は予約の客さえ対応してしまえば割と自由も許されるようになった。オーナーは福利厚生を手厚くしてくれる雇い主で、ありがたく甘えている。
 今日は先ほどのお客様で予約も終わり、閉店前の時間ではあるがドレスの発送手続きついでに退勤することにした。声をかけるとお疲れ様です、と口々に返ってくる。
 みんなの顔色も悪くない。明るい色を帯びた人々を見るのは楽しいし、元気がもらえる。
 そう思いながらスタッフ用の出入り口から出て発送手続きを終えて買い出しでもして帰ろうかと歩き出した瞬間。
「わっ!」
「ああ、すまない」
 角から飛び出してきた人影をよけきれず、ぶつかってしまった。相手の足が速すぎて対応しきれなかったのだ。
 ぶつかってよろめいたところを腕を掴んで支えてくれた人物は、すまない、と心のこもった声で謝罪してくれる。
 いいえ、どういたしましてとぶつけた鼻を押さえて相手の顔を見て、あんぐりと口を開けてしまった。
 なに、この人、金色なんだけど。
 見たことのない色だ。いや、色自体は知っているし、見たこともある。なんなら布地に染めたことだってある。
 だけど、人がその色をまとっているのを見たことがなくて、あまりの驚きに何も考えられない。
「どこか痛むのですか?」
 固まってしまったのを、どこか痛めたのかと心配してくるが、それどころではなかった。金色。魔法の力なのか、なんなのかよくわからない。
 いや、人の顔色だけでなくて、色は状況なども映し出す。金色は高貴な色だ。もしかしたらものすごく位の高い人なのかもしれない。でも、金色となると。
『なによ、一目惚れでもされちゃったワケ?』
「こら。ああいや、なんでもない」
 不意に聞こえた声にびくりと反応してしまう。思わずといった風に声に応えた相手は、取り繕うように言葉を重ねたが、こちらの反応も目敏く見つけてきた。
「何か、聞きましたか?」
 変な声が聞こえた気がするが、どこにいるかはわからない。ただ、なぜか色の印象だけは感じた。
「きんいろ、と、ぎんいろ……?」
 ぽろりとこぼれた言葉に慌てて口元を押さえるが、遅かった。相手が驚いたように詰め寄ってくる。
「まさか、見えるのか!?」
「えっと、何がでしょうか」
「私の持っているものが、見えないか?」
「見えません」
 すっぱりと即答できたのは、本当のことだったからだ。驚いた様子だった相手は、即答にそうか、とだけ返した。
『馬鹿ねぇ、見えるはずないでしょ。あんたにしか見えないのよ、アタシは』
「……変な声は聞こえますが。あと、あなたは金色に見えるし、あなたの周りに銀色が見えます」
『え、アタシの声が聞こえるの? さっき銀色って言ってたわね、まさかあんた、極彩色の魔法使いなの!? ツイてるじゃない!』
 声だけが聞こえる銀色の存在が、きゃっきゃと反応している。嫌な予感がよぎった。
 見えないものが見える、高貴な人。確か、その人はあるものが見えて、触れることができることを証明として、国で一番偉い地位に就いているという。
 それが見えて、触れられることは、その資格がある人だけなのだという。
 目の前にいる人は、まさか、その人ではなかろうか。
「わ、私、何も見ていませんよ。ぶつかって大変申し訳ありません! 怪我もないのでこれで失礼しますねっ」
 慌てて立ち去ろうとしたが、相手がそれを許さなかった。
「目的は別だったが、まさかこんなところで求めていた人材に出会えるとは思っていなかった。貴女は色の魔法使いだね。その中でも、極彩色の魔法使いと呼ばれる魔法使いだ」
「な、なんのことでしょう」
「僕のこうるさい相棒が探せと言っていてね、その一人が君なんだと思うよ」
『こうるさいは余計よ。あと、人を口説くのに思うよはないわ』
 また声だけ聞こえる。声の主が、目の前の人の相棒なのだろう。
「突然のことで驚いているだろうけれど、どうか、国のために力を貸して欲しい。僕は」
「ああああの私急いでるんで申し訳ないですけど人違いだと思いますのでどうかお許しください!!!」
 名乗りを聞いたらおしまいだ、と察して逃げ出した。なぜ、と疑問だった自分の魔法の正体がとんでもない形でわかったのはよしとしても、その対価が大きすぎやしないか。
 今が楽しくて幸せなのだからそっとしておいて欲しい。その一心で、気づけば頭を下げて脱兎のごとく逃げ出していた。
「……逃げられた」
 一人と見えない相棒とで残された人物は、ぽそりとこぼす。『どんくさいわね、のろま』と嘲る声にうるさいな、と返しながら歩き出すが、その様子はどこか楽しげだ。
「面倒くさいこと言われたなと思ったけど、案外悪くないな。楽しい取り組みになりそうだ」
『国の危機に対応してる人の言うべき発言じゃ無いと思うけど、悲観的になってても仕方ないと思うからよしとしとくわ』
 頑張ってやってらっしゃい、とかけられた声に、うん、と国を背負う魔法使いはうなずいた。

 そして、後日。
 ブティックに現れた使者により、王城への召喚を告げられ出向き、正式に「極彩色の魔法使い」として認定を受けた上に王の側近になることになるとは、夢にも思わなかったと当人は語ったという。
 極彩色の魔法使いは正式な登用試験などを通らず、しかも市井から採用された魔法使いということで初めは皆戸惑っていたが、元の職業柄なのか、すぐに場になじんでいた。さらに言えば、ファッションにおいて的確なアドバイスをすると女性陣からも信頼を勝ち得ていた部分も大きい。
 そして、集められた高等魔法使いのうち、比較的初期から王の元にあったせいかあれこれと話をする機会も多く、魔法使いの王とは打ち解けた話をすることができる仲となり、王にとっては相談相手となっていったのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?