あるイタリア人の記録1(DIARIO DI UNA MAMMA VINTAGE NEGLI ANNI ‘ 80 IN GIAPPONE)

*これは2022年から2023年にかけて日本の出版社さんより刊行予定の「あるイタリア人の日記」です。日本語訳をチェルビアット絵本店の店主が担当させてもらっています。出版前から読者の方に興味を持ってもらえるよう、出版社さんと合意の下、イタリア語の原文と日本語の訳文を併記してnoteに少しづつ綴ることにさせて頂きました。文章は編集前のものですので、本が刊行される際には一部変更の可能性がある旨ご留意願います。海外から見られる日本の様子と観察しているイタリア人の目線をお楽しみ頂けると幸いです。

前書き
マストロヤンニの乗り合わせる飛行機で、私は今日本に向かっている・・・このような書き出しで始まる日記は1987年に日本を訪れたあるイタリア人女性の日本滞在記である。著者は特段著名な作家やエッセイストというわけではない。日本に憧れる娘を持つありふれた母親だ。だが、これはそんな一人のイタリア人が観察した当時の日本を描く克明な記録でもある。旅立った時間、機内の様子、その時の感情。一挙手一投足が目に浮かぶように仔細に書き込まれている。 室内で靴を脱ぐ習慣、スパゲッティを食べる際にスプーンを使う人々、うだるような暑さ、布団で寝る習慣、汁をすすって飲む行為など、日本人の当たり前の感覚や行動に対して好奇心を感じるイタリア人の目線が感じられる。何者でもないイタリア人により残された日記だからこそ、海外の目から見た日本の当時の世相を映し出す貴重な資料になるのではないだろうか?自国民では捉えられない客観的な目線による日本の当時の様子を楽しんで頂けると幸いである。

Roma, 8 luglio 1987
1987年7月8日、ローマ

Ho 60 anni sono le 12,20 e mi trovo per la prima volta su di un aereo, con mia figlia.
時刻は12時20分。60歳を迎え、私は今初めて飛行機に乗っている。娘と一緒だ。

La partenza è stata bellissima, sebbene con 30 minuti di ritardo a causa dei soliti ritardatari.
当たり前のように遅れて搭乗口にやってくる者達。お陰で30分遅れての出航となったが、旅立ちはとても素晴らしいものであった。

Nell’aereo con noi viaggia anche l’attore Mastroianni, io quasi non lo riconoscevo però lo guardavo perché mi sembrava un viso conosciuto.
Il volto invecchiato e la pelle rossa, solo l’espressione e lo sguardo ricordano il Mastroianni del cinema.
機内にはあのアルチェロ・マストロヤンニ(注)も乗っていた。老けた顔つきで赤い肌のその男性を見て、最初私はかの俳優だとは気づかなかったのだが、何だか見知った顔のような気はしていた。醸し出す雰囲気と視線だけがあの銀幕のスター、マストロヤンニを思い起こさせた。
(注:マルチェロ・ヴィンチェンツォ・ドメニコ・マストロヤンニは、イタリアの映画俳優。第二次世界大戦後のイタリア映画を代表する二枚目スターで、国際的な人気を博した。フェデリコ・フェリーニ監督作品への出演や、ソフィア・ローレンとのコンビで知られる。)

Comunque come al solito a lui il privilegio del posto migliore avanti, ma anche noi non possiamo lamentarci sediamo sull’ala sinistra.
いつも通り彼にはファーストクラスに座るという特権があった。私達は文句を言うこともなく左翼側の席に着いた。

Veniamo a sapere che il nostro famoso attore scenderà a Mosca per presentare il film “Oci Ciornie”.
その時はわからなかったが、イタリアを代表するその俳優は自身が出演する映画『黒い瞳』の宣伝の為モスクワに向かっていたそうだ。

Ora siamo ad alta quota sotto di noi un banco di nuvole bianche sembrano ovatta il cielo è azzurro E in questo momento le nuvole hanno assunto un aspetto polare, sembrano montagne di ghiaccio e Neve immerse nel mare celeste.
飛行機はかなりの高度に達していた。眼下には綿のようにふわふわした雲の固まりが広がっている。空は青く、雲はまるで北極や南極の氷山かのようだ。雪は雲の海に沈んでいる。

Tutto procede bene, adesso l’hostess russa, in russo ha detto che possiamo togliere le cinture, io l’ho capito dalle lucette verdi che si sono accese al posto di quelle rosse sul disegnino delle cinture e allora io mi fumo la prima sigaretta ad alta quota….
万事順調に進んでいる。ロシア人の添乗員がロシア語で何か説明している。シートベルトを外しても良いようだ。私にはロシア語はわからない。気付けたのは、ベルトのサインを示す座席のランプが赤から緑に切り替わったおかげだ。今、私は空の上で最初のタバコを吸っている・・・

Fantastico, sotto di me la Yugoslavia, isole ed isolette, proprio una carta geografica vera, stupendo!
何と素晴らしいことだ。ユーゴスラビアが見えている。大きな島から小さな島々まで。地図の世界が現実に現れたようだ。素晴らしい!

Ora un lago con uno specchio di acqua verde e poi terra ferma.
湖が見えてきた。緑がかった水面が鏡のように反射し、大地は静まり返っている。

Sto bevendo una cosa buona alla banana che però sa di vino boh……
今飲んでいるものはバナナジュースか何かだろうか。美味しい、だがワインの味は・・・

Ore 12.45, il panorama non è nitido ciuffi di nuvole bianche riempiono il cielo, sarà la perturbazione che sta arrivando in Italia e che colpirà l’Adriatico domani o dopodomani (sto facendo concorrenza al colonnello Bernacca!)
時刻は12時45分。澄んだ景色ではなく、空は白い雲の固まりで覆われている。イタリアの方ではサイクロンが来ているのだろう。明日か明後日にはアドリア海に直撃するかもしれない。(気象学者のベルナッカに負けずとも劣らない予測ではないだろうか) 注:ベルナッカはイタリアの気象学者の名前

Stiamo sorvolando la Romania, almeno credo, sotto di noi sporgono delle catene montuose, si vedono delle ampie macchie verdi scure che lasciano supporre siano dei boschi. Ora non si vede più nulla solo nuvole bianche e spazi di cieloazzurro. Allora mi metto a leggere un po’….contrordine si mangia!.
今我々はルーマニアの上空を飛んでいるようだ。少なくとも私にはそう思える。下には山の連なりが見えているからだ。山には森を思わせる深い緑が広がっている。雲一つ無い。一面青空だ。さて、少し本でも読むか何か食べようか...

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