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【現代アート③】時系列でまとめる現代アートの流れ【後編】
どんなに長い夜にも朝が来て、どんなに厳しい冬にも優しい春が来るように、第二次世界大戦にも終わりが来た。
そして、現代アートの舞台はニューヨークへと移ってゆく。
それによって、芸術的志向も「主観」から「客観」に変化したり、様々なアートシーンが登場してくる興味深い時期だったりする。
だから是非とも楽しんでみていってほしい。(僕は今回も無駄な語りを抑えて箇条書きに徹することとする)
後編:現代アート(戦後・ニューヨーク型・コンテンポラリー )
前編でも紹介しましたが、もう一度ここでのアートの歴史の区切り方をおさらいしておきたい。(ただ、明確な時代区分の定義はないので、これはあくまでも便宜上の区分ではあるが)
[戦前]のアートを「パリ型・近代・モダン」
[戦後]のアートを「ニューヨーク型・現代・コンテンポラリー 」
と、このように言い換え、区分する。そして、
[戦前]のアートは「カメラの誕生〜第二次世界大戦」
[戦後]のアートは「第二次世界大戦〜現在 」
後編の今回は、戦後の部分になる。
●第二次世界大戦●(1937-1945)
近代化が全世界的に進む中、第二次世界大戦が勃発した。
そのことは、政治や経済だけでなく「アート」や「文化」にも大きな影響を与えてくれた。
そこで勝利を収めたアメリカは経済だけでなく、文化芸術の覇権も握ることとなったのだった。
実際に、多くのヨーロッパのアーティストたちもアメリカへの亡命という形で、活動の拠点を移していったりもしている。
そこにはパトロンの影響力も多少なりともあったそうだが、その辺りはまた今度触れようと思う。
抽象表現主義(1940年代後半)
「アクション・ペインティング」という手法で描かれたこちらの絵画。
(抽象表現主義のトップでありながら、アルコール依存症で有名なジャクソン・ポロックさんが描いた)
これはつまり、どういうスタイルなのかと言うと、
それまでのヨーロッパの伝統的な固定観念であった「絵画は画家の思想を描いたもの」という捉え方を打破し、
「絵画は美術家が「場」において体を動かして「描く」という行為を行なった痕跡」であるとして、このようなスタイルを確立した。
つまり、ただキャンバスに絵の具が乗っかっているだけ。そう捉えても問題なかったりもする。それが現代アートの面白いところで、この時代は、アートの捉え方自体も大きく揺らいでいた時期でもある。
でも実際に、本当にアーティストは巨大なキャンバスと戦うように、
力強く勇しくキャンバスと対峙しながら描いていくそう。
その生き生きとしたプロセスこそが、世界大戦直後の人々を惹きつけたのだろうか。
ビビットな生命力を感じる作品である。
●熱い抽象の特徴(アクション・ペインティングなど)
・巨大なキャンバスに抽象表現を試みる
・大きなキャンバス布と格闘するように体をいっぱいに使う
・キャンバスは抽象的な色や形を叩きつける「場所(フィールド)」の役割
・表現制作のプロセスに重きを置いた
・直接的な強さや生命力は大戦後に熱狂的な支持を生んだ
・人間の内面性を重視(ドイツ表現主義やカンディンスキーの遺伝子を受け継ぐ)
●抽象表現主義の主要なアーティスト
・ジャクソン・ポロック
・バーネット・ニューマン
・マーク・ロスコ
・ウィレム・デ・クーニング
もちろん一方で、真逆の抽象表現も存在していた。
それが幾何学的で限定された色合いで緻密に構成されている「冷たい抽象」である。
アツい男もいいけど、冷静でマメな男もいいわよね、といった具合に、客観的で緻密で構成的な派閥も存在したのである。
ちなみに上の絵はモンドリアンの作品。
「芸術は爆発だ!」という言葉もあるが、僕は爆発しない、むしろ徹底的に自我を殺した芸術があってもいいと思うし、実際にそういった作品も評価はされているのだ。
●冷たい抽象の特徴
・幾何学的な構成
・色彩が限定されている(三原色など)
・感情、内面の発露ではなく、客観的な表象である
熱い抽象:ダイナミックな構図、自由な色彩、身振りの激しい描き方
冷たい抽象:幾何学的な構成、限定的な色彩、純粋で単純な抽象
ネオダダ(1950年代-1960年代)
そう。これは、まさに前回の記事で取り上げた「ダダイズム」のアメリカバージョンみたいなもので、
もちろん、細かいところで似ていない部分もあるが、基本的には形式が似通っているので「ネオダダ」と呼ばれている。
●ネオダダの特徴
・戦前のダダイズムと共通点がある(前編で紹介)
・既製品を使用する(レディメイド)
・廃棄物を好んで使ったり、新品を廃物にしたりする(ジャンクアート)
・大衆的な画像をそのまま使う(コラージュ)
・伝統的な芸術や美学の概念を否定する反芸術性
一方で、ネオダダが戦前のダダイズムと大きく異なる点がある。
戦前は、概念の実験的な意味合いでレディメイド作品が制作されて来たが、
舞台が工業化の進んだ戦後のアメリカになったことで、
ダダイズムの「急速に溢れた廃物の中に美を見出そうとする試み」は、むしろ自然な流れだったように思える。
こうした大量生産・大量消費を背景として考えると、ネオダダは「工業化社会の自然主義」とも呼べそうである。
●ネオダダの主要なアーティスト
・ジャスパー・ジョーンズ
・ロバート・ラウシェンバーグ
ミニマリズム(1960年代-)
ただ、目の前に何か、圧倒的な何かが存在している感覚だったり、
無駄なものが削ぎ落とされた造形を純粋に美しいと思ったり、
正解なんてない。それでいいと思うし、抽象と本質を極めたジャンルと、僕は認識している。
●ミニマリズムの特徴
・単純な幾何学形、統一された色彩
・目の前の圧倒的な存在感(物体の直接的な現前性)
・抽象性の極限を目指した(本質的なものだけを残す)
・三次元的(彫刻的)な表現が主流
・「観察者(主体)」と「アート(客体)」との相互関係に注目
・作品が展示された「場」をアートによって変容させようとする姿勢
●ミニマリズムの主要なアーティスト
・フランク・ステラ
・ドナルド・ジャッド
・カール・アンドレ
・ロバート・モリス
・ダン・フレイヴィン
・ソル・ルウィット
ポップアート(1960-)
戦後、大戦に勝利したアメリカは隆盛を極め、
大量生産・大量消費の中で、大衆文化が発達した。
そんな中でアート界に現れたのが、
ポップアートの神様的ポジションであるアンディ・ウォーホル。
この人は、大衆的で身の回りにある陳腐なものを、
ファインアート(美術)の領域にぶち込んだ凄い人であった。
例えば、キャンベルスープの缶やドル紙幣、マリリンモンローなど多くのアメリカ人が普段から目にしているものを、アートとして出品しちゃうという、極めて型破りなそれでいて歴史を作った。
正直、崇高な伝統的アートの立場から見れば、ウォーホルのそれは、キッチュ(低俗)なものだった。
けれど、それをウォーホルは堂々と題材にしちゃったという訳だ。
●ポップアートの特徴
・モチーフは大量生産・大量消費社会、身近にある大衆的なもの
・当時主流だった抽象表現主義に争って反芸術的な働きをした
・ありふれた製品や生活様式、漫画などのサブカルチャーを批判
・逆にそれらを親しみ深い自然な風景として捉える考え方も
●ポップアートの主要なアーティスト
・アンディ・ウォーホル
・ロイ・リキテンスタイン
シミュレーショニズム(1980-)
何かを既存のもの、例えばアニメや漫画のキャラクターを、自身の作品に転用して少し手を加えただけの作品などは、現在でもよく見られる。
だからこのシミュレーショニズムには、なんとなく「現代アートっぽさ」らしきものを感じると思う。
けれど、こうした身の回りの既存のキャラクターを作品に転用するのは「良くない!」って評する人もいる。
でも僕としては全然ありだと思っていて、
だって、アーティストがこれまで生きてきて、小さい頃からテレビやスマホでずっと見てきて脳に刷り込まれたビジュアルな訳だから、
「アートをやろう」ってなったときに、それが主題として出てくるのは、とても自然なことだと思うからである。
●シミュレーショニズムの特徴
・既存のイメージ(漫画、映画、名画などのヴィジュアル)を再現する
・なんでも複製できる時代に問題を投げかける(オリジナルの価値って?)
・高度情報化社会を批評的に捉える
・サンプリング、リミックスなどが主な技法
●シミュレーショニズムの主要なアーティスト
・ジェフ・クーンズ
・シェリー・レヴィーン
・バーバラ・クルーガー
ニュー・ペインティング[新表現主義](1980-)
この乱暴で、力強いタッチ、まるでこれまでのスカした現代アートを揶揄するように、原点に帰るようなメッセージを感じる。
これまでの社会の裏の裏をかいたような皮肉的で遠回しな作品ではなく、
もっと直接的な感じで、純粋に絵を描くことを楽しんでいるような質感である。
個人的にはとても好きな芸術運動の一つで、美術界に受け入れられたのにも納得がいく。きっとみんな、小難しい現代アートにうんざりしていた節もあるのだろう。
●ニュー・ペインティングの特徴
・ミニマル・アートやコンセプチュアル・アートに反発
・小難しいコンセプトにうんざりしていた美術界に大歓迎された
・具体的な事象を題材とした
・抽象表現主義の影響を受けている様子(乱暴なタッチ)
●ニュー・ペインティングの主要なアーティスト
・ジャン・ミッシェル・バスキア
・ジュリアン・シュナーベル
・アンゼルム・キーファー(ドイツ人)
グラフィティ(1980-)
グラフィティをやったことがない僕がグラフィティを説明するのは大変おこがましくも感じるが、一般的に言われていることを簡単に紹介しようと思う。
グラフィティは、通常のファイン・アート(美術)とは違い、上の写真のように、公共の場で表現するスタイルのことである。
元は、道端の壁や電車の車体、高架下の壁など、街なかで表現をしていて、それが主流だったと思う。
そしてグラフィティの領域では、絵を描いたりして表現することを「Bombする」と言うそうで、上の写真のKAWSは元からの広告ポスターの上に上書きBombをしたと言う事になる。
そんなグラフィティの表現の幅を広げたのが、かの有名なバンクシー。
バンクシーは路上の壁だけでなく、オークションといったアートシーンそのものや、資本主義の象徴であるディズニーランドを「公共の場」ということで解釈を拡張し、表現活動の幅を広げているようだ。
詳しくは、今後の特集記事で写真をつけて紹介するので、とりあえず特徴をまとめてみよう。
●グラフィティの特徴
・権威に争うカルチャー(ただの反抗心ではない)
・落書きでもアートでもない
・ストリート(公共の場)に描くことに意味がある
●グラフィティの主要なアーティスト
・vhils(ヴィールス)
・Invader(インベーダー)
・ジャン=ミシェル・バスキア
・バンクシー
スーパーフラット(2000年代-)
この村上隆さんのスーパーフラットは、なかなかに解釈が難しい概念である。
さて、失敗を恐れずに説明を試みるのだが、
まず、
「日本のオタク文化に代表されるアニメや漫画キャラクターの平面性」と
「江戸時代の伝統的文化における平面性」には、
ある種の共通的な特徴が見受けられる。
つまり、遠近法などの技法があまり使われないかつての伝統的な平面絵画には、現代日本の独特なオタク文化と不思議な類似性を感じてしまうという訳である。
ちなみにアニメのフィギュアなども立体作品ではあるが、ここに含まれるのだという。
こうした日本独自の文化の特徴を示すときに、「スーパーフラット」という言葉が村上隆さんによって使われるようになったようだった。
●スーパーフラットの特徴
・平面的、立体感の無さ
・「オタク文化」と「江戸の伝統文化」に共通するフラット感
(アニメーション、ポップカルチャー、エロポップ、ファインアート、キャラクター文化、平面絵画)
・日本の「ファインアート(美術)」と「ポップアート(大衆文化)」の区別のなさ
デジタル化が急速に進んだ情報化社会では、全ての情報がネットやコンピューターを介して私たちに元に届く。
だからこそ、ある意味では現代の社会って、全てが極端にフラットになった世界とも捉えることができるんじゃないかなとも思ったりもする。
終わりに
尋常な神経では記事を書き終えることができないほど大変であったが、幸い僕の神経が少しバグっていたのか、なんとか書き終えることができた。
この記事が誰かの勉強の一助になることをささやかに願っている。
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