#11 あんた、男としてダサいよ。|マッチングアプリ放浪記

初対面でホテルに誘ってきたクズ男に対して、電話越しの遥はあり得ないほどの優しい声だった。

僕はさっき、渋谷で彼女をホテルに誘って断られたばかりだ。それなのに、世間から忌避されるヤリモク男子に、彼女は丁寧に接してくれた。


「さっきはごめん。すごい遥に失礼なことをしたよ」

正直、緊張から僕の喉は震えていた。喉仏がロボットダンスでも踊っているのかもしれない。

次は、真剣に真面目に彼女と会いたい。ちゃんとデートがしたい。変なことをするつもりは、もはや毛頭ない。そんなことを伝えるために電話をかけた。


「全然謝らなくていいよ、別に詠世くんは悪いことはしてないよ。私と相性が悪かっただけだよ。それで、どうしたの?」

「なんていうか、あ、あの、今度また俺とご飯行きません? 別にもう変なことも要求しないし、そういうことじゃなくて、ただ純粋に遥ともっとちゃんと話したかった」

「うーん、本当に私そういうことしないよ? そもそもそういうことに興味ないし」

「分かってる。全然それでいいんだ。もう普通にガストとか行こう。それで、もう一回、俺といろいろと話そう」

彼女のことをどうしても諦めきれなかった。この気持ちに恋という名前をつけるのを僕は少し躊躇った。理由は分からない。

「うん、分かった。いいよ」

「え、ほんと?! ありがとう」

僕は驚いた。普通にやんわり断られると思っていたからだ。

「今度いつ空いてる?」

「ゼミが結構忙しいから2週間後になっちゃうけど、それでもいい?」

「分かった! じゃあ、その日にしよう」

「もし、気が変わったらドタキャンしていいからね、他の子とうまくいったら、私よりもその子と遊んだ方がいいよ」

「そんなことない」と僕は言った。


そして僕らは電話を切った。僕は喜びと戸惑いを感じながら、青黒く濁った23時の空を眺めた。赤茶けた雑居ビルの隙間から、朧げな半月が見えた。最高の空だった。



それから僕は彼女とのLINEを続けていた。なるべく素の自分で彼女とは接することにしていた。絵文字も最低限。低いテンションの文体。でもたまに謎のスタンプを送る。それがいつもの僕だった。

遥も自然と僕とのLINEを続けてくれた。でもどこかでずっと、彼女は僕のことを疑っていたし、男としてダサいと思っていたのだろう。

こんなくだらない会話をしていた。



〈今日ね、私ゼミで発表したんだけど、めっちゃ先生にディスられた〉

〈遥をディスるような奴はきっと嫌な奴だよ〉

〈詠世くん、私に甘々すぎ笑〉

〈いや、遥の発表が悪いわけがない〉


〈詠世くん、今日は何してたの? 「T」でまた新しい女の子に会いましたかね、、?〉

〈さあ。会ってると思う?〉

〈思う🤤〉

〈何その顔文字〉

〈呆れの感情〉


〈なんか最近、海を見に行きたい気分だよ〉遥が急にLINEでそう呟いた。

〈じゃあ今度鎌倉に行こう〉

〈いいのですか・・・!!〉



遥は驚きながらも嬉しそうにしていた。と思う。そう願いたい。そして遥は2週間、なぜか僕とのLINEを途切らせなかった。

彼女の学校も、家も、最寄り駅でさえも知らない。もし遥が僕との縁を切ろうとすれば、それは簡単にできることのはずだった。僕らは一回渋谷で飲んだだけの赤の他人だったから。


そんな不安と束の間の幸せが交互に入り混じるような日々を過ごしていたとき、久々に凛花から連絡が来た。凛花ってのは、僕が最初に会った女の子だ。


凛花は「ひま」とだけLINEをよこした。その日、僕と凛花は電話をした。


「久しぶり〜、詠世、クズ男としての調子はどう?」

「そのクズ男ってのをやめろ笑」

「え〜、だってそうじゃん。少なくとも私にとって、詠世はクズ男だよ」

「はいはい、そうだね」

「ねえ、また今度・・・いく?」


・・・・・・正直迷った。凛花は魅惑的だ。だが、今の僕には、遥がいて、別に好き、、ってわけじゃないし、彼女でもないけれど、やっぱりどうしても他の子と会うのは気が引けた。


「いや、やめとくよ」

「え〜、なんで? もしかして好きな人でもできちゃった感じ?」

「・・・・・・」

「・・・ガチ?」

「一回ホテルに誘った子がいて、その子に断られたんだよね」

「あら。それでその子のこと好きになっちゃったの?」

「いや、それは分からないけど」

「はあ。なんか詠世って、そういうところダサいよ」

「あのね、好きなら好きって言いなよ。どうせ、好きって言っちゃったら身動き取りづらくなるとか、卑怯でダサいこと考えてるんでしょ。そんなんだからホテル打診を断られるのよ」

「俺って、ダサいのかな」

「うん、結構ダサいよ。まあ、そんな男と寝た私も人のことを言えないんだけどね笑」

凛花はそう言うと、「じゃあ私はもっと良いクズ男を見つけますねっ」とわびしく戯けてから、おやすみと電話を切った。


僕はダサいと言われ、深く傷ついた。傷つくのもまたさらにダサいのだが、自分がやってきたことに疑いを持った。

僕がやってきたことは、ダサいことだったのかもしれない。女の子と軽薄な関係のみを望み、面倒なことからは逃げる。それでいて、好きになっちゃた子に好きともいえず、曖昧な関係を保っている。

男としてダサすぎた。

僕はその1週間、自分の行いを悔いた。



来たる11月の終わり、僕と遥は鎌倉で再開することになる。僕は自分を変えるんだ。いや、もとの自分に戻るんだ。地味で、無口で、簡単に女の子を褒めたりできない、ましてや口説くことなんてできない、そんな以前の、本来の僕に戻るんだ。

もうダサいことなんてしたくない。遥に気持ちを伝えよう。

「遥といると、不思議とありのままの自分を好きになれる」

そう伝えよう。


七里ヶ浜で海をみよう。はやく彼女の顔がみたい。

僕は恋をしていた。

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