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川上未映子『黄色い家』

勧めてもらった本を読んで、20分で思いつきの感想文を書く遊びをしている。
今日は川上未映子の『黄色い家』を読んで。

高校生の頃、たまたま定期テストの成績でポンと学年上位に入ったことがあった。とくに意識したわけでもなかったので、そのときは本当に偶然。何かが上手くいったのだと思う。

しかしそこから、周りの人からの態度がちょっとだけ変わった。

担任の先生から志望校や志望学部の話をよくされるようになったし、クラスの人間からはすごいねと褒められ勉強について色々聞かれるようになった。どちらかというと存在感の薄い生徒だった自分としては、周りの反応の変化が素直に嬉しかった。当然、以後は積極的に勉強を頑張るようになる。

頑張ったら、もちろん成績はより上がる。模試や定期テストの結果を聞かされるとき、クラス内で「すげ〜」と言われるくらいになった。授業でわからなかったところを教えてほしい。どうやって勉強してる? 色々話しかけてもらえるようにもなり、「頭いい人」のポジションを獲得することができていた。地方の公立高校である。ちょっと成績がよければ目立つし、憧れてももらえる。自分が何者なのかわからずに悩む思春期に、「頭いい人」というポジションをとれたことで、周りから肯定してもらえるような気持ちだったのだと思う。

ただし。一度手に入ったポジションというのは、手放せない。成績が落ちるのが、なによりこわくなる。元々偶然校内のテストで上位に入ったというだけのこと。本来の能力なんて努力したところで、知れているのである。…なんだけど、当時はそれを認めてしまったら全部終わりな気がしていたのでとりあえず見ないふりをして闇雲に勉強をした。

娯楽を減らす。交友関係を絞る。睡眠時間すら削る。最後は食事する時間すら惜しむくらい、とにかく空けられるだけの時間を勉強時間へあてるようになった。

毎日これくらい勉強したい、こういう成果を出したいと、ガチガチに決めているので、少しでも思ったとおりにならないとイライラする生活である。


そして、だんだん周りの人間にもイライラし始めた。曲がりなりにも進学校を謳う学校で、勉強をする気もなくヘラヘラしている(ように当時は見えた)同級生のことが許せなくなった。

勉強なんて、もっともわかりやすい「やれば成果が出る」ことのひとつである。なのになんでみんなやらないの? と思っていた。


(正直、こんなことを思っていた自分を書きながら思い出してきて今相当恥ずかしい。恥ずかしいけど後悔するのは人生において要る作業だと思うので書いておこう。っていうか20分で書く予定だったのに20分を超えてきた。どうしよう)


そして「頭いいね」と言われるのが何より嫌だった。

頭いいって何?

生まれたときから自動的にできたみたいに言わないでほしい。私はみんなが何も考えずダラダラしている時間を諦めて、努力して、成績をあげたのに。と、思っていた。お前らもやれよ、やればできることをやってないのになんでヘラヘラしてられるの?って、そういう感じだった。

それで「どうやって勉強してるか教えて」って、いやホントありえないでしょってなってた。そんなんで私に頼って来ないでよ。


『黄色い家』は、居場所のない人の話だと思った。主人公のはなは、かつて働いていたスナック「れもん」を再開するために、みんなと共同生活する黄色い家を守るために、だんだん同居人たちを巻き込んで犯罪に手を出すようになる。カード詐欺とか。今で言う「闇バイト」とかに近い。

新しい家を契約したり、詐欺の計画を立てたりする中で、周りから頼られて安心していたはな。次第に言うことを聞くだけで自発的でなかったり、何も考えずヘラヘラして過ごしていたりする同居人に嫌悪感を抱き、見下して、最後は自分のルールに従うよう支配的になっていく。


「黄色い家」の帯には、「お金が金を狂わせる」的なことが書いてあったけれど、個人的にはお金に狂った人の話にはあまり思えなかった。むしろ自分と重ねたし、重ねたのは「居場所がなくなると思うと不安に耐えられず狂う」みたいな点だった気がする。

元々はなのほしかった居場所は、みんなと運営するスナックのれもんでありみんなと暮らす黄色い家だったはずだけど、だんだんみんなの生活を運営する頼りになる存在とか、お金を稼ぐ手段を計画できる人としてのポジションが居場所になっていったんじゃないか。

居場所がなくなるのはこわい。だから犯罪をしてでもその場所を守りたいし、思い通りにならない周りは見下したり支配したくなる。

何か対象がある依存ってそれを断てばいいんだろうけど(アルコールやギャンブルなどのモノだったり、人だったり。いやそれを断つこと自体がムズいんじゃいっていう話はわかる。断てばいいとかあんま簡単に言ってはいけない)、居場所への依存は「自分はこうあれるはず」「自分はこういうあり方」って自分で自分に依存している状態に近いのでなかなか抜け出せなかったりするんすよね。それやめるって自分に期待しないことと近かったりするしさ〜。


そういう点で、「頭いい人」という理想の居場所から降りられなかった自分をすごく思い出したんですよねこの本。

ちなみに大人になると当時のことは結構すっぽり忘れていて、何かの拍子に思い出して突然嫌な気持ちになることはあるが総じて、何だったんだろうなアレ、という気持ちにしかならない。

高校時代の知り合いと連絡をとることはないし、日常生活で思い出すこともない。そして今、自分の居場所やポジションにも、正直そんなにこだわりがない。




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