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Aldebaran・Daughter【閑話】夜に陽を捜す
【注意書き】
ちょっぴり甘め、ちょっぴり性的な視点を含んでます。苦手な方はUターンしてくださいませ。
本編の裏話ですので、読まなくても支障はありません。
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某日の夕方、オリキスは村長の家に招かれ、手渡された民族衣装に着替えた。軽装という面では、此処での普段着と同じ。
違いがあるとすれば二点。
白い生地に、鳥と植物の華美な刺繍が施されている所。
明るい紫色で染めた布を腰に巻く所。
同じ衣装に着替え終えたバルーガは、水色の組紐と艶のある色とりどりの宝石で作った首飾りをオリキスに手渡す。
「主役の証だとよ」
二人は今夜、集落の広場で開催する祝宴に呼ばれていた。
バーカーウェンには他国のような建国パーティーもなければ、豊穣祭もない。
結婚祝い、出産祝い、移住歓迎、それと期間限定の滞在者が来たときだけ盛大に祝う。
***
広場へ着くと村長に呼ばれ、地面の上に並んでいる一人掛け用の高座椅子へ座る。ほかにも席はたくさんあったが、主役の席は背凭れに、手織りの布をかけてあるんだと説明された。
「お兄ちゃん、王様みたい」
バルーガの妹アンズが、オリキスを誉めた。
「王様だったらどうする?」
オリキスは小さな笑みを浮かべて尋ねる。
「えー?だってお料理、作れないでしょ?」
そういう問題なのかと、後ろの席に座っている老人たちも一緒になって笑う。
オリキスは、
「目玉焼きとサラダは作り慣れてきたよ」
と、優しい声で返した。
しかし、アンズは厳しい。
「オムレッツくらいはできなきゃ」
「味付けしたご飯を、薄焼き卵で包むあれか」
(以前エリカ殿が、トマトと香辛料を入れて煮詰めた物を使い、顔を書いていたな)と、オリキスは自分の顎を右手で緩く掴んで視線を落とし、思い出す。
「オムレッツは高度な技術を要する。いまの僕では無理だ」
「お兄ちゃん、何事も練習しなきゃ上達しないのよ?」
「エリカに『食材を無駄にする天才』だと酷評されててね。レベルを上げてから挑むよ」
アンズと周りに居る島民たちは、笑い声をあげた。
*
島民たちが薪を積み上げた物に火を点けると大きな炎になり、周囲を明るく照らす。
村長、バルーガ、オリキスの順に挨拶が終わると、民族衣装に着替えた男女がバーカーウェンに昔から伝わる水鳥の舞を披露。そのあいだ、主役と参加者たちは、運ばれてくる美味しい料理やお酒をいただく。
「?エリカ殿は来てないのか」
前を見ても、横を見ても、視界に姿が入らない。楽しいことは好きそうなのに。
後ろを通りかかったバルーガの母親が言う。
「誘ったんだけど、二人とは頻繁に会っているからって」
確かに、顔を合わさない日は珍しい。
会わない時間も欲しいのだろうか?
「…………」
オリキスは不思議と物足りなさを感じ、キリが良いところで皆にお礼を言い、抜け出した。
島民たちは(嫁・の所か)(早く結婚しないかな)と、微笑みながら手を振る。エリカを狙っていた青年たちは、畜生、と、涙を飲んだ。
オリキスは着替えを終えたら自宅へある物を取りに戻り、ランタンを提げてキララの森へ向かう。時折り、急ぎ足になりながら。
やがて、家が見えてきた。窓からは明かりが漏れている。まだ起きていた。
コンコン……
強くもなければ弱くもない力で、ドアをノックする。
「はーい」
返事があった。明るい声だ。
ドアを開けた彼女は半袖のワンピース姿で現れ、オリキスを見て驚く。
「あれ?今日、宴に参加してるはずじゃ……」
「行って来たよ」
オリキスは、大きさが指先から肘まである、黒い硝子瓶を見せた。
「君と飲みたくてね。バルーガに教わって作ったジュースだ」
「…………。わかりました、なかへどうぞ。カップを用意しますね」
エリカは「別に今日でなくてもいいのに」と言わず、にこっと笑って受け入れる。
「迷惑かい?」
「え?」
台所へ行こうと背中を見せたエリカは立ち止まり、驚いた顔で振り返る。
「頻繁に会ってることだよ」
「宴にまで出て行ったら、嫌な顔されちゃうかなって。私が思っただけです」
「……僕の勘違いなら、いいんだけどね」
エリカは(らしくない雰囲気だ)と思ってオリキスに近付き、距離を詰めて鎖骨の辺りをくん、と、鼻を動かして嗅ぐ。
「お酒の匂いがする」
彼女は一歩後退して見上げた。
「苦手だったかい?」
「いいえ、好きなほうです」
エリカは、ふふ、と笑って台所へ行き、棚からカップを二つ持って来る。
「だったら、来れば良かったのに」
ドアを閉めたオリキスも台所へ移動。自分で椅子を引いて座り、栓を抜いて瓶を傾け、こぽこぽこぽと音を立てながらカップへ注ぐ。
「酔っ払って寝ちゃったら困りますもん」
「そうなったら、僕が連れて帰るよ」
「二人揃ってバルーンに怒られます」
「彼は、君の恋人ではないだろう?」
「永遠に有り得ないですね」
「僕とだったらいいかい?」
「はいはい。では、乾杯」
酔った勢いでふざけて言ったとわかっているエリカは向かい側の席へ座りながら軽くあしらい、カップを突き合わせてから一口飲み、うん、と頷く。
「美味しくできてます」
「教える人が上手いから」
途中、エリカは(ん?)と思い、もう一口飲んで確認する。
「……これ、お酒入ってる?」
「そんなはずはないが?」
「じゃあ、発酵してお酒になっちゃったのね。度数、高そう」
「大丈夫かい?」
「はい。まだなんとか」
エリカはカップを両手で持ち、一度にたくさん口へ含まないよう、慎重にちびちび飲む。
……段々、ほんのり熱を帯びて赤らむ頬。
濡れる紫色の瞳。
特にオリキスが注目したのは、カップの端に当てた唇だ。じっくり観察したい気分になる。
「……」
注いで貰った元・ジュースを半分飲めたところでエリカは視線に気付き、目を合わせる。
「……」
「……」
お互い無言だが、それを気まずく感じない。何を考えているのだろう?とは思う。
にしても、宴に参加したあと、わざわざ飲み物を持って来る理由とは何か。
(ぁ。)
「オリキスさん」
「何だい?」
エリカはカップをテーブルの上に置き、膝の上に両手を乗せて笑いかける。
「私からもお祝いを。改めて、島にようこそっ。来てくれて有難うございます」
ほかの人より一緒に過ごす時間が多い人間からの祝い言葉を、彼は欲しかったのではないかと思った。
当たりなら、自分があの場に参加していれば、楽しい時間を島民たちと長く共有できたはず。失態だと、エリカは心のなかで反省した。
「両思いだね」
オリキスは小さな笑みを浮かべ、飲みかけのカップを置いて立ち上がり、エリカに近付くと手のひらを上に、右手を差し出す。
「?」
頭の回転が鈍くなっているエリカはよくわからないまま左手を乗せて握り返し、立ち上がったが、ふらついた。
「わ、」
オリキスの空いてるほうの手が咄嗟に右腕を掴んでくれたおかげで、椅子やテーブルにぶつからずに済んだ。
「危なかったね」
「有難うございます」
手が熱い。
「ベッドまで運ぼう。失礼」
オリキスは手を離し、すぐにエリカをお姫様抱っこして寝室へ連れて行く。
「同じ時間軸に生きてて良かったです」
「着替えなくて大丈夫かい?」
「既に寝間着です」
寝室へ入り、ベッドに近付く。
男に抱き上げられて、布越しに体を触らせ。
ワンピースの丈が膝上のせいで、奥が見えそうで見えない姿。
無防備さにオリキスは呆れた。
そろっと降ろしながら唇を重ねてみる。
お酒を飲んで酔っているからか、抵抗されなかった。
枕の上に頭を静かに乗せて唇を離す。
「……悪い騎士様ですね。めっ、ですよ?」
エリカは屈託のない笑顔を浮かべ、オリキスの鼻先を右手の中指で軽くむにむにと押す。
照れはなく拒絶もされない。
オリキスは何も思われていないことに安心と、微かな退屈を覚える。
「もっと悪いことしてみるかい?」
「しません」
右手の人差し指の、第一関節まで彼女の口に含ませる。舌を弱い力で押すと簡単に開き、男を誘ってるような顔になった。
「つれないね」
オリキスとしては、酔った勢いなんて面白くないと思った。
指を抜く。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
薄掛けの布団を被せ、部屋から出て行く。
台所の明かりに息を吹きかけて消したら、瓶とランタンを手に家から出た。
夜風に当たり、冷えた頭で一体何をしに来たのか考える。
顔を見て終わったような。
(……まぁいい)
来るときと違い、足取りは穏やかになっていた。
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