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【エッセイ】王子さまはロンドンを出発

思えば人形を欲しがったことがない。ぬいぐるみも然り。いわゆる「可愛い」に萌えない子だった。けれどドールハウスには興味があった。住む人ではなく、住む場所。

ちょうど学校で展開図を習った頃、それはなんとも魅力的なツールとなる。バスタブにもベッドにもテーブルにも椅子にも。夢中で作った。

母の化粧ポーチからコットンを拝借し、白いままをベッドマットやピロー、クッションに。絵の具を薄めて塗ったものは、窓に貼り付け乾いて落ちてきたら丁寧にほぐしてブランケットに。

部屋作りは異様に楽しかった。今の私が人形のいないドールハウスにどっぷり浸かっているのはその辺りが始まりのような気がする。(ドールハウスの中に推しのフィギュアを座らせてしまった話はまたいつか)

そんな私が数年前に初めて人形を買った(私のアイコン)。構想中の長編の参考資料として。気軽なオークションサイトで落としたのは1890年代ドイツのチャイナヘッドドール。肩から上と手足が釉薬の掛かった磁器でボディは木屑を詰めたリネン製。

値段はピンキリなので無理のない程度に的を絞る。そうするとセンター分けの黒カールがひしめいた。でも青い瞳が印象的な顔は一点一点違っていたので、そこは丁寧に選ぶ。

そうしてやってきた彼女をブランカと名付けた。細かなギャザーが美しいアンダースカートを履いていたもののドレスはなかったから、まずはドールドレスの型紙を取り寄せる。

家人に頼まれて、撮影用のフィギュアにフェルトでなんちゃってコスチュームを作ったことはあるが、本格的なものは初めて。作り慣れた自分のワンピースとは違う細かな作業はなかなか大変だったけど楽しかった。布を選び、2着3着と作った。勢いがついて、紙紐をぐるぐる巻いて麦わら帽子、ドレスとお揃いの布でボンネットも作った。アンティークな彼女には正統派の装いが似合う。

それからふと、友達も作らなくてはと思った。ぬいぐるみの友達だ。妹や親友や、私の周りにはテディベアを作る人が多いが、私は作ったことがない。しかしここは頑張るべきだと、なぜかそう強く思った。

ラッキーなことに、馴染みの手芸用品店にミニチュアのぬいぐるみ3種(イヌ/ウサギ/クマ)がセットになった型紙があった。大事にとってあるリバティプリントのハギレで作れば可愛いだろう。とここまでは順調だった。しかしその直後に何かがあって(思い出せない)それ以降全く手付かず。

ミシンを出す時間がないのは本当。ミシン用にスペースを作れば(布を広げれば)もれなくうちの猫様がついてくるという素敵すぎるおまけのせいとも言える。けれどやはり放置はいただけない。来年こそはと拳を握ったところで、どれにするか決められなかったことを思い出す。……ブランカはドイツ生まれだからやっぱりクマかな……。

と、そんな中でやってしまった。魔が差した? 化けの皮が剥がれた? いや目覚めた? ホリデーシーズンのギフト物色中、それは全くの想定外だった。私はそのサイトで紅茶やクリスマスオーナメントを見ていたはずだ。それなのになぜ……。

それは”ロイヤルツイン”、ネズミのプリンスとプリンセスの小さなぬいぐるみだった。色がすごくよかった。可愛らしすぎない感じも。自分がぬいぐるみにときめいていることに驚かされつつもその衝動が止められない。

しかし残念なことに在庫切れ。時期が時期だから仕方ない。けれどどうしても諦めきれず、同じメーカー(Maileg)から何か出ていないか(残っていないか)と探したところ、プリンス単体があった。ツインのプリンスとは洋服が違う。微妙に年齢も違うような気がする。そしてそちらの方が好みだった。これはもう、本能のまま突き進むしかないと思った。あとは単体で新しいプリンセスが出ることを願うばかりだ。

2匹のネズミはイギリスでは結婚式の定番、ウェディングマイスと呼ばれている。夢が叶った感満載のアイテム。本来の目的とは異なるが、私はどうやらそこに夢を見たようだ。ブルーとブラウンの素敵な彼が、いつか私を憧れの地に導いてくれる夢だ。もはやこれは、愛玩物としてのぬいぐるみと言うより、お守りとしての何かと言ったほうがいいような気がする。

それに私は小さい頃からネズミ派(のばらの村のものがたりやミスビアンカシリーズが好き、なんなら大人になってからデスペローにハマった)だから、今この歳でまさかのぬいぐるみデビューなんて言う酔狂な展開も、プリンスを前にすると感慨深いものとなった。開き直りもここまで潔ければ清々しい。

もちろん彼の名はプリンス オブ ウェールズ(皇太子の称号であることはさておき)一択だ。『よ〜し、今度プリンセスを買うのはピカデリー本店!』と鼻息荒く心に誓った。その他クリスマスギフトとともに、ロンドンから「私の王子さま」が到着する日を指折り数えて待っていよう。

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