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CommunityHospital@シンガポール見学記②(ソーシャルな機能を有す2つのCommunityHospital)

C&CH協会、同善病院の小笠原雅彦医師が2024年1月にシンガポールのCommunity Hospital見学記の第2回。前回はシンガポールの医療にまつわる背景について紹介しました。今回はいよいよ本題であるシンガポールのCommunityHospital見学レポートです。

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204床のCommunity Hospital(St. Lukes Hospital)

見学した1つ目のCommunity HospitalがSt. Lukes Hospital(以下、SLH)です。(日本語訳すると聖路加病院ですが、おそらく日本の聖路加国際病院とは関係ありません。)
この病院は204床のCommunity Hospitalです。基本的にシンガポールのCommunity Hospitalは1病棟あたりの患者が少なめで、この病院には10病棟あり1病棟24人くらいです。そのうち7病棟が地域包括ケア病床機能を有する病床で、他に認知症病棟と外傷病棟(主に褥瘡)と緩和ケア病棟があり、リハビリテーションはすべての病棟の強化領域として行われています。
https://www.slh.org.sg/services-and-facilities/inpatient-services-facilities/

https://www.slh.org.sg/services-and-facilities/inpatient-services-facilities/


このSLHという病院の起源は1996年、約30年前にhospital for eldrly people(老人向け病院)としてスタートした病院です。病院全体の収入の内訳は入院75%、外来6%、キリスト教系の病院なので寄付が15%、政府からの出資が5%程度となっています。この政府出資は、Community Hospital Providerと呼ばれる人財育成のための資金でもあり、90%は政府(Agency of Integrated Care:AIC)が出資しているため各病院は10%の負担で人材育成を行っています。
政府からの資金が入っていることもあって、病院内はかなり綺麗な環境となっています。また、詳しくは後述しますが事務方やソーシャルワーカーなどの専門職はかなり潤沢な体制となっているのですが、これは必要な人員体制に応じて医療費を設定できる自由診療だからなし得る体制と言えるでしょう。

SLHの「外来」は家庭医療

SLHの「外来」は家庭医療が中心です。診察室が10室あるのですが、見学時点では3診までしか使っていませんでした。完全予約制で、患者さんを包括的に診ることもあって初診40分、再診20分という相当ゆっくりしたイギリスのGPクリニックと似たような診療時間での外来診療になっていました。
さらに外来内には、リハビリテーション未満の元気な方を対象にしたフィットネスジムのような場所もあって、スポーツ医学関連の専門職のスタッフが指導してくれるような環境もありました。ただ、利用料は高めで1回45分で15$(約1,500円)。良いサービスではあるものの、元の医療が高くて健康にお金をかける意識のあるシンガポールだからできていることであって、自己負担の少ない日本の保険診療に慣れている患者さんが自費で払ってくれるかと考えると難しいのではないかと思いました。日本でこのような自費による予防サービスはなかなか普及しないのは、このような背景も起因しているのだと感じました。


シンガポールの医療ITの先進性

ITについては、シンガポールはかなり進んでいて、日本が長年目指しているPHR(Personal Health Record)をすでに実現しています。NEHR(National Electric Health Record)が政府主導で管理され、各医療機関はそこに自由にアクセスができていて、検査結果、治療内容、入院歴などが1日ごとに記録されています。ただし情報は玉石混交のため、検索は難しく、こまめにサマリーを更新するのが肝のことでした。システムにはまだAIは搭載されていませんが、今後、患者情報をサマライズし、再入院リスクを予測するといったシステムも開発中のことでした。

Community Hospitalの理念と行動指針の浸透

SLHを見学した日にたまたま3ヶ月に一度の病院内での職員向けのセレモニー(SLHセレモニー)があり、新入職者のビデオ紹介から始まって、SLH理念の実践者を表彰するといった内容になっていました。
セレモニー自体は、スタッフからの院長に対する信頼の厚さを感じさせられるとても和やかな雰囲気で、スタッフがActiveに参加しているのが印象的でした。①MVP(すぐれた教育者・メンター)、②行動理念に沿ったベストスタッフ、③MVPチームの表彰など、延々と約30人くらいが表彰されて、皆からの称賛と副賞(5,000円程度)をもらっていました。セレモニーの最後はSLH理念の再確認をして、次の3ヶ月間の取り組みを発表してセレモニーは終了です。強制的ではなく、理念を浸透させるための上手な手法だと参加しながら感心していました。


健康な人向けのプログラム(AAC)

次にActive Aging Center(AAC)です。これは60歳以上の方でデイサービス未満のもっと健康な人向けのプログラムです。月に26$(3000円)くらい会費を支払ってメンバーとなり、このAACのプログラムに参加しています。各種のプログラム(ビンゴやボードゲーム)や遠足、交通安全の啓発活動のような講演が週3回のペースで開催されているようですが、プログラムが「楽しいこと」が重要であるようです。
参加者には介護度の高い方もいますが、概ね自立している健康な方が参加していて、国の政策の一環で行われていることもあって補助金がついているようです。住民向けのプログラムではあるものの、まだ地域からの紹介者が多いわけではなく、病院の退院患者さんが登録される割合が高いようです。
いずれにしても、孤独だったり、社会的な活動性が下がりそうな人にとっては、このような参加できる場所が増えるという動きがあることは良いことだと思いました。


日本にはない「Care Coordinator」という職種

SLH病院内にあるHome Visiting(訪問診療)部門を見学した際に印象的だった内容を紹介します。
病院内にはCare Coordinator(CC)というMSWとは別の職種が存在します。SLHの240床病院に10人以上のMSWと10人以上のCCが配置されているという想像を絶する手厚さです。この手厚い体制の理由のひとつは、介護保険制度のようなものが無いが故に、地域側にケアマネージャーといった職種が存在せず、地域包括支援センター的な機能も弱いために、病院内で自宅に帰ってからのサービス調整を行う必要があるからだと思われます。SLHではこのCCの役割は主に退院後の支援、再入院の予防です。退院後の1~2ヶ月間の移行期をサポートするために、標準的には退院後3日目に電話、10日後に訪問、24日後に再度電話で状態確認をするというのが標準的なフォローの形であるようです。また、必要に応じてメンタルヘルスのサポートも行うとのことです。このような支援の形は、わたしたち日本のコミュニティホスピタルでも、しっかり在宅移行を支援する人的体制を整えて取組むべきことだと感じました。
また、このCCやMSWと看護師やセラピストとの機能分業が進んでいることで、看護師は看護業務、セラピストはセラピスト業務に集中できているようでした。

2つ目の見学先Outram Community Hospital(SCH)

2つ目に見学した病院が、シンガポールの巨大医療グループが展開するOutram Community Hospital(SCH)というCommunity Hospitalです。
https://www.singhealth.com.sg/SCH/our-hospitals/outram-community-hospital/about-och


ここでもCare Coordinator(CC)という職種が配置されているのですが、この病院でのCCの役割は、病院の中で地域活動的なアクティビティに患者さんが参加できるように様々な支援をする役割を担っていました。この病院では、病棟単位で毎日何かしらのイベントが開催されていて、社会活動に参加した方が良い患者さんや日中活動量を増やした方が良いような患者さんに対してCCが中心になって参加を支援していました。
こちらの活動の基本概念にあるのが、コミュニティに繋がることが健康に寄与するという「社会的処方」で、この取組みはシンガポールでも注目されています。更にこの社会的処方を枠組みとして作っていくために、この病院ではCCになるための教育カリキュラムを開発していました。実際、32年間日系の金融機関で務めつつ、Well-beingに関心をもって土日にボランティア活動に従事し、退職後にCCになるために6ヶ月のプログラムに参加して病院で働いているような方にもお会いしました。

病棟で行われるSocial Round

これに関連する取り組みとして興味深かったのがSCHの病棟で行われているSocial Roundです。
日本の病院でも行われている診療面の病棟ラウンドは週に一回行われているのですが、それに加えてSocial Roundというものも週一回行っています。このラウンドはCCが中心になって行われていて、MSWや医師・看護師など参加できる人達も参加するのですが、患者さんの社会生活の話に特化したラウンドになっています。つまり診療的な話題ではなく、っ例えば「独居で孤立しそうな場合にどうするか」などを話し合うことになります。通常、病棟内で行われるカンファレンスは診療面の課題とソーシャルな課題を混同しながら話をしがちですが、テーマと中心となる職種を分けて話し合うことで、それぞれのテーマでより質の高い話し合いが、多くの人の時間を拘束せずにできるという面ではとても参考になり、日本のコミュニティホスピタルとしても活用できる取組みであると感じました。


2回ではシンガポールで見学した2つのCommunityHospitalについてご紹介してきました。次回はまとめとして、もう一つのシンガポールの医療、見学を通じて再確認した方向性と可能性についてご紹介します。

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