悪評であっても、「誰かに認められている」という感覚を捨てることには、相当の勇気が必要だった:『「バズりたい」をやめてみた。』Tehu(張 惺)著【試し読み】
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悪評であっても、「誰かに認められている」という感覚を捨てることには、相当の勇気が必要だった:『「バズりたい」をやめてみた。』Tehu(張 惺)著【試し読み】

世界にiPhoneが登場したばかりの頃、独学でiPhoneアプリを開発し、灘中の「天才IT少年」として一躍メディアで脚光を浴びた「Tehu」こと張 惺(ちょう・さとる)さん。前途洋々の未来が待っているはずが、徐々にその生意気な言動に世間の注目が集まるようになりました。

どんな発言をしても、2ちゃんねる(当時)にスレッドが乱立し、ツイッターには多数の非難が届く。「日本一嫌われている10代」だったTehuさんですが、20代半ばの現在は表舞台から姿を消し、友人たちと立ち上げた会社で様々なプロダクトやサービスの開発に携わっています。

では、あれほど炎上をくり返していたのに、なぜ積極的に発信することをやめたのか? 社会人として充実した毎日を送るなかで、自己承認欲求に取りつかれていた自分を反省し、著したのが『「バズりたい」をやめてみた。』です。

人は誰しも承認欲求を持っています。その扱いについていちどはちゃんと考えたほうがいい。扱いを間違えば、あるいはちょっとしたきっかけで、炎上が起きる。場合によっては執拗に追い詰められることがある。反面教師としてそう訴える内容です。

本記事では『「バズりたい」をやめてみた。』より、「自己承認欲求オバケ」だったTehuさんが生き方を変えようと思った理由と、とはいえ、そう簡単にはいかずに苦労した経験について、抜粋紹介します。


炎上依存症に罹っている。「炎上は禁断の果実」。

では、これだけ(※炎上も含めて注目を浴びることで)得をしていた僕がなぜ炎上を避けたいと思うようになっていったのか。


第一に、あることないことを囁かれ、知らない人から毎日のように誹謗中傷を中傷の言葉を浴びることは、精神衛生上決して好ましいことではなかった。まあ、ハードだった。

そのせいなのか、高校時代から抜け毛に悩まされていた。大学生になってからは、そもそもの過労に加えて、精神的なストレスから体に不調が現れることが増えてきた。


第二に「自分の見せかた」を変えるべきなのではないかと考える大きなきっかけがあった。いろんな友人に、僕の悪評のせいで実害が及ぶようになったのである。僕が「炎上キャラのTehu」でいることによって、そのTehuと友人や知人との関係についてまで、噂話を書き立てられるようになった。

インターネットで何を書かれても仕事に大して影響の出ない僕と、彼らとでは状況が違う。ネットの評判など自分の人生に関係がなかったはずの世界で学生生活を送っている友人にとっては、急にそんなところに引っ張り出されても迷惑なことだ。場合によっては、重大な問題に発展することだってある。学生ならばたとえば、内定取り消しになるなんてこともあるだろうし、噂のせいで病んでしまうかもしれない。

メディアで活躍する異性の友人については、事実無根の「交際疑惑」や「肉体関係」といった情報まで流れることがあった。こんなの立派なハラスメントだ。先方の所属事務所から事実確認の問い合わせまであったりして、対応するだけで大変だった。

僕だけのことならば、どうなろうと自分で対処できる。自己完結でなんとかする。でも、そうはいかなくなってしまった。僕がネットの人たちに、はじめて怒りを覚えた瞬間だった。


僕は友人を大切にしたい。

それなのに、僕のイメージのせいで迷惑をかけている。

こんな生きかたは本末転倒ではないのか?


幸運にも友人や師匠、後輩に恵まれてきた。一生切磋琢磨しあうことになる中高時代の友人たちはもちろん、大学では日本史や人類史に多大な貢献をした偉大な師のもとで学ぶことができた。様々な分野でチャレンジを続ける世代の近い仲間にも恵まれた。

そんな大切な人たちが、僕の炎上の副作用で毒されていくのは間違いなく人生でいちばんつらいことだった。

ネットでお騒がせな僕のイメージ、炎上キャラの僕。そういうものが、もしも僕のキャラクター、悪目立ちする僕の生意気な言動、ひいては「半径1000キロメートル」からの視線を知ってはいながらもそのままの態度を貫いたことによってもたらされたものだとしたら、いままでのスタンスはもはや通用しないのではないか? そんな思いが増していった。

知らない誰かに噂をされるより、身近な人ともっと実のあるコミュニケーションを取りたい。

「半径1000キロメートル」で(悪い意味で)承認されるより、「半径
10メートル」で認められたい。

みんなの役に立ちたい。

「半径1000キロメートル」にいる人たちに注目されて生きていくことは、想像以上に負担が大きかった。しかし同時に、想像以上に僕自身の承認欲求を満たしてもいた。


過激な発言をする。

炎上し、憎悪される。

僕はどこかで、そのことに満たされていたに違いない。

僕は知らぬ間に「炎上に依存」していたのだ。


炎上体質から脱却しようと思ったことは数知れなかった。しかし、そんな思いはすぐに日々のなかでかき消されていった。

けれども目の前にいる友人たちのリアルな姿を意識したとき、ようやく自分自身が変わらなければならないと思い知らされたのだ。


メディアが期待するTehuに、僕が応えられなくなったとき。

この時期は、徐々にインターネットでの活動を減らしてはいたが、依頼されたメディアへの出演などはまだ断っていなかった。しかし、自分の姿や立ち位置について見直すようになるほど、「世間から求められるイメージ」と、「本当の自分」あるいは「本当になりたい自分」とのギャップに、苦しむようになった。


求められる姿を演じることで、世間に受け入れられる、認めてもらえるという安心感もまだ忘れられなかった。だから、自分自身と向き合うプロセスは一進一退の攻防となった。


民放のバラエティ番組の特集で僕が取り上げられたことがあった。番組スタッフと知り合いだった先輩を経由しての依頼だったから、二つ返事で出演を快諾した。

目黒のカフェで行われた打ち合わせでは、「Tehuさんの仕事や社会への思いを視聴者に伝えたい」と伝えられた。1週間もの時間をかけて密着取材していただいた。

しかし、撮影がはじまると、たびたび違和感を覚えることがあった。たとえば、恋愛経験の話、人脈の話、お金の話などだ。

どれも、事前に話し合ったコンセプトとは違うと感じた。僕は日本に上陸した直後からUberをよく使っていた。そのことを「黒塗りの高級車でお出迎え」と紹介したいとも言われた。

本当ならば、放送を待つまでもなく、疑問をぶつけるチャンスは多々あった。たぶんそうするべきだった。でも、僕はそこで何かを言い出すことを極端に恐れていた。

もし扱いが不当でも、どんな姿であれ視聴者の視界に入って「認められる」だけマシなのではないか? 視聴者の期待(それが仮に好奇の目であっても)に応えられずに「認められない」なんて、それはあり得ない「恥」なのではないか。

この頃の僕はまだ、「認められない」ことに底知れぬ恐ろしさを感じていたのだ。

予想通り、放送された番組では、かなりのテレビバラエティ的な悪意で編集された僕の映像が流れ続けた。もちろん、編集は番組を面白く成立させるための加工なので、このことを責めるつもりはない。でも、悲しかった。

いまでもこの番組で僕が発した名言(?)は、キャプチャ画像となってインターネットの世界をぷかぷか漂流している。


ある討論系のテレビ番組に論客として出演することを打診されたときには、打ち合わせで担当ディレクターとの話が想像以上に盛り上がった。この議論をテレビでできるならば、と出演させてもらうことにした。しかしきっと、番組制作のなかでいろんな葛藤や、人間関係があったのだろう。最終的に提示された台本は、打ち合わせのときの話とはまるで違うものになっていた。「炎上男」としてのぶっちゃけトークや、さらなる挑発的な発言を僕に期待しているのが丸見えだった。

さすがに、一気にテンションが下がって、収録当日はいくら話を振られても無難なことしか言えなくなってしまった。


あまりに僕の発言のとれ高が少ないからか、収録の後半では頻繁にMCに対して「Tehuさんに話振って!」というカンペが示されていた。

それでも僕は、波風の立たない個人的な弱い意見を述べ、他の出演者の斬新な視点に愛想笑いをする以外の行動を起こさなかった。


ヒールでも視聴者に認められたほうがマシ。そんな、自分の中の歪んだ承認欲求が溢れ出す前に、早く終わって欲しい……。

長く感じられた収録がやっと終わった。


「ありがとうございました。とても面白かったです!」


担当ディレクターはそう言ってくれた。でも僕はわかっていた。きっともう呼ばれることはないだろう。


僕は求められているTehuを演じ切ることができなかったのだ。



それから4年以上が経つが、実際その局からは声がかかっていない。キャスティングしてくださったディレクターは収録後に怒られたかもしれない。申し訳ないことをしたと思う。でも、自分を守るにはこうするしかなかったのだ。


ある日突然、自分の中身を総入れ替えすることなんてできない。だから絶え間なく自分自身と会話し、自分の奥底に眠る深層心理を見つめるしかない。そうして外の世界の厳しさに怯えながらも、少しずつ殻を破っていく必要があるのだ。


「変わらないままでも、受け入れられ続ける」というコンフォタブルゾーンが目の前にある状況で、進化しようとすることはとても難しい。僕は、ヒール役、炎上男、あるいは「嫌われ者」として知らない人たちに受け入れられてきた。居心地が悪いはずなのに、それがコンフォタブルゾーンになっていたのだ。


悪評であっても、「誰かに認められている」という感覚を捨てることには、相当の勇気が必要だったのだ。それってまるで、「言葉や行動でいじめられているほうが、全員に無視されるよりはマシ」というようなことだ。


僕は葛藤を続けた。

いや、いまでも葛藤し続けているのかもしれない。

いま、こうやって本を書いている自分がどのくらい殻を破れたのかは、未来の自分にしかわからない。

一日一日を大切に、内省を続けていくしかないのだろう。


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