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〜中学生の私が書いた手記から出てきた言葉〜

人生って怖い。自分は何の為に生きているのか分からない。生きがいを見つけられない。
ただ漠然と…毎日を生きている。
自分を不幸だと言えないけど、普通の、両親が共働きでも2人帰ってきて…家族で食卓を囲み、テレビを見て笑っていたかった。
どこから崩れていったんだろう。当時幼かったから分からない。
両親の殴り合い…喧嘩なんてもんじゃない、それを見た記憶は今でも鮮明にある。
弟は泣いて、私も泣いていた。
“止めようか、でも私もやられる”
せめて、子どもの目の前で殴り合いはやめてほしかった。
最近、父の部屋にて私がいる中、夫婦喧嘩が始まったんだ。母は言った。
「裁判所に行ってやる!」
こういう事を母はよく言う。今回のも嘘だと思った。
今も「家族」が続いている。
壊れた家族、
破魔矢の”家内安全”という文字
妬ましかった。
今のご時世、離婚してほしくはないが、この「家族ごっこ」は疲れた。
かといって、両親の関係が良くなるのは限りなく0%に近いだろう。
母、父、ともに離婚を望んでいる。
母が言っていた。「〇〇っていう名字要らないわ。」と。
〇〇の名字をもつ私は、複雑な気持ちになった。
2人の中立に立っているのはもう、うんざりだ。父、母の性格にも。
学校にも。自分自身にも。
何も要らない、とは言えないけど、臭いけど「愛を感じたい。」

ここにある全ての言葉は中学生の時の手記から出てきた言葉です。
いつも夫婦喧嘩が始まるのは突然なので、毎日ハラハラ・ビクビクしながら過ごしていました。


私なんて流産すれば良かった、って思った。
でも、今からでも死ねるよな。
でも飼ってるインコ達がいるから死ねないな…あと弟。 
気がかりでね。
離婚してくれ。子どもからの願いだ。

親が子どもを殺すのは重罪
子どもが親を殺すのは罪

前者は”だったら産むんじゃねぇ”って思ったから。
後者は”お前がそういう風に育てたんだ”って思ったから。
あ、でも罪は罪ね。

その時、死なずに踏ん張ったのは飼ってたインコと、弟を置いてはいけない気持ちで止まっていたんだと思います。


子どもは親に従順でなければダメ?
嫌われるの?愛されないの?
私の態度ってどうなの?
ついカッとなって口悪くなったけど、貴方達と同じ言葉を使っただけだよ。
出来の悪い子に育ってごめんね。
態度悪くてごめんね。
頭が悪くてごめんね。

謝ってるけど、恨み続けるよ。
もし私が自殺したら、世界を呪う。

“本当の愛” から生まれたかった。

言葉なんて無ければいいのに。
従順で自分の意思はなく、まるでロボットのような存在になれば、愛されますか?
殴られること、覚悟します。

父から脅されたことが何度かありました。
態度が悪いだの、覚悟しとけよ、など。
口答えすると、必ず殴られるのでひっそりとノートに書いては吐き出していました。


もう、誰にも相談なんて出来ないよ。
だってみんなもっと低いレベルのことで悩んでるんだよ。
揃って両親から怒られた後、ハサミが目の前にあったから、
いっそ私なんか消えればいいと思った。
楽だろ?
母さんは「子どもは1人の方が楽だったなぁ」って私の前で私に向かって言うくらいだからな。
「要らないよ」と言ってるようにしか聞こえないよ
私が自殺したら
さぞかし悲しむかね?いや、喜ぶかね?
両親のせいでこうなったって思い知らせたい。
面白いな、それを天から眺めるの。悪くない。
でも、ハサミをあてがった手が震えるんだ。

私は何故ここにいるんだ?何の為にいるんだ?生きているのか?誰の為に生きているのか?必要とされているのか?誰から必要とされているんだ?生きる価値は?これからどうすればいいんだ?私は何者なんだ?どうして生まれてきたんだ?どうしてここにいる?

分からない。生きている意味がないんだろうな。うん、そうだな。
でも、死ぬのも怖いよ。
もっと追い詰められたら、死んじゃおうかな。
もう3時になっちゃうよ、
眠くないけどね。
私はこれからどうしようか…?
私が発狂しないよう、私、頼むよ。
寝るわ、おやすみ。

恐らく幼少期の頃から、私は既にうつ病だったのかもしれません。中学生の書く言葉ではないと自分でも思います。生きている意味を見出せず、でも死ぬ勇気もありませんでした。
中学生時代に書いていた言葉では、原文だと一人称が”俺”になっています。(私に変えてるのは意図的にです。)恐らく解離していて、客観的に見ることで現実から回避していたのだろうと思います。

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