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第十回 CB$ FUN CLUB 回報: By.TAMUCCI

イタリアボローニャの生活#2

ステイ先から歩いてすぐの所に公園があり、その公園の中に小さなサッカー場がある次の日からそこを自分のトレーニング場所にチーム探しが始まった。んだがどうすればいいかわからなかった、1日、2日と時が過ぎ焦りもあったが、生活にも慣れてないので午前中はトレーニング、午後は街を探索そうこうしてる間に
土曜日、午前中トレーニングをし、午後街に繰り出し戻ってくると、いつもと様子が違うコート、沢山の人がそこでサッカーの試合をしていた、見るからにわかる素人だが、誰かとサッカーしたくてしょうがなかった自分は混ぜてもらった。会話も必要ない、プレイで
外国人を自分が外国人なんだけど分からせた始めての瞬間だった。そして、お前やるな明日ジャルディーニマルガリータって公園(ボローニャでは1番有名な公園)で試合があるから来てくれと、
試合という言葉に意気揚々と向かったが、ただの草っ原にマーカーを相手ミニガール作ったサッカーだった。またもや素人だただ嬉しかったし楽しかった誰かとサッカーやれる事が。イタリア人チームと多国籍チームに別れての試合。開始十分で次元の違いをわからせたが、ある程度空気を読んで、ゲームに馴染んでた
勿論圧勝だった、いつもはイタリアチームがいい勝負の末勝つ事が多かったらしく、めちゃくちゃ多国籍は喜んでた。帰ろうとすると、1人のイタリア人が声をかけてきた、今度、サッカー場で試合があるから
きて欲しいと、あんまり期待はせず、行くと答えた。
ヴィチェンツォというおじさんが、ボローニャ駅から車で拾ってくれるという約束をし帰った。
その間、バイクチームのつてでボローニャにいたshoeiヘルメットの通訳の人の紹介でバイト先も見つかった。そんな一週間の日曜日、ボローニャ駅に向かった。思ったより郊外に行き、2.3.百人位入る小さな観覧席付きの天然芝のサッカー場だった、そして、新聞記者系のサッカー大会の決勝だったらしく、ロッカールームもある、ユニフォームも渡される、まさかの本格的な試合だった、観客も初めてに近い人数の中、
選手紹介で、TAMURAと言われた瞬間、客席から、
中田だの、三浦だの、とヤジが飛んできた。
ただ、相手の力量や味方の力量がわかるほど、
だったので、緊張や、不安はなかった、
案の定、7点か8点決めて黙らせた。
一応肩書は日本から来た派遣記者として、
ただ、試合が終わり。事情を知ってるヴィチェンツォが一人の男を紹介してくれた、セリエc2(プロ)のチームを紹介すると。続く

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