Cの時代 ~渋谷という街~
渋谷は汚い。
というフレーズはよく耳にするもので、周りにも渋谷という街が苦手な人は一定数存在する。中学2年生の時、初めて109に買い物をした私も実際そう思っていた。
渋谷は汚い。
人は多いし、車は多いし、道は狭いし、なんだか異臭がする。
新宿より渋谷に足を運ぶことが多くなっていた今でもあまり感想は変わらない。
けれど。
それは新宿と何が変わらないのだろう。
人が多いのも、車が多いのも、道が狭いのも、異臭がするのも、
渋谷でも、新宿でも、池袋でも、都心と呼ばれるところはどこも同じように感じる。
都心。
それは、人が中心となって活動するのに都合が良い場所。
人の匂いが、隅から隅までこびりついているに違いない場所。
その生活臭、人間臭に嫌悪感を抱くから、
人々は「汚い」と表現するのだろう。
その汚さに慣れてしまったな。
渋谷の象徴です、と言わんばかりに聳え立つ円柱形のビルを左手に、急な坂道を下っていく。
もう10月だというのに。夕暮れの空を未練がましくオレンジ色に染め上げる沈みかけの太陽はやたら熱い。
気慣れない窮屈なスーツのボタンを外し、大きくため息を吐いた。
就職活動が解禁になってから7か月。
ほとんどの企業は一通りの採用を終えていた。人事は辞退者の穴埋めや人数調整に奔走していることだろう。周りも大抵は卒業後の進路を定め、残りのモラトリアムを謳歌していた。
そのような中、自分はまだスーツを着ていた。
焦ってないはずがない、と言いたいところだが。
未来が決まらないことに対して不安と安堵は半々だった。
決して強がっているわけじゃない。
大手も中小も業界業種はさまざまであったが、内定はいただいた。受けた企業の半分が最終面接まで行ったし、通らなかった書類選考はない。はたから見れば「優秀」というやつなのだろう。
けれど、どこもダメだった。ダメというのは、企業ではなく、自分が働くという意味で。
月曜日から金曜日まで会社にいて
スーツを着て、
研修を受け、
先輩社員にアメとムチで指導をされ、
行きたくない飲み会に顔を出し、
話の合わない同期の愚痴を聞いている自分。
想像してみた。
何一つできそうになかった。
かといって、幼い頃からジュケン戦争に巻き込まれ、名門大学という鎧を纏ってしまった兵士の私に逃げるという権利は与えられていない。
この先、どうしよう。
再び溜息をこぼしそうになった時、前方の男がふと目に入った。
デニムのロングジャケットにリュックを背負った小柄なおじさん。歳は30半ばから40くらいだろうか。その割にはツーブロックを撫で付けたヘアスタイルといい、格好が若い気がする。
彼は、ぼんやりと何かを眺めていた。
人というものは、大抵が動いている中に止まっているものを見ると、無意識に気にしてしまうらしい。私も例外ではなく、視線の先を追った。しかし、そこには何もなく、道路を挟んだ向かい側にネオン街へと続く細道があるだけだった。
こんな平日の真昼間に。あの人、何してんだろ。
思考が巡りかけたが、「いかん、いかん」と自分に言い聞かせた。今はそれどころじゃないんだから。
努めて自然に横を通り過ぎた。
彼は私に気づくことなく、立ち止まったままだった。
一体、何をしていたのだろう。分からない。けれど、嫌な感じはしなかった。
なんでだろう。
自問自答しながら、長い長い道元坂を下りた。
私は今日も人の波に飲み込まれていく。
Cの時代①
https://note.mu/cawacchi_s/n/n40ffb39059a4
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