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Cの時代 〜尾行エレベーター〜

 面接は30分ほどで終わった。
 面接時間が短いと不採用、というのはよく聞く。が、20分ほどしかしてないのに通っている場合もあった。逆もしかり。実際に就職活動をしてみると、企業によってまちまちだった。ネットの情報は安易に鵜呑みにするものじゃない。そう思うからこそ、この時間が短いのか長いのか私には判断できなかった。

エレベーターホールに辿り着く。手持ち無沙汰そうに立っていた女性スタッフが私を見るなり「お疲れさまでした」とほほ笑んだ。小さく会釈をして入館証を渡す。エレベーターがタイミングよくやってきた。扉が開くと、上階で私と同様に面接を受けてきたらしい就活生が既に数人乗っていた。彼らが壁側に一歩寄った。ぽっかりと空いた場所に足を投げ入れる。ありがとうございました。後ろからかかった声に振り替えった。女性スタッフはエレベーターのドアが閉まるその瞬間まで深々と頭を垂れていた。

レールが擦れる少量の音を立てながら就活生を乗せた箱が下がっていく。エレベーターという乗り物は不思議だ、といつも思う。友人や知り合いが側にいても、誰かがいれば扉が閉まるなり自然と会話が中断される。そして彼らは特に何をするでもなく、じっと息を潜めて階ごとに点灯するランプを目で追い続ける。
パーソナルスペースがより狭くなる満員電車でさえ、くすくすと話したりスマホをいじったりしているのに。どうしてこの空間でだけは、みな同じことをしてしまうのだろう。

そんなことを考えているうち、1階に到着した。扉が開いて就活生の群れが吐き出される。時刻は4時を回ったところだが、夏場と違って日の傾きが早くなり、多角聳え立つビルディングを山吹色に照らしていた。

面接の緊張から解放され疲労を感じていたが、赤坂駅の地下入り口を尻目に永田町まで歩くことにした。理由は単純。九段下から二子玉川までの定期を持っているため、一本で帰りたかったからだ。半蔵門から田園都市線の接続は考えた人天才か?と思うくらい便利だ。
赤坂見附の方面へ身体を向ける。その時、

「えっ」

ぴたりと足が止まった。数メートル先にいた男に見覚えがあった。
男は誰かと電話をしていた。このあたりで働いている人、にしてはやけにラフな格好をしている。
黒いリュックにデニムのロングジャケット。

間違いない。あのおじさんだ。

 そう確信した途端、息を呑んだ。
拳を強く握りしめる。十数分前の出来事など最早どうでも良くなっていた。もちろん、彼が私に気づくことはない。ただ電話をしながらどこかへ向かっている。幸いなことに、私の帰り道もそっちだ。

よし。

高鳴る鼓動を抑えながら、私は彼について行くことにした。
言っておくが、これが初めての尾行ではない。モノを書いているせいか、気になった人がいると時間の許す限りその人が行く道を歩くようにしていた。

視界にとらえながら、努めて自然な足取りでついて行く。デニムのロングジャケットの裾が風で何度か翻った。

この緊張感、エレベーターで感じるものと似ているかも。

下らないことでつい口元を緩む。いや、この尾行もとてつもなく下らない。する必要がない。無意味な尾行。

それでも、私は彼の後を追い続けるのだった。

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