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Cの時代 〜時の流れに身を任せ〜

――2か月後。
「お疲れ~」
「わあ、久しぶり!」
原宿駅の表参道口改札を出てすぐの柱に立っていた二人の友達が私を見つけるなり駆け寄ってきた。年末の原宿は普段以上に人で溢れていた。彼らはやり残したことを今年中に片付けたいというようにどこか急いていた。その流動する空気の中にいると、自身の時間感覚もまた早まっていくような気がした。
「人が多いね~」
「それねー、外国人とか多くない?」
「なんか、海外って正月とかないらしいよ」
「あー、クリスマスだもんね」
人と人の隙間へ器用に滑り込みながら、二人は他愛なく喋っていた。その会話をなんとなく耳にしながら、彼らの顔を見やる。一人は今年から新社会人だった。IT企業に行ったらしい。以前何をやっている会社が聞いて説明してもらったが、正直よくわからなかった。少し痩せたか。肌荒れもしている。重ねたファンデーションがそれを更に助長させていた。
 明治通りを道なりに歩いてガラス張りのレストランに入る。友人が選んだお店はいつも通り雰囲気の良い小洒落たイタリアンだった。いらっしゃいませ、と感じの良いウエイターが顔を出す。友人が自分の名字を告げると、彼は予約票を確認し、私たちを案内した。通された席は一番奥の窓際で、ガラス越しに街を行き交う人々の様子が顔も服もはっきり見て取れた。
「最初って、何にする?」
メニューを片手に目の前に座った友人が尋ねた。店の雰囲気に合わせ、なんとなくスパークリングワインを頼む。飲み物とコースの前菜を待つ間、それぞれの近況を報告し合った。記憶を遡って話していくうち、三人で会うのは久しぶりというより、二年ぶりだったことが発覚した。時の流れは早いね~と朗らかに友人は笑ったが、時間の流れを早いと感じる大人になっていることに驚いた。
「A子、いっぱい内定持ってたよね。結局、どこに行くことにしたの?」
 運ばれてきたワインを乾杯した後、隣の友人が言った。彼女は大学を中退し、今や国を守る職へ従事している。グラスを傾けながら、私は答えた。
「あー、全部蹴っちゃったんだよね。で、知り合いの会社でやっていくことした」
舌の上で炭酸が弾ける。乾いた口内に流れ込んできた刺激に思わず目を瞬かせた。すきっ腹にお酒というのは宜しくない。しかも、まだ明るいうちに。けれど、その罪深さがまた奥ゆかく思えた。
「えっ、それマジで言ってんの?」
 前の友人が目を見張った。その言葉のニュアンスは決してプラスの印象ではなかった。疑念。もっと言ってしまえば軽蔑を含んでいるような、そんな口調。
当たり前だ。普通に就活をして、普通に新卒で企業に勤めていたら、理解できるはずもない。私は暢気な笑みを浮かべた。
「うん。本当だよ~」
「えっ、どうして? 福利厚生とか給料とか、不安じゃないの?」
身を乗り出して友人は詰め寄る。私は素直に頷いた。
「不安じゃないことは、ないよ」
「じゃあ、どうして、」
「でも」
 グラスを置いた。顔を上げる。
「分かんないけど、でも、今その人と一緒に何かをすることが私の今後何かを変える気がするんだよね」
 前を見据えた。友人はやはり理解しがたいようだった。何も言わず、ただ小首を傾げた。一方、隣の友人は「A子らしいじゃん」と間延びした声で言った。私は喉を鳴らした。

私らしい、ねえ。

 私らしいって、何だろう。自分では、よく分からない。けれど、その自分を知るため、未来を知るため、生きるため。まだ3/4もある長い人生の中、忙しなくレールを行くよりもおかしな回り道を通ってもいいんじゃないだろうか。周りのスピードに合わせず、あえてゆっくり進む。そうすることで、何かを見る蹴られる気がする。

 再びグラスを手に取り、私はゆっくりとワインを煽った。微炭酸の後に引く甘酸っぱさが今は心地よく感じた。

(了)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
「Cの時代」これにて完結です。皆さんに少しでも楽しみ、考えていただければ幸いです……と、ここで重大発表です!

なんと!

かわっちinc.が5/12のコミティア128に参戦することになりました!(わーい)

そこで、「Cの時代~完全版~」を発売します!!!
ブースの場所や他物販等、詳しい情報は今後Twitter(@cawatter)&instagram(@cawacchi)にて投稿していきます。ぜひチェックしてね!

というわけで、今後も宜しくお願いします★


あとがき

二十も年の違うアシスタントのシノダとキャッチボールをするように始めた小説。全12回の内容は、箇条書き程度の打ち合わせでどんな話が出てくるのかお互い知らぬまま書き進めていった。書き進めるにつれ、この小説が僕らの自己紹介であり、現在地と未来を指し示す羅針盤のような役割になっていることに気づいた。

僕の就活は20年前=社会人になってちょうど20年。今の自分が20年前の自分を振り返ると、とてもちっぽけで自信も金も実力もなく将来に対する不安で満ちていた。ただ自分が抱えるモヤモヤとした言葉にならない苦悩から逃げずに向き合い続けてきたから今日の自分があると思っている。

就活から20年を経て、横並びに同級生や社会を眺めてみると、迷いのない人生なんて存在していないことがわかる。それは、大企業に勤めてようが公務員だろうが、それぞれの悩みや個人では解決できない環境的な問題に多くの人が直面している。大学時代に見えていた安定や未来など目の前の横断歩道を渡るかどうか程度のことだ。早熟での成功が20年続くことも少ない。人生には浮き沈みがある。それが身に染みてわかるのが、20年という時間の経過だ。

「なぜ、いじめられてるのに逃げないの?」「自殺する前に相談できる人はいなかったの?」社会から子供たちに浴びせる言葉はそのまま大人に帰ってくる。「なぜ、人間関係でストレスを感じてるのに職場から逃げないの?」「うつ病になる前に相談できる人はいなかったの?」僕らは無責任だ。

社会に出てから多くの壁にぶち当たったり苦労したりもしたが、学生時代に苦悩することから逃げなかったおかげで、困難から立ち上げることができた。だから、若い人たちが悩んでる姿を見ると、徹底的に悩み時間がかかっても自分なりの答えを見つけそして行動することが大切だと思っている。安易な答えに逃げない、それが大切だと。

僕自身、社会で20年の経験を経て会社を立ち上げるという新たな船出をすることになったが、未来などわからない。

だから、これからも心の声に耳を傾けながら、悩み、したたかに生きる。

目の前の合理的な判断が、将来、未来永劫の合理的な判断だとは限らない。合理的な判断は、悩みしっかりと遠回りすることが未来への近道だと信じている。

だから、株式会社かわっちは、これからも悩み続け合理的に進んでいこうと思う。

Cの時代、お読みいただきありがとうございました。
そして、株式会社かわっちをこれからもよろしくお願いいたします。

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