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【部下を推す話】④ 雨が降っても

ある休み明けの出勤日、その日は朝から何かがおかしかった。
やたらと早く目が覚めたし、通勤時に道が混んでたから迂回しようとすれば迂回先の細い道ではトラックが立ち往生していた。お陰で職場に着いたのも実にギリギリだった。


会社に着いてすぐ、部下Aから声を掛けられた。
わたしの休み前にお願いした仕事の進捗報告と、発生した新しい案件についての報告。

「あと、実は至急の案件で、自分やらかしまして…」

しかし、最後まで聞くことは叶わなかった。その日は朝からAは外勤予定がしこたま入っていた。
「帰ってきてから時間が空いたら教えてくれる?」そう言ってAを送り出した。


さて一体何があったのか。大変気になるが、その日朝イチでフロアに居たのは前日社内に居ない人ばかりであった。即ち、誰も事情を知らない。
頼みの綱は1時間後に出勤してくる部下Bであった。

Bが出勤してフロアに来てすぐ声を掛けてみる。

「おはよう! なんか昨日が地獄のようだったという噂を聞いたけど、大丈夫?」

Aに聞きたかったけど、外勤立て込んでて聞けなかったんだよね後で本人からも聞くんだけど、と言葉を続ける。
Bは微妙な顔をしていた。言い辛いらしく、言葉を選んでいるようだ。えっまさか本当に地獄のようだったの?

Bからなんとなく教えてもらった内容から察するに、どうやら至急の案件の伝達を失敗したらしい。外勤中だった担当者への伝達はしたが社内への伝達をミスしたらしく、別職種の管理職のわたしの同僚からも外勤から戻った担当者からも怒られたようだ。
よく周りを見ているAにしては珍しい。

続けてBが言葉を濁しながら言った内容を聞いて、Bの歯切れの悪さに納得した。
取り敢えず、その日の午後の外勤はAからBに引き継いで行ってもらうことにした。


朝から感じていた違和感の通り、その日はやたらと忙しかった。
お陰でAから話を聞くのが夕方になってしまった。
「ここじゃない方がいい? 部屋とる?」と聞くと、是非と言うので会議室を確保して移動する。

Bから話を聞いたことは伏せたまま、何があったのかを教えて貰う。Aが、起きたことを丁寧に話してくれる。
同僚と担当者から言われた内容も教えてくれたし、Aがどうして報告をすっ飛ばして動いてしまったのかも話してくれた。

Aは反省していた。同僚と担当者からも同じ注意を受けているし、それを真摯に受け止めていた。
なので、わたしからは今後同じような状況になったらこうしようね、という話に留めた。

「既に同じことを他の2人にも言われてると思うし、君は自分の反省と経験をしっかり糧にしていける子だと思うからね。だからわたしからはあまり言わないよ。
だけど、報告・連絡・相談は大切なことだから、今後気を付けようね。」

そして何よりも気掛かりなのはAの落ち込み具合だった。
元々Aはタスクを抱え過ぎる傾向がある。しっかりした素直な子が故に、前々から心配していた。
大丈夫?と聞けば、「最近失敗ばかり重なって自分が不甲斐なくて…実は昨日も泣いてしまって…」と顔を覆って言葉を詰まらせてしまった。
ごめんなさい、とAが自身の目頭を強く抑える。

「…これはね。わたし、今までの同僚でも後輩でも職場で泣いてしまった子に伝えるんだけどね。
人間って、ストレス溜まったときに涙を流すのは自然なことなんだよ。論文も出てる。無理に止めなくていい。」

今この場にはわたししか居ないからね、とそっと言う。

もちろんわたしだって泣いたことはたくさんある。
人前で泣きたくはない。わたしもそうだからその気持ちは痛いほどわかる。
しかし、うっかり泣いてしまったって否定なんかしない。泣くのは恥ずかしいことじゃない。
なんなら、それをわたしに見せてくれたことがわたしは嬉しい。
わたしで良ければそういうことも話してほしい。大事な部下の心が折れて潰れてしまうのは嫌なのである。

ひとりで頑張り過ぎなくて良い。
わたしをどんどん頼りなさい。
よくやってくれてるのをわたしは見ているつもりだし、一緒にどうしたら良いか考えよう?

そう伝え、Aが落ち着くまで待ってからフロアに戻った。


そして帰り道。

わたしはひとりで萌え散らしていた。これだけ聞くと、我ながらパスみしか感じられない。
しかし、部下が心の内を晒してくれたのである。こんなに嬉しいことがあるか。

いつもの親友に「鬼畜のようなことを言うようだが、涙を流す部下がとても可愛かった」と報告したところ、「わかる。それはご馳走様って感じだわ」と賛同を得た。流石わたしの親友だ。

お陰でその日は日課のフィットボクシングが捗った。いつもより身体が軽く動いた。萌えの力は偉大である。


尚、その日期限だった書類をひとつ忘れているのをわたしが思い出したのは2日後であった。わたしとしたことがなんたる不覚。

油断は慢心を産み、慢心は途端に失敗を招く。
気を引き締めなければならない。

しかし、誰しも失敗はある。勿論その失敗について怒られることはあると思うが、取り返せる失敗はすれば良いと思う。
それを今後にどう活かすかが大事なのだ。

雨が降っても、いつかは晴れるし、虹が出ることだってあるのだから。

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