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【部下を推す話】[18] きっと真夏にそれは起こる。

はやくも次回の評価書類がやってきた。
頭を抱えながら評価を行ったのはまだ記憶に新しい。
次回の評価は半年後なので、今回行うのは各自「これからの半期における目標の記載」である。
悩ましいことこの上ない。


書くのも厄介なら、その後の処理も厄介だ。
部下たちや同僚たちの書類を集めた後に管理部門に提出するのだが、ただ集めて提出するだけでは駄目なのだ。
内容を確認し、必要であれば本人に差し戻す。
わたしは基本的には一読して通す方のだが、偶に「待て」を掛けることもある。

例えば実際に差し戻したものは「人間性を高める」。
それ自体は良い目標だと思うが、そういうことではない。
求めているのは「その為に具体的に何を行うのか」なのだ。
若者にありがちなので、まだ会社で目標の設定はまだ行ったことがない!という方は気を付けると良いと思う。



さて、可愛い可愛い部下たち・AとBから書類を回収したわたしはニマニマしていた。
読めば読むほど可愛い。最高に可愛い。

Aに至ってはわたしへの提出期限前日の残業終了後に「ねこのさん、例えば今後目指すものを意識した内容を目標に書いても良いですか?」と相談してきてくれた。
Aは程良く野心のある子だ。成長途中ではあるが、やる気も実力もある。
そういう野心を見せてくれる辺り、多少は信頼していただいてるんだろうなと感じて嬉しい。
可愛がっている子たちが心を開いてくれてると思うと、それだけでニマニマしてしまう。


しかしニマニマしていられる時間もそんなには無かった。
AとBの書き上げた目標に目を通した後、わたしは自分の目標の記載に頭を捻っていた。

目標の記載は勿論わたしも行う。
行うのだが、管理職だと一般職より項目が多く、また求められる目標のベクトルも微妙に異なる。
その為、毎回わたしは眉間に皺を寄せながら唸ることになる。

-これ、管理部門の人たちも見るんだよなぁ…。

そしてふと我に返る。
この書類は管理部門どころか幹部も見るものだ。

「…………うおう。」

目標を見るならば評価者コメントだって見るのである。
そんなことは当然理解はしている。
しかし、

-推したちへの愛が炸裂したアレを、我ながらよくもまぁ堂々と提出したよな…。

コメント記載欄に入り切らず、別紙として作成した書類。
深夜遅くまで考えた上に朝も早く起きて考え続けたA4サイズ一杯のコメントたち。

-いや事実だから別に良いのだけれどもね。

弊社の管理部門も幹部もわたしのことはよく知っている。「ねこの、相変わらずだなー」で済むに違いない。
少しだけ冷静さを取り戻したわたしは、さらさらと自分の目標を書き上げた。


目標を提出した後、管理部門から評価のフィードバックはわたしの元に返ってくる。
その後、個人面談をしながら本人たちにも評価をわたしから伝えることになる。

但し。今回は前回までとは変更点があった筈だ。
確か書類ごと本人に返却することになったような…。

-アレを?
-本人たちに??
-個人面談しながら返却???

……。
正気か???

わたしは一体何を書いたのだったか。
勿論控えはとってある。
とってあるが、見たくない。
覚えているだけでも相当恥ずかしい言葉を並べている。

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

突然両手で顔を覆ってもだもだと悶え始めたわたしを見て、部下たちが怪訝そうな顔をする。
「どうしたの?」と近くに居た同フロアのもう一人の管理職の同僚もやってきてしまい、黙っていられる雰囲気ではなくなってしまった。

「あのね。この間評価書類出したじゃない?」

小さい声で呟くわたしに、AとBと同僚の3人が耳を傾ける。

「? はい。」
「あれね、今回はFBフィードバック返ってきた後、個人面談で本人に返却するの…。」

視線で続きを促す3人。
わたしが部下たちへの評価コメントとして、A4サイズ一杯にフォントサイズ10.5で別紙書類を各1枚ずつ作成したことは全員が知っている。

「あれを本人に渡すのかって冷静に考えて…突然恥ずかしくなってしまった…。」

顔を覆いながら消え入りそうな声で呟く。
しん、と空気が静まり返る。
一瞬の間を置き、3人が笑い始めた。


確かにわたしは普段から好意も評価も本人にも上層部にも伝えることにしている。
隠す意味が無いからだ。寧ろ伝えなければ意味が無いと思っている。

だがしかし、推しと2人きりの空間でA4サイズいっぱいのファンレターを本人に渡すイベントとなれば話は別だ。

「そんなにコメント書いて貰ったら嬉しいよねぇ!」

と言う同僚に笑いながら頷く部下たち。
わたしは涙目である。

みんな知らないのだ。わたしが何を書いているのかを。
「会社の宝だと思う」とか書きたい放題書いていることを。
今部下の2人は笑っているが、君たちは他人事ではないんだぞ、と思う。
2人とも普段から「さすが!」「よく出来てるね」「いつもありがとう!」と言うたびに擽ったそうにしているのに、こんなファンレターを直接貰ったらどうなってしまうのか。

-間違いない。これは個人面談時に居た堪れない空気が流れる。

FBはきっと7月後半以降だろうから、個人面談は8月頃だろうか。

8月頃のわたしへ

暑い頃だと思います。お元気ですか。
今のわたしに出来るのは、来たるべき“その時”に向けて覚悟を決めることだけです。
未来のわたしの健闘を心から祈っています。

-6月のわたしより、愛を込めて

書類には書けないけど、当分のわたしの目標は「推したちに引かれないこと」一択である。
わたしは真夏のような青空を見上げながら、8月の我々の無事を祈るしかなかった。

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