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箱の中身は

「ねえ、見てこれ。」

ある日のこと。弟の言葉にわたしは手元のスマートフォンから顔を上げた。
弟のかたわらには某有名ショッピングサイトの箱。そして、その手には黒いカバーでコーティングされた大きな折り畳みミラーが握られていた。

「ほう。何それ買ったの?」

弟は大きく頷いた。そして、得意げに口を開く。

「なんと、お風呂にも持って行ける!」

ニコニコと嬉しそうな弟に「それは良い買い物をしたねえ」と返すわたし。
わたしと弟はそこそこ仲が良い。和やかな空気が漂った。


わたしはスマホに視線を落とした。その数分後、再び顔を上げると、今度は小さなコンパクトミラーを持った弟の姿が目に入った。
あのコンパクトミラーには見覚えがある。片面が拡大鏡になっていて使いやすい、と弟が愛用していたものだ。しかし、猫が跳ね回った所為か少し前に何処かに行ってしまったらしく、弟は「見つからない」と探していた。

「それ、見つかったんだね。良かったね。」

わたしの言葉に、弟が「ん?」と顔を上げる。

「いや?」
「?」
「新しく買った。」

どうやら先ほどの大きな折り畳みミラーと共に購入したものらしい。

「そっか、それ気に入ってたもんねえ。」
「うん!」

弟はニコニコしている。愛用の品と同じものを購入出来て満足しているようだ。わたしはそんな弟の様子にニコニコしながら、再び手元のスマホの操作を始める。


─その更に数分後。

「ねえねえ、見て見て!」

再び弟から声が掛かり、わたしはスマホから顔を上げた。

「これ、ヤマタノオロチみたいじゃない!?」

向かいに居る弟の手には、手のひらサイズの蛇腹状の黒いプラスチックの板が握られていた。4つの黒い長方形の短辺を蝶番が繋いでいる。弟はそれをみょーんと伸ばしてみせた。

「…何それ?」
「これはねえ、鏡!

「ねえ待ってどんだけ鏡買ったの??」

思わず突っ込んでしまった。
道理で段ボール箱が大きいわけだ。「割れ物だし、緩衝材入れたりするからやっぱり箱も大きくなっちゃうんだなあ」と思ったのに違った。
単純に中身が多かっただけだったとは。なんとなく裏切られた気分である。

弟の手の中のヤマタノオロチは四面鏡だったらしい。唖然とするわたしの目の前で、弟は「これはこうやって使うんだって!」と四面鏡を自分の顔の前に縦に掲げた。

「こうすれば、見えないところも見えるんだって。」

少し角度を付けて弧を描くように伸ばされたそれを一所懸命に覗き込む弟。

「…頭頂部を覗く為に買ったの??」

真顔で混乱するわたしに弟は「違うよー!」と笑って返事をする。

「本当はこうやって化粧するときとかに使うらしいよ!」

「こうやって」と言いながら弟は四面鏡を横向きに持ち替えてみせた。

─知ってる。

わたしもメイクするのだ、それくらいは知っている。
というか、そうじゃない。わたしが聞きたいのは本来の使い方ではなく、弟が何故それを買ったのかだ。弟はメイクをしないタイプの人間だ。

静かに混乱するわたしの目の前で、弟は再び四面鏡を縦に持ち替えていた。「…なんだこれ、どうやったら見えるんだ」と呟きながら、再び頭頂部を映している。

「………。頭が、気になるの……?」

恐る恐る、再び同じ問いを投げ掛けてみた。
暫くしてから「大丈夫だった!」と弟からの返事が返ってきた。

─何が大丈夫だったのだろう。

頭頂部の髪を気にするような年齢でもない。きっと洗髪時に染みたとかで傷でもないかと気になったのだろう。
わたしは深く考えることを辞めた。

-------


「ところで、どうしてそんなに鏡ばっかり買ったの? 」

わたしはヤマタノオロチで有耶無耶になってしまったツッコミを再び引っ張り出してくることにした。
そんなわたしの問いに、弟はおどけた表情で更にのたまった。

「もう一個あるよ!!」


弟はニコニコと段ボール箱から4つ目の鏡を出してきた。机の上に置いて使うタイプの大きめのフェイスミラーで、クルクルと鏡面が回せるようになっている。裏は拡大鏡、表は普通の鏡のようだ。

─?????

目の前で繰り広げられる光景のあまりの衝撃に、頭の中が疑問符で埋め尽くされた。

─なんで? え、なんで同時に4つ鏡を買ったの?
─というか、最早1つ目のフェイスミラーと最後のフェイスミラーはどちらか一方で良かったのでは?


色々な疑問が頭の中を駆け巡る。
予想だにしない方向から突然ブン殴られた気分である。

ふと気付けば弟の周りだけ明るく見えた。なんでかと思えば、4種類の鏡に囲われた彼の周りだけ鏡の反射光で明るくなっているのだった。

─もしかして、鏡に弱いタイプの“何か”から身を守らなきゃいけないのだろうか。

ヤマタノオロチのような四面鏡で頭頂部を覗いていたのも、鏡越しでなければ視認できない“何か”を見る為だったのかも知れない。

「え、何? 祟られたの??」


まさかの追加情報に混乱の極みに至ったわたしの心の声が、思わずそのまま口から出てしまった。
弟はわたしの反応にケラケラと笑いながら4つ目の拡大鏡を覗き込み、

「いいねえ、これは逆さまつげブチ抜くのにちょうど良い!!」

と満足気に言ったのだった。
満足気だが、わたしの疑問には一切何も答えていない。
「逆さまつげ抜くのは危ないから辞めなよ」と混乱しながらも至極真っ当なことを言ったわたしを、誰か褒めていただきたい。



因みに、弟は鏡以外の品物も買っていた。机の上、新しく購入された鏡の隣にいくつか品物が並ぶ。その中にイヤホンが置かれていた。

「これも買ったの?」
「そう。」
「色違いで? 2つとも??」

そう。机の上には同じ有線イヤホンのパッケージが2つ置かれていた。

「壊れちゃったんだよね。」

と答える弟に、「ああ!」と声を上げるわたし。

「片方は使ってて壊れちゃったってこと?」

今まで使っていたものが壊れてしまったけど、使い良かったから同じものを買ったのだ、と。古いものと今回入手した新しいものを並べているのだ、と。
そういうことかと思ったのだ。
しかし。

「いや。両方とも今回買った。」
「???」

「家で使う用と外出用?」と聞くわたしに返された弟の「いや、片方は予備」という答えは更にわたしを混乱に陥れた。

─取り敢えず、祟られた訳でないのなら良いか。

突っ込めば突っ込む程に疑問符が増えていく為、わたしはそっと思考を放棄したのだった。

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