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月下のバトンリレー

たまに不安に駆られることがある。

-部下に新しい仕事を振ったけど、負担が増え過ぎてないかな。
-一度教えたら覚えるまで3ヶ月くらい連続でその仕事して貰うことになるけど大丈夫かな。

わたしの部署は割と激務だ。
締切に追われ、終わったと思えばすぐに次の仕事の締切に追われる。
その合間合間に取引先や他部署から降りてくる色々な仕事たち。


わたしが全部やっても良い。
部下たちには新しい仕事を落とさず、今まで通りの仕事をして貰えば当然彼等の負担も増えないだろう。
正直言えばきっとそちらの方が早く終わる。

しかし、それだと部下たちが育たない。


わたしの部下たちは出来る子たちだ。
他部署の人にもいつも褒めていただく。
本人の前で「AくんもBさんも本当によくやってくれる良い子たちだね」って言っていただく度、嬉しくて「そうなんです! 良い子たちなんです! 是非もっと褒めてあげてください!」と言ってしまう。
それくらい出来る子たちなのだ。

わたしは彼等にもっと色々な経験を積んで貰いたいし、何より次を育てるのもわたしの大事な仕事のひとつだ。
ただし無理はさせたくない。
従って、少しずつ少しずつ彼等が自分のキャパシティを広げて行けるように配慮しているつもりだ。


それでも、心が折れやしないかとても心配なのだ。
折れた心は直ぐには回復しない。
どんなに太い針金だって、何度も何度も同じところを折り曲げ続ければいつかはポッキリ折れてしまう。
折れたら残った部分は真っ直ぐなままだけど、長さは短いまま。
少しずつ、そうして擦り減っていく。


「人に頼まれたことを請け負うのであれば、誰にいつ何を頼まれて、それぞれの納期がいつなのかはちゃんと把握しなさい。あとそれぞれの優先順位も。
そして、自分のキャパシティは必ず把握しなさい。わたしと同様、君たちにも色んな部署の人が直接仕事を頼みにくることが多いけど、タスクを並べて無理だと思ったら、必ずわたしに相談しなさい。
わたしが手伝うし、仕事を振り直すから。」

常日頃からそう言うのだが、彼等は頑張ってしまう。良いことではあるのだが、それがいつか彼等を蝕んでしまわないかがとても心配なのだ。

…というか、わたしの部下なのだ、全員仕事依頼するときはわたしを通せ!!!

心の中のわたしが叫ぶことがあるが、業務ルート的に致し方ない部分もあるのでそっと溜息を吐くほか無い。



わたしは部下たちを育て、導くだけではなく。
しっかり仕事をしてくれる彼等を守りたい。

そのために、時には他部署にも管理部にも意見を言わせていただく。
しかし、意見を言わせていただくからには勿論結果だって出してみせる。
ただの『五月蝿いねこの』ではなく、『五月蝿いけど結果も出すねこの』なのだ。
そこは見くびらないでいただきたいし、見くびらせない。
わたしは『強いねこの』でなくてはならない。


それでもわたしも人間で、心が弱くなることだってある。

冒頭に書いたように部下たちが心配だし、他にも不安ごとは尽きない。
一度不安に感じればどんどんとそれは増殖していく。
強く在ろうとするわたしを塗り潰していこうとする。
しかし部下たちの前ではそんな姿は見せられない。
わたしは彼等にとって、『安心して後について行けるねこの』でなくてはならない。


だけど、わたしのこんな覚悟など、まだまだ未熟なわたしのことだ、きっと周りには透けて見えてしまうこともあるのだろう。

わたしを慕ってくれて、心配してくれる人たちが居る。
管理部門にも同僚にもかつての部署の仲間たちにも。プライベートの友人たちや身内にも。わたしの大事な愛猫たちも。…もしかしたら、きっと部下たちも。
わたしを思ってくれる、大事な、尊い素敵な人たち。本当に大好きだ。
わたしは彼等に感謝を伝え切れているだろうか。
彼等に支えられてわたしが在ることを、わたしは忘れてはならない。

……
…………


わたしは、ゆっくり目を閉じて深呼吸をする。
不安で色々と取り留めもなく考えてしまうのは、きっと最近忙しかった所為だ。
『忙しい』という字は心を亡くすと書く。


守りたいものがあるなら、迷ってはいられないのだ。
明日のわたしが、いつも通り笑って大切なものを守れるように。
誰かを泣かせずに済むように。

そっと擦り寄ってくる愛猫を撫でながら、わたしは明日のわたしにバトンを渡す。

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