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Insight:Health Tech Startup Vol. 1

"主役の交代"


はじめに

Clubhouseが日本に上陸したのは2021年1月のことでした。しかし、その半年以上も前に、シリコンバレーではすでに熱狂の渦にありました
現在、当初ほどの盛り上がりはありませんが、同社が新しいコミュニケーションプラットフォームの形を世界に浸透させたことは間違いありません。今も生まれ続けるスタートアップは、この瞬間にも、世界を変え始めているかもしれません。

6月のInsightは、さらに目が離せない医療スタートアップを取り上げます。
Vol.1では、スタートアップが世界に与えている影響を創薬の観点から取り上げ、"Moderna"のワクチンを事例に、創薬の研究開発で起こっている変化を見てみます。

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Moderna, Inc. https://www.modernatx.com/

Modernaの技術

<ワクチン開発競争の勝者>
2020年2月、設立わずか10年目のスタートアップ企業Modernaが新型コロナウイルスの治験用のワクチンが完成したことを発表しました。コロナウイルスのゲノムデータが公表されてからわずか42日後の発表でした。
そして今、そのModernaのワクチンは非常に高い成績を残し、評価を受けています。今や世界中で知られることになった Moderna。彼らの価値を知るためには、ワクチンという成果だけではなく、その技術に着目する必要があります。

<mRNAを用いた創薬>
ModernaのワクチンがメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンであることはよく知られていますが、このmRNAワクチンについて、どのような特徴があるのか改めて整理します。
mRNAワクチンとは、対象ウィルスのタンパク質(今回の場合、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質)の設計図であるmRNAを脂質の膜に包んだ製剤です。本剤を接種し、mRNAがヒトの細胞内に取り込まれると、このmRNAを基に細胞内でウイルスのスパイクタンパク質が産生され、それに対する中和抗体産生及び細胞性免疫応答が誘導されます。

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Moderna, Inc. https://www.modernatx.com/

これまでのワクチンは不活性化したウイルスを人間に投与し、抗体を体内でつくらせる手法が一般的でした。この場合、ワクチン毎に異なる開発、製造のプロセスが必要で、2002年のSARS流行時は、ヒトに投与する臨床試験までに20カ月を要しました。
一方、mRNAワクチンは、ヒトの細胞に抗原タンパクをつくらせ、それを利用して抗体を作ります。タンパク質のゲノム情報に基づき、mRNAを作成、製剤化するだけで創薬が可能になるため、速い開発、製造が可能になります。
ただし、合成mRNAの体内への注入は、長い間、病気や病原体を治療する方法として実現可能とは考えられていませんでした。注入されたmRNAは免疫系にウイルスと見なされ、攻撃反応を引き起こすためです。しかしmRNAの一部のヌクレオシドを変更すれば免疫系をすり抜けられることを複数の研究者が発見し、この発見を活用した「mRNAを用いた創薬」がModernaの技術なのです。


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Moderna, Inc. https://www.modernatx.com/ 

新型コロナウィルス騒動とmRNA創薬の台頭

合成mRNAを利用して動物にタンパク質を生成させる試みが最初に実施されたのは1990年のことです。マウスを使用して行われた試験では、確かにタンパク質が発現した一方、そのマウスは病気になりました。
上記のように、ヌクレオシドの編集でこの問題は回避できるようになったものの、ヒトに投与するにはリスクを限りなく低減し、臨床試験データを積み重ねる必要があります。技術はあっても、安全性の証明が難しい、それは創薬の最大の課題の一つです。

しかし、今回のワクチン開発、そしてヒトへの投与は、リスクと効果のバランスが通常とは異なりました。果たして、今回の新型コロナウィウルス騒動は、mRNAを用いた医薬品にとって、合法的に、大量の臨床データを得る絶好の機会となりました。そして、このワクチン開発を通じ、mRNAワクチン、そしてModernaは世界からのお墨付きを得ることになりました。

ただ、今回のModernaの躍進は、タイミングに恵まれた単なる偶然の結果なのでしょうか?

Modernaの10年

Modernaは、2010年、ハーバード大学の研究成果を基に創業されました。投資家はFlagship Pioneeringというベンチャー育成機関のみで、当初は大きな注目を集めてはいませんでいた。
しかし、2013年、その状況は一変します。英国Astra Zeneka社と、mRNAの開発と商用化に向けた5年間のパートナーシップ契約を締結し、2億4,000万ドルという莫大な契約一時金を受取ることで合意しました。臨床試験で試験されている薬を含まないライセンス契約としては破格の契約でした。
この契約は心血管疾患、代謝疾患、腎疾患、および癌の治療に関するものでしたが、その後、両社がワクチン開発の主役になったことを考えると、この契約には大きな意味があったことになります。
その後も、同社は「オーダーメイドの抗がん剤をつくる」ことを公言し、ビルゲイツ財団を含め莫大な資金援助を受けることになります。2018年にはナスダックに株式公開を果たし、IPO時の時価総額はなんと75億ドルでした。

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Nasdaq https://www.nasdaq.com/

Modernaの躍進は、その技術が偶然ワクチンの需要にハマっただけではなく、2013年には既に技術力が高く評価されていたことがわかります。秘密主義で、査読論文の公開をほとんどしないことで批判を受けたこともある同社ですが、その水面下では確実に世界を動かし始めていたのです。

新型コロナウイルスが変異を続ける場合、この技術は、その特性からワクチンのアップデートに大いに活用されることが予想されます。またmRNAを用いたワクチンは、依然世界で猛威をふるうウィルス、ヘルペスやマラリアに対するワクチンの開発や、インフルエンザワクチンの改良に寄与する可能性があります。
そして、お墨付きを得たModernaは、本来目指していたがんに対抗する医薬品開発、HIVなど難治性の疾患の治療においても、追い風を受け大きな成果を出す可能性を秘めているのです。

研究開発の主役は大企業ではない

新型コロナウィルスの開発においては、もう一つのスタートアップにも注目しておく必要があります。それはPfizerとともにワクチン開発を進めた"BioNtech"です。BioNtechはドイツのスタートアップであり、創業は2008年とこちらも若い企業です。
PfizerとBioNtechは、2020年3月には契約を締結し、迅速なワクチン開発を行い、Modernaのワクチン同様高い評価を受けています。

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BioNtech, Inc.  https://biontech.de/

ワクチン開発の実績を通して認識したいのは、新しい技術が大企業からではなく、スタートアップから生まれているということです。IT系ビジネス同様、創薬業界においても大企業主体の研究開発は終わり、小規模の3rd パーティから生まれたユニークな技術を大企業が買う、あるいは利用するスタイルに変わっているのです。

大企業はその資金力をどう活用するのか、研究、開発者は、何に着目し、どこで研究開発を行うのか、考えを改める必要があります。
規模や歴史だけがある企業が根拠なくふんぞりかえったままでは、今回のワクチン開発同様、日本にイノベーションは起こらないかもしれません。

出典:
1.  Moderna, Inc.  https://www.modernatx.com/
2. BioNTech  https://biontech.de/
3. Quartz
    "中毒者続出。謎の「雑談」アプリ"
    https://qz.com/emails/quartz-japan/1850387/
    "コロナと戦う謎のバイオベンチャー" 
    https://qz.com/emails/quartz-japan/1822859/
4. MIT Technology Review 
   "史上最速のワクチン実用化、生みの親が語るmRNA技術の未来"
    https://www.technologyreview.jp/s/239784/the-next-act-for-messenger-  
    rna-could-be-bigger-than-covid-vaccines/ 

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