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甘い穴

「そこから何が見える?」

彼はニヤニヤと私を見ながらそう言う。

ドーナツの穴。

小学生くらいの頃は後から穴を開けているとか思っていた。

けれどもそんなことはない。

専用の機械があって、そこからは最初からリングになったものが油の海に沈んで浮かぶ。

「現実。」

少しでも意趣返しになれば。

私がそう返すと彼はニヤニヤしていた顔を少し崩してそれはつまらないね、なんて言う。

彼にはそれがわからないのだろうか。

彼は小学生が思っていたそれを今でも大事に抱きかかえているのであろうか。

その開けた後の部分を食べたいだなんて思っているのだろうか。

「僕には夢が見えるよ。」

「随分と幼稚な夢ね。」

私が返すと、彼はまたニヤニヤした。

少し腹が立ち睨んでみると、彼はもっとニヤニヤした。

彼はきっと私をからかっているんだ。

空が青から朱色へと変わる。

少し恥ずかしくなってきた。

何が恥ずかしいのかは私にもわからない。

けれども彼を見ると気恥ずかしさのようなものが浮かぶ。

風が頬を掠め、背中を走り回る。

「もう遅いし、私帰る。」

「なら僕も帰るよ。」

彼が背を向ける。彼の背が遠ざかる。

彼の背中に声をかければきっとやまびこのように返ってくるんじゃないかな。

ドーナツの穴から見えるのは現実と朱色の世界と彼。

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