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誰もいないホテルで

『誰もいないホテルで』 ペーター・シュタム

人の不幸は蜜の味と言うが、ここの不幸はどこまでも苦い。心して読まれることをお勧めする。

「誰もいないホテルで」
論文を仕上げるために「ぼく」は山奥のホテルに行くが、そのホテルには電気も水も通っていない。謎の女性が一人いるだけ。
すぐにでも荷物をまとめて立ち去るべき状況にもかかわらずグズグズとホテルに滞在し続ける「ぼく」。
謎の女性の謎は最後まで解けない。

「自然の成りゆき」
別荘でバカンスを過ごしている夫婦。
隣の別荘にはドイツから来た騒々しい家族が滞在している。
夫は隣の妻に妄想を抱き、妻は子供達の騒々しさに耐えられない。

「主の食卓」
牧師は一年前に教区に赴任して来たが、住人たちは彼を受け入れない。
やることなすこと非難され、教会のスタッフも彼と対立する。
その朝の礼拝は、とうとう全ての住人にボイコットされ。。。

「森にて」
3年間、森の中で暮らした少女。
彼女はその後森から離れ、仕事をして結婚し子供を持つが、そのうちにまた森が彼女の頭から離れなくなる。
彼女を遠くから見つめ続ける狩人とは。

「氷の月」
使われなくなった工場はアーティストや職人に貸し出されている。
守衛のビーファーは退職後カナダに移住する計画を立てているが。

アメリカのミニマリズム文学の雰囲気をどことなく持つ端正な文章に、つきまとう緊張とざらりとした感触。
氷の塊を飲み込んでしまったような奇妙な読後感は、何度も手を伸ばしたくなる魅力を放つ。

全10編の奇妙な小説の中には、不器用な恋を描いた微笑みを誘う作品や、一連の動作を流れるような細やかな描写で描く新鮮な小品もあり、コクのある上質な短編集になっている。
繰り返しじっくり読みたい。