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『団地のふたり』 藤野千夜

奈津子とノエチは、同じ団地の別の棟に住む50代の女性。二人とも実家暮らしだ。
同い年の二人は、同じ幼稚園、小学校、中学校に通い、姉妹以上にお互いを知っていると言ってもいい仲だ。
結婚や同棲で一度は実家を出たものの、事情があり今は独り身となって団地に戻っている。

この二人の、ささやかで穏やかな日常が淡々と書かれている。
これがいい。
ノエチは週に何度も奈津子の家を訪れ、二人で食事をする。お気に入りの喫茶店でモーニングを楽しむことも、たまにある。
その、二人で何かを食べる風景の描写が、素敵だ。
モーニングのホットケーキや、話題の店のフルーツサンドなど、他愛もない食事を、他愛のないことを話しながら、または他愛のないテレビ番組を観ながら、二人で共有する。
幸せな光景だ。
そう、他愛のなさ。他愛のなさの幸せが、この二人の日々には溢れている。

二人の生活はつましい。
それぞれに離婚だったりキャリアの挫折だったり、辛かった過去もあるようだ。
50代の独身というと、あれこれ思い煩うことも時にはあるだろう。
しかしそんなマイナスな事情は、この物語では一切深掘りされない。
描かれているのは、二人の絶妙な塩梅の関係と、世はなべて事もなしといった具合の穏やかな日常だけだ。

いつまで一緒にいても楽しい友達がいて、毎日のようにお互いに行き来する。たまに喧嘩のようなことがあっても、すぐに何事もなかったように元に戻り、また毎日のように行き来して冗談を言い合う。
なんだかノスタルジックだ。
そう、それって失われた子供時代の幸せではないか。
奈津子とノエチの世界は、子供の幸福を生きる大人の、ユートピアなのだ。
その舞台が昔ながらの団地という設定も、絶妙で素晴らしい。

他愛もない日常が続く、穏やかな幸せ。
読めば必ず、心がじんわりほぐれること請け合いである。

映画化しても良作ができそうだ。