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『海事史の舞台』 別枝達夫

激安古本で出回っているが、お値段以上の価値がある、この一冊を紹介したい。

著者、故別枝達夫氏(1911-1978)は、イギリスの海事史を主な研究分野とした歴史学者。
本書は、海事史研究に関する氏の貴重な著作を長いものから短いものまで集めた一冊である。

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骸骨旗の帆船に凄みのあるいでたち。カリブ海で暗躍したような、いわゆる海賊たちの起源は、16世紀、エリザベス朝のイギリスにあるという。
当時ヨーロッパでは、新大陸発見で躍進したスペインとポルトガルが覇権を握っていた。
貿易と植民を独占するカトリック両国が、イギリスには面白くない。表向きはスペインと友好関係にあったイギリスは、正面切ってその貿易活動に対抗する代わりに、自国の貿易商や船乗り達がスペイン船を襲うのを、暗に奨励した。
こうして、事実上エリザベス女王の承認を得て海賊行為に邁進したイギリスの豪腕な市民達が、海賊の起源となる。

やがて海の猛者達の活動範囲は、スペイン領の多いカリブ海、西インド諸島にまで広がり、彼らはバッカニーアと呼ばれて恐れられつつ、その蛮行にはなおもイギリスやフランスなどの後ろ盾があったという。
しかしやがてイギリス、フランスなどが力をつけ、スペインと友好関係が成立するようになると、諸国はバッカニーアの鎮圧に乗り出し、海賊はスペインのみならず全ての国から敵とみなされるようになった。
こうして、どの国からの後ろ盾もない、一匹狼のパイレーツ達が誕生する。

本書に収められた数々の著作では、この辺りの歴史が、個々の重要人物への特筆を混ぜながら、つまびらかに、また躍動感ある文章で綴られている。

著者の情熱が史実に魔法をかけ、物語調の語りが読者を歴史の荒波へ誘う。
賢く恐れ知らずの偉丈夫達。巻き込まれた一般市民や罪のない商人達。病気や飢えで倒れていった船員達の壮絶な苦しみ。島の娘達と上陸した男達の間で生まれたであろうロマンス。。。
その抒情豊かな文章により、ページをめくるごとに想像が鮮やかに膨らむ。

例えば、カリブ海のバッカニーアとして活躍した伝説的な海賊ヘンリー・モーガンの、命知らずの突破劇などは、読んでいて胸が高鳴る。
このモーガン、後にはイギリス側に寝返って海賊達を鎮圧するなど、海賊としては裏切り者のそしりも受けているが、その伝説的な名は大きいらしく、ラム酒の銘柄にもなっている(Captain Morgan)。
ラベルの絵も“ザ・海賊”なこのCaptain Morganだが、他のラムとは一味違う、甘みのあるさわやかな味で、私の大好きな夏の定番だ。炭酸で割ると格別なのだ。

話が逸れてしまった。
とにかく、大海を舞台に繰り広げたヨーロッパ人の冒険または悪事に様々な感情を湧き立たせつつ、ラムを片手にでもそうでなくても、現実をしばし忘れて没頭できる読み物が詰まったこの一冊。読めばあなたもいっぱしの海事史通、海賊通だ。

本書にはまた、いくつかのエッセイ的な著作も収められている。
書名にもなっている『海事史の舞台』は、味わい深い旅行記だ。
1968年に行った著者初めてのヨーロッパ旅行、その主たる目的であるイギリスの旅について、この手記は書かれている。
案内役のK君のドライブで歴史の舞台を巡る旅での、素朴な出会いや出来事が綴られ、思い入れ深い土地や建物を訪れ、想像と違う実際の姿に複雑な胸中や、それでもそこにかつての姿を重ねて感慨に耽る気持ちなどが率直に語られる。
研究者であれど、ほいほいと海外に飛べるわけではまだなかった当時の、ヨーロッパに触れた日本人の感動も伝わる、貴重な読み物だ。

まだまだ暑い毎日。とことん夏らしく、潮風かおる歴史の勉強はいかがだろうか。
ご興味のある方は、ぜひ。

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