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ハントマン・ヴァーサス・マンハント(邦題:吸血貴族どものゲーム)第127わ「死の影の谷を往く」

(承前)

左の眼窩が焼けるように痛い。そして痒い。眼球を失った空洞を左手で掻き出そうとするのを右手で咄嗟に押しとどめる。何だ?何が起きた?

「今のはハントマンがニンゲンの皆さんから血液を分けて頂く際に、血管に流し込む体液です。気分次第で分泌される成分の比率は変わりますけどね

……蚊だ。蚊の唾液と同じ仕組みなのだ。地獄のような痛痒から逃れようとしてアスファルトの上を仰け反ったり丸まったりしながら転げ回る。

「あ、今のダンナは瞬間的に人類の限界を超えた筋力を発揮できるので下手に暴れると危ないですよ。筋肉が断裂したり骨にヒビが……まぁ、良いか」

全身を炎が駆け巡るような感覚は終わらない。きっと、俺が生きている限りは。そして全身に力が漲る実感。この力を外部に逃さなければ風船のように自分の体が破裂するという直感。

「はいはい、大人しくしましょうね。ダンナの大好きな❝魔王の翼❞で……」

「夜の帳が下りる」という言葉がある。まるで夜そのものを思わせる吸血鬼の黒いマントが俺に覆い被さろうと宙を舞う。這うように駆け抜けて吸血鬼との距離を詰める。飛び蹴りを見舞う。小指で防がれる。……その未来が見える。プラン変更。右足を引っ込めた勢いで左足で裏回し蹴りを繰り出す。

「……しょうもない回し蹴りですねぇ。どれ、私が本当の」

防がれた攻撃への未練を断って更に接近。上から目線の怪物が喋り終わるのを待たずに顎を狙って拳を繰り出す。不思議なものだ。心よりも体が先に動くというのは。吸血女の体勢が崩れた。躊躇せず強引に覆い被さる。

「ぶえっ!よ、よくもやってくれましたね……」

いつか相棒がやっていたように右からのパウンド。これは防がれる。左腕でもパウンド。これも防がれる。両腕を塞がれて文字通り手詰まりだ。しかし心よりも早く体が動くのは止まらない。俺の命は残り何秒だろうか。交差させた両腕をそのまま吸血女の首に押し付ける。このまま絞め殺す。

(続く)

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