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女子プロレスラーのビジュアルブック製作に込めた、とある女性編集者の思い

 国内唯一のプロレス専門誌『週刊プロレス』(ベースボール・マガジン社/以下、週プロ)製作のビジュアルブック『女子プロレスラー VISUALIST』が発売された。

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 週プロ本誌にて連載されている女子プロレスラーのグラビア連載『VISUALIST』をまとめたもので、未使用・撮り下ろしカットを含めて、登場12選手の魅力的なショットが計100ページの中に詰まった、見ごたえ十分の“写真集”となっている。
 過去にも週プロでは、女子プロレスラーのグラビア写真を集めた『エロカワ主義』というムック本を出版している。リング上とは異なる選手たちの姿……端的に言うと水着を中心としたショットが多めの、雑誌名が示す通りに“エロ”に寄せた内容だった。
 昨年4月に週プロがオールカラーにリニューアルした際、新連載『VISUALIST』もスタート。“エロカワ”の言葉がなくなったのは、近年のジェンダー意識の高まりを反映させたものと思われるが、実際に“エロ”の要素は残しつつも、キュートさ、カッコよさも表現する内容へと変貌を遂げた。

 連載1周年を迎えてムック本の発売が決まり、週プロ編集部から製作に名乗りを上げたのが、岡﨑実央さん(26歳)だ。
 岡﨑さんは週プロ編集部のスタッフ募集に応募して採用され、2019年4月にベースボール・マガジン社に入社。現編集部では唯一の女性編集者の彼女は、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業という、およそプロレスとは縁遠そうな経歴の持ち主。正直なところほかに進むべき道もあったように思うが、彼女はファンとして見ていたジャンルに携わるべく、プロレス専門誌の編集者という“普通ではない道”を選択した。

 入社2年目を迎えた岡﨑さんが、『VISUALIST』の製作に名乗りを上げた理由の一つに、「差別化」があった。週プロ編集部の男性スタッフは30代~40代が大半。そのなか20代の女性編集者として、ある種の“使命感”と“理想”を思い描いた。
 男性目線ではない女子プロレスラーのビジュアルブックを製作すること、さらに性別を問わずに幅広く手に取ってもらえるような雑誌にすること。購買層を広げることで、不特定多数の人に“プロレス”を届けたいという思いがあった。
「女子プロレスラーのビジュアルブックを作れば、きっと読者層の大半はおじさんだと思うんです。だけど、作り手側がおじさんじゃなくてもいいのではと思いました。いや、正直言うと、おじさんに作ってほしくなかったんです(笑)。今までの『エロカワ主義』と差別化を図るなら、20代の女が作るのが一番だと思ったし、以前のものより手に取りやすい雰囲気のものを作りたかった。ベースボール・マガジン社っぽくないものが理想だけど、どう転んでもスポーツ系の出版社だし、女子プロレスラーのムック本だからスポーツ関係の場所に置かれることが多いはず。そのなかで『アレ、これ置く場所間違ってるんじゃないかな?』って思わせたら成功だなって。結果、発売以降に一部店舗ではグラビア誌や女性アイドル誌の横にも置いていただけたようなので大成功でした」

 ビジュアルブックの“肝”となるのは当然、写真のセレクトだ。選手によって撮影枚数にはバラつきがあり、そもそもの選択肢が限られているケースもあった。全体の構成も考えながら写真の配置もして…と頭を悩ませたが、もっとも苦心したのがレタッチだ。フォトレタッチとは、写真の修正・補正等の作業。より誌面映えするように、選手の魅力がよりよい形で伝わるように、製作過程で多くの時間を割いた。加えて意識していたのが、選手一人ひとりの個性を生かすことだった。
 アイドル、声優、女優でもない、女子プロレスラーとしてリング上で生きる彼女たちの“信念”を包み隠さずに映し出すことが、『VISUALIST』ならではのセールスポイントと言える。
「レタッチは修正しすぎず、でもレタッチした方がキレイに見えるギリギリを狙いました。自分でもある程度レタッチをやりましたけど、補いきれなかった部分は色校で100個以上チェックを入れて、印刷所にイヤな顔もされました…。あと、衣装はほとんど選手それぞれの自己プロデュースだから、個人の良さが生きるように意識しました。この人は、どこが魅力的で、どこを見せたらかわいく、美しく、キレイに見えるのかをかなり考えて。でも女性が見てかわいいと思うものと、男性が見てかわいいと思うものは結構違うと思うので、男性カメラマンの意見と私の意見を合わせる形で写真を選んで、気になる部分は3、4回話し合いをしました。結果、それぞれの選手のいいところ、推せるポイントがバランス良くキチンと出せたと思います。
 たとえば、世羅りさ選手(アイスリボン)の唯一無二の背中のバック写真はハードコアマッチを経験したプロレスラーにしかできない表現。ジュリア選手(スターダム)のページは、彼女がすすんで『やりたい!』と言ったモノクロのページを作ったり、エロさよりも、選手本人が目指したカッコいい、アート寄りのページになったと思います。もちろん彼女たちのかわいさも、美しさも楽しんでほしいけど、露出度が高くても、過度なエロさを感じさせない“プロレスラーだからできる表現”が多くある一冊になったのではないかなと思います」

写真選択

▲岡﨑さんとカメラマンがセレクトしたものを見比べて使用写真を決定した

 世羅選手は正統派ファイトの一方、かつて蛍光灯を使用した過激なデスマッチにも身を投じてきた。男子選手も顔負けの危険を顧みぬ闘いで、カラダには多くの“裂傷痕”が残る。『VISUALIST』では、背中の生々しい傷跡も隠すことなく映し出している。彼女がプロレスラーとして選択した堂々とした生き様が、写真を通して迫って来るようだ。
 もう一人名前の挙がったジュリア選手は、今年3月の髪切りマッチに敗れて坊主頭となり、大きな話題となった。現在の女子プロレス界で、実力はもちろんのこと、話題性もある彼女が『VISUALIST』の表紙、巻頭ページを飾っている。
 ジュリア選手のグラビアページでは、連載で使用したカットに加えて、今回だけの撮り下ろし写真も使用。ロングのウィッグを着用したショット、ベリーショート姿で“闘う女”のカッコよさが際立つショット。個性的な彼女だからこその、さまざまな表情が写真からはうかがえる。
 表紙写真ではカッコよさから一転、白の羽根が印象的な“美”が浮かび上がる。岡﨑さんが裏話を明かす。
「表紙の羽根は、少し前に元アイドルの友人の撮影で使ったものと同じです。『いつか週プロの特写でもこの羽根を使って撮りたい!』と思って拝借しておいたんです(笑)。そこで今回ジュリア選手に相談して、白系の衣装を用意してもらいました。実は表紙のカットは最後の最後に撮ったもので、撮ったときは表紙にする予定は全然なくて“あっ、キレイ! かわいい!”くらいだったんです。後日、いろいろな写真を見比べて、いろいろな人の意見を聞いて最終的に表紙の羽根のショットにしました。
 表紙タイトルの文字色と写真を決めて、デザイン出しをする前に自分で大まかな表紙のレイアウトを組みました。パープル、ライトブルー、ピンクの3パターンを作って、身近な人にどの色がいいかアンケートを取りました。するとおもしろいことに、いわゆるおじさんたちは、ほぼみんな“ライトブルーがいい”と指さすんです。対して女性や、若い男性はリップの色に合わせたピンク派。最終的にデザイン事務所にはライトブルーとピンクの2色を提案して、結果ピンクでデザインが上がってきたので、有無を言わさずにピンクに決定しました。おじさんたちは、とっても不満そうでしたが(笑)。
 今回は表紙の紙質にもこだわりました。最初に印刷所の担当さんから言われたのがツルッとした紙で、今回の白い羽根の表紙写真には合わないと思ったんです。それですぐに、雑誌の紙の手配などもおこなう会社の資材部にいって、『この紙はイヤなので、こっちの紙にしてください!』と直談判しました(笑)。手触りのいい、マットPP加工の紙を希望したんですけど、編集長にも『絶対こっちの紙がいいです!』と気合を入れて説得しにいったら『…好きにしていいよ』と一言。一冊通して自由に作らせてくれたので感謝してます(笑)。印刷所の担当さんには『ベースボール・マガジン社ではこのマットの表紙は大抵、追悼号しか使われないけど…』と言われましたが、『大丈夫です。これにしてください』と意見を突き通しました」

▲羽根が使用された元アイドルの友人の動画

結合

▲どちらを選ぶかで「おじさん」かどうか分かってしまう!?

 岡﨑さんの編集者としてのこだわりと熱意は、表紙だけに留まっていない。美術大学出身者の長所と感性は、ときに雑誌編集におけるセオリーを度外視してでも、誌面の細部に渡って発揮されている。
「ジュリア選手の撮影後にトラブルがあって、撮影データが入ったコンパクトフラッシュからパソコンに画像を取り込む際に、写真がほぼ破損していて、かなり焦りました。会社に戻りながら“もし全部、写真が壊れていたら…”と内心ビクビクだったんですけど、結局わたしのパソコンと取り込む機械の不具合が原因で、壊れていない画像をなんとか取り込むことに成功して一件落着しました。でも、破損した画像の中に、いい具合にカッコよくノイズが入っているものがあったんです。だから、あえて誌面でもその壊れた画像を使ってみたんですけど、そのページの写真は意図的に加工した線や色ではなく、バグで起きた偶然の産物。デザイン事務所や、印刷所からは『破損画像?』と確認が来ましたが、『あえてなので大丈夫です』と返しました(笑)。普通だったら使わないですよね…。
 あと、各選手の写真のカット割りも単調にならず、自然になるようにこだわりました。以前の『エロカワ主義』のときは余白を作らないレイアウトが大半だったんですけど、今回は意識的にページの中で余白を作りました。たとえばガラス越しの写真は周りに空白を作って窓っぽく見せてみたり、立ち姿の写真は横に余白を1cmくらい入れて縦長に見えるようにしたり、生活感のある写真はコマ割り風にして動きがわかる構成にしました」

バグ

▲データ破損による「バグ」を生かした

 入社2年目にして、初めてムック本の製作・編集に携わり「1冊を作ることの大変さを知りました」と語る。編集作業のみならず、公式ツイッター、インスタグラムを開設して、SNSでの積極的な発信、宣伝もおこない、さらに通常業務も加わった。手一杯の状況で「心も折れかかっていた」が、そんなときに支えとなったのが、『VISUALIST』の“主役”である選手たちの協力的な姿勢だった。
「写真が大半のページでもやることは山ほどあって、デザイン事務所とのやりとりも、印刷所とのやりとりも不安すぎて、お腹が痛くなりました。SNSもかなり力を入れて、未公開カットを載せての発売日カウントダウンやプレゼント企画など、できることは全部やりました。毎日やることが多すぎて心も折れかかっていたんですけど、ツイッターで選手がコメントを付け加えてリツイートしてくれるのが本当に嬉しくて、なんとか乗り切れました(笑)。みんなで少しでも“女子プロレス”を広めようっていう感じがあって、『VISUALIST大変だったけど、全部やって良かったー!』と思いました」
 岡﨑さんはアーティストとしてこれまで多くのアート作品を生み出し、さまざまな場所で展示もされてきた。異色の経歴を持つ彼女だからこそ創り上げることができた『VISUALIST』も、頭をひねり、手を動かしながら完成へと導いた、立派な“作品”の一つ。今回の経験で得た充実感が、これからの彼女の歩みを一歩も二歩も後押ししてくれるはずだ。


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