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挫折

ながさごだいすけ

昔、作家になりたいと思っていたことがあった。高校生の頃で文芸部に入ったり演劇部に入ったりして、創作活動のまねごとみたいなことをやったりもした。だが、わたしは自分ではまったく気がついていなかったのだが、いわゆる「お話」を作ることができないのだった。つまり嘘がつけないのである。これでは作家になれるはずもない。親の方針で理系の学部に進学したわたしは、そのうちに作家になる夢のことを忘れた。小学生の頃はマンガ家を、十代のころは作家を目指し、めでたく平凡な研究者になったというわけだった。世間によくある話である。

それから三十年が過ぎた。予想通り研究者としても成功しなかった。最初からわかっていたことだった。手先がひどく不器用で実験がうまくできないのである。他人と話をするのが嫌いだから、上司にうまく取り入ることもできない。研究者の世界も結局は人間関係なので、世間をさわがす大天才でないかぎり、出世するのは上司に気に入られた奴だけである。気がつくと、同世代はみな出世の階段を昇り詰めて「上がり」の時期に来ていたが、上がっていたのは、上司に取り入るのがうまい人間だけだった。実は昔から上がっていたのはそういう人間ばかりだったのに、若い頃は気がつかなかった。上司もみんなそうだったのに、年齢が離れているからわからなかったのである。同じ年齢になってはじめて気がついたが、もういまさら手遅れなのだった。

一時期流行った「人生を半分降りる」ならぬ「人生ほとんど落ちかけ」の崖っぷちで、いまさら起死回生の一発など期待できるはずもないし、そんな気力もない。ただ、昔から文章は人並みに書けたので、せめて記憶が残っているうちに、人生を記録しておこうと思ったのである。別にだれも読まなくたって構わない。どうせそんな大した人生ではない。だが、そうは思ったものの、いざ書くとなれば何でも良いというわけにはいかないのが人情というものだ。「いいね」のひとつも貰えればそれに越したことはない、というか単純にうれしい。それなら、ということで勢い資料を集めてみたり、先行文献(商売柄、これが重要なのだ)を調べて曲りなりにも全体像を把握しようと思った。というか、特に考えたわけではなかったが、いつのまにかそれが普段の読書にも影響してきたというわけなのだった。

もっとも、わたしはそこまで内省的な人間ではないし、計画的でもないので、旅行記を集め始めたのも偶然なら、実際に読んでいる旅行記も、それこそ偶然見つけただけで、なにかこれと言って理由があるわけではないと思う。それとも、自分で自覚していないだけなのだろうか。

(失われた旅行記を求めてIV)


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