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ラップを教えることでラッパーは食っていけるのか

私は、2022年7月から2023年2月まで株式会社宣伝会議で開かれていた「編集・ライター養成講座」に受講していました。講座の集大成として、自分でテーマを決めて記事を書く「卒業制作」に取り組みました。
今回は、卒業制作で作成した文章を公開いたします。
6,000字以上の文章ですが最後まで読んでいただければ幸いです。
(この度の掲載にあたっては取材協力いただいた皆様の了解を得ております。)

■なんで、ラップの教室がないの?

なぜ音楽教室にラップコースがないのだろう。それが私には疑問だった。楽曲制作、ライブ、MCバトル…そこに「ラップ講師」があればラッパーがラッパーの肩書で仕事をできる機会が増えるのに。

調べるとラップコースを設けている音楽教室は存在していた。ないわけではないが全国でもごくわずかだ。「学びたい人がいないから存在しない」と最初は思った。しかし、そんな単純に判断してよいのだろうか。もしかしたら「ラップを学びたい」というニーズにみんなが気づいてないだけではないか。

■現状、ラップを教えることで食うのは難しい

実際、ラップを教えることで食える状況にあるのか。立川と吉祥寺でミュージックスクールを運営し、ラップコースを開設している練木亮輔氏に話を聞いた。

「現状だとスクールの先生一本で食っていくのは難しいかなと思います。今、運営するスクール全体で一千人を超える生徒が在籍していますが、ラップコースは30~40人ほどで一割にも達していません」。

食えない、早くも結論が出てしまった。「ただ…」と練木氏は話を続けた。

「3年後とか5年後には、人々の意識が『ラップ=習うもの』となってくると思います。例えば、『ボイトレ』って今は当たり前になったと思うんですけども、昔は、『ボーカルレッスン』というものしかなかった。ボーカルレッスンはプロになりたい子たちだけが受けるものであって、一般の人が受けるものではなかったんです。でも、今はカラオケをうまくなりたい人もボイトレを受けます。ラップも何年後かにはそうなっていくはずです。今というよりは何年か先を見ると、ラップコースの生徒数が全体の1割を超えるくらいになると十分可能かと思います」。

ラップを教えることで食えるようになるには、「ラップ=習うもの」という意識の変化が必要とわかった。そしてその変化は数年後には起こりそうという話であった。では、その変化が起こるには何が必要なのか。その前提として「ラップやりたい」と多くの人が思うくらいラップに人気がないとこの変化は起こらない。ラップは今、どうなっているのか。

■ラップの今、MCバトルが人気をけん引

ヒップホップは1970年代にアメリカで生まれ日本では80年代になって広がり始めた。90年代後半から2000年代前半には楽曲によるブームが到来。Dragon Ash、RIP SLYME、KICK THE CAN CREWなどのアーティストによって日本のラップが世間に広まった。

2010年代中頃からは、MCバトルが注目される。MCバトルとはラッパー(MC)がDJの流すビートに合わせて即興でラップして勝負をするバトルを指す。このMCバトルを扱った番組として高校生RAP選手権、フリースタイルダンジョンが放送された。それによってMCバトルとそこに出てくるラッパーが世間に広まった。この流れはYouTubeなどでバトル動画が配信されていき加速していく。

MCバトルを軸にラップが人気を得た今、多くのMCバトルの大会が開催されている。その規模も大きくなっている。さいたまスーパーアリーナや日本武道館で開催される大会も出てきた。

そして、2022年8月に「BATTLE SUMMIT」という優勝賞金1千万円の大会が初めて開催された。もともと優勝賞金数万円~数百万円の大会は開催されていたが、BATTLE SUMMITは賞金額を大幅に引き上げた。賞金1千万円というとお笑いの賞レースM-1グランプリ、キングオブコント、THE Wが有名であるが、これらは1組対して1千万円。つまり2人コンビだと一人あたり500万円である。THE Wはピン芸人での出場もあるが、MCバトルにおいて1人で1千万円獲得するという大会が出てきたことがMCバトルの勢いを物語っている。ラップは、今、MCバトルによって新たなブームを迎えている。
ここで思った。MCバトルで食えたら、MCバトルで食う夢を見てラップを学ぼうとする人が増えるのではないかと。ラップは自分の頭と口があれば始められる。MCバトルはマイク一本で勝負できる世界。初期コストを抑えてお金を稼げるのはかなり魅力的だ。

■ラップの未来、MCバトルを軸に多方面での活躍を目指す

2022年11月 凱旋MC battle 2022秋ノ陣 3on3 公演後の会場外の様子。
公演後も出演MCのグッズを買うため物販ゾーンの列に並ぶ観客の姿

このMCバトルを軸としたラップの人気は続くのだろうか。MRJ FRIDAYというMCバトルを毎週金曜日に開催し、ラッパーのプロデュース等にも携わるMC派遣社員氏に現在のMCバトルシーンを語ってもらった。

「コロナ禍を挟んでMCバトルシーンは変わりました。まず、MCバトルで活躍してきたラッパーが他の活動にも活動範囲を広げ、MCバトル以外に一芸を身につけるようになりました。例えば、地上波、ネットの番組出演や、モデル活動、YouTubeでのMCバトルの解説、ゲーム実況、その他Twitter、インスタグラムのブランディング等です。
また、楽曲で人気を得てきたラッパーがMCバトルに出場する流れもあります。RYKEY DADDY DARTYさん、孫GONGさん、Zeebraさんとかが出場する大会もありました。
さらに、ラッパー以外のジャンルの方がMCバトルに参戦するようになりました。最近で言うと元AKB48の立仙愛理さんとか。もともと別のところで活躍していた人がラップの活動をするパターンです。これらの変化によってMCバトルはラップを使った異種格闘技のような状態になっています」。

MCバトルのラッパーが他の活動に目を向け、他の活動をしてきた者がMCバトルに参戦する。この状態はなぜ起きたのだろう。

「コロナ禍でMCバトルは会場で観るだけでなく配信チケットで視聴したり、ABEMAで動画を視聴できる形になりました。するとチケットの売れ行きに加え配信動画の閲覧数を伸ばすことが重要視されます。そのため64人、48人のMCで行っていたMCバトルを16人とか厳選して行うようになりました。その結果、個々のラッパーの人気がチケットの売れ行きや閲覧数の伸びに大きく影響することが明らかになってきました。
また、他ジャンルの方はもともとのファンを持ってくるのでチケットも売れますし、閲覧数も取れます。あと、MCバトルの中でしかやってない人のMCバトルはある程度パターン化してきてしまうのですが、他ジャンルの方のMCバトルはウケるんです。面白いんですよ。だから、MCバトルに呼ばれるようになってきています」。

異種格闘技のようになったMCバトルはこの先はどうなるのか。

「各方面のプロが集まってMCバトルをする場になると思うんですよね。だから、MCバトルだけに特化した人は何人かしか残らないんじゃないかと思っています」。

MCバトルの大会で優勝し賞金を獲得して生活するラッパーはごく一部だろうという。では、なぜ多くの人がMCバトルに出場するのだろう。

「MCバトルの大会が向かっている方向は、MCバトルの出場者にどうお金を配るかというよりはMCバトル自体の影響力を高めて『MCバトルに出ただけで多大な得をする』という状態を作るということです。
MCバトル内でお金を稼ぐことはもちろんですが、MCバトルに出て人気を得て影響力を持って、その影響力を他の活動につなげて生活できるという状態にしたい。現にMCバトル自体の影響力は高まってきています。MCバトルに出て、先ほど言ったラップ以外の活動につなげている若い子もいるし、楽曲などラップに関わる活動につなげて生活できている子もいます。これはMCバトルの人気によるものだと思うんです。だからMCバトルを主軸に月々の生活をするのは十分可能なんですよね」。

■「正解がない」「見るもの・聴くものという意識」

MCバトルで人気を得てMCバトル以外の活動で収入を得ていく。それが「MCバトルで食べていく」ということ。それを可能にするくらいMCバトルがエンターテイメントとして力を持っているとわかった。
ここから考えるにラップを学びたい人、やりたい人はたくさんいるだろう。しかし、現状、ラップを教える場所は少ない。何が問題なのだろう。

ラッパーとして楽曲制作、ライブ、MCバトル等の活動をするほか一般社団法人日本ラップ協会を設立し、学校での特別授業やワークショップ等でラップの普及活動も行う晋平太氏に話を聞いた。

「ラップは基本的に人に教わるものではないと考えます。なぜなら、ラップは『まず自分の言葉でオリジナルのものを作る』から始められます。例えば、ギターは『この曲を弾こう』、歌は『この曲を上手に歌おう』とかあると思います。でもラップはギターや歌と違い正解がないんです」。

たしかに、ギターだと弾きたい曲に合わせてコードや弾き方を覚える必要があるが、ラップはどう韻を踏まないといけないとか決まりはない。

晋平太氏はもう一つの指摘をした。

「今はまだ、ラップが『自分がやってみるもの』として存在していないと思います。プロのラッパーしか見たことがなく『相当ハードルが高そうなもの』として映っていると思うんですよね。MCバトルにしてもみんなが見るものは研ぎ澄まされたというか誰にでもマネできるようなものではないので」。

ラップをやろうとしてもプロのスキルを前にしてハードル高く映っている。だから、あくまで「見るもの・聴くもの」であって、始めるには至らないのだ。

■ラップを習う=ダサい

練木氏は別の観点でのハードルの高さを指摘する。

「ラップを習う=かっこよくない、ダサいと思われるというハードルがあります」。

ただ、この考え方自体がもう古いとも練木氏は言う。

「お笑いの場合、昔はお師匠様に弟子入りして習う、芸を盗むというのが主流でした。それがダウンタウンの頃からNSC(吉本総合芸能学院)といった養成所が出来始めました。このように難しいものは習えばいいと思います。芸を盗むといった非効率的なことではなく、どんどん良いものは次に伝えていってクオリティを上げていくという作業がモノの進化を促します。物事を発信するとか、始めやすくすることがそのカルチャーの広げ方です。
だからスクールみたいなものはもっと発展していくはずです。日本の文化の中でもラップはアメリカみたいに育ってないんですね。でも、教えて伝えていくことで日本語ラップもあと10年するとすごく変動していくと考えています」。

■教えられる人材が不足

ラップを教える側にも課題がある。ラップを教えられる人材が不足していると晋平太氏は言う。

「ラップを教えようと思うラッパーはレアだと思います。ラップ教室を開くラッパーや学校の授業に出るラッパーがいたり、少しずつ変わってきてはいます。しかし、ラッパーの本業ではないので、そういう活動が定着するのは難しいと感じています」。

ラップを教えることがラッパーとしての活動にメリットとなればラップを教えようとするではないか。練木氏の運営するスクールでラップ講師として勤務するケイプラス氏に教えるメリットについて聞いた。

「ラップを書くのが速くなったし、レコーディングをしてもラップがうまくなったという実感があります。いろんな生徒さんと触れ合う中でいろんな曲を聴いたり、ラップを解析しながら教える中で視野が広がったからだと思います」。

自身の音楽活動に還元できるというメリットがあった。メリットが伝わるとラッパーの意識が変わるかもしれない。

■学んだ後、どうする?サイファー、バトルの手前となるコンテンツ不足

ラップを学んでもラップを楽しむ場所が不足しているという問題もある。ラップをする場としてはMCバトルのほか、公園や広場などにラッパーが集まりフリースタイルラップをするサイファーというものがある。これらの場に行くにはハードルがあると練木氏は言う。

「『僕、有名になりたいです。ラッパーとして』と本気で思っている人は、MCバトルが得意ならバトルをどんどん受けて、音源が得意なら音源をSNS上でどんどん発信すべきです。
ただ、そうではない方にとって、ラップ習いました。じゃあ、サイファー行ってきなよ、バトル行ってきなよって言われて行ける人間がどれだけいるのでしょうか。
だから、その途中になるコンテンツを作ることでラップを好きな人が増えるんじゃないか。そうすると、サイファーやバトルではないライトな場所が必要というのが直近の課題で、そこをスクール主導で開催できるといいなと思います。」

サイファー、バトルに参加するハードルは工夫一つで乗り越えられるとMC派遣社員氏は語る。

「例えば、既存のイベントへの参加ではなく友人・知人にSNS等で声をかけてイベントを主催する方法があります。実際、スタジオを借りてバトルを呼びかけてやっている子もいます。
また、すでに出来上がっているコミュニティに飛び込む怖さや、クラブイベントにおいてクラブに対する怖さがある場合、友人・知人を募って乗り込めば一人じゃないので安心できます。今、活躍している子でも、初めてクラブのバトルに来たときは友人を連れてきました。」

■多くの人がラップに興味を持つようになるには

ここまではラップに興味がある人が習えるようになるために必要なことを考えてきた。しかし、世の中にはラップに興味がない人もいる。興味を持つ人が増えることは「習う」を当たり前にするために必要なことだろう。興味を持ってもらうことについて晋平太氏に聞いた。

「ラップの普及活動では、きっかけに触れることを大事にしています。韻の踏み方、フロウなど技術的なことではなくて授業で短歌をちょっと習ったぐらいのものを伝えています。自己表現方法や楽しみの一つとして知ってもらうことが大事だと思っています。ある程度のコツをつかめば老若男女楽しめるし、お金がかかるものでもないので。そういう楽しみ方でもラップが広がったらいいなと思い活動しています。」

■ラップに触れて、学んで、スターが生まれる未来

ラップはMCバトルを軸にして生活していけるくらいの力がある。そしてその力に気づいた人はラップスキルを身につけてラップの世界に身を投じている。ただ、この力を継続するには、多くの人がラップに興味を持つことが必要となる。この「興味」という点で、ラップを教えることはラップに触れる「入口」になる。さらにラップを楽しみたい人、ラップで成功したい人がしっかりとラップを学ぶ場所としてスクールも機能する。そうやってラップが広まる未来を感じる。それと同時に別の未来を想像した。ケイプラス氏からこんな話を聞いた。

「ラップを始めて4か月の高校1年生の生徒さんがとんでもなく上手で。高校生RAP選手権に出たくていろんな大会に出ています。その子はスクール自体そんな長く続かないんじゃないかと思いますね。もう仲間もできているみたいで。
だから、自分で努力できる人はこのレッスンも早めに切り上げて勝手に飛躍していくのかなとは思いますね。」

スクールで習って力をつけている子がすでにいる。スクール出身のスターが現れ、人々がそのスターに憧れてラップを習い始めるという未来。

1期生としてNSCに入学し瞬く間にテレビの世界で活躍したダウンタウン。多くの人が彼らに憧れてNSCなどの養成所に入学した。かつてそんな時代があったように、ラッパー界のダウンタウンが生まれ、ラップが広がる未来にも期待したい。

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